百合の始まり?。初等部篇の番外編

あの夏の日 12歳の出逢い

 通学や通勤の人々の出入り激しい朝のここは広島駅。JR西日本のプラットホームから駅ビルへの階段を軽やかに駆け上がるその足音は、ミニスカートが翻り純白パンツ丸見え状態も気にしないかのように活発そうな少女。

 さっきまで乗っていた電車内で、その年頃では難しそうな小説をひたすら読んでいたその女の子は、お高い香水の微かな香りが漂いそうな清楚で、凜とした気品ある美少女だった。


「ママぁ! 早く早くゥ!

 映画、遅れちゃうよぉ!」


夏休み入りした小学生みたいに、元気いっぱいにはしゃいでいるその美少女。その声を追い掛ける母親らしき上品なる、和服姿の貴婦人。


「はいはい

 サナ、そんなに慌てなくても

 映画館は逃げていきませんよ」


 京都からはるばる祖父の実家にお泊まりで遊びに来ているこの母娘二人は、駅ビルを出て路面電車の電停の行列に向かう。


 ・・・地元ではお抱えの運転手がいつも貼り付いているのだが、娘のあまりの世間知らずを心配したそのママによる、通勤電車を初体験させる試みでもあったのだが・・・当の本人は遠足気分でハイになっているようで・・・。


 その電停には同じく京都から来ていて、祖父の友人の経営する道場に遊びに行く途中の、これまたお嬢様の制服姿のあおいたちが並んでいた。行列の末尾に並ぶサナとママ。

 しばらくして路面電車が電停に滑り込み、運転士がその扉を開ける。路面電車に飲み込まれていく行列たち。


 飲み込まれた乗客たちがシートに座り、信号が変わり、運転士が扉を閉めて電車を駆けさせようとハンドルレバーを握る。いや握ろうとした頃


「おどりゃー(てめえ)!待てえ!

 その電車 走るんじゃねえ!

 走ったらシゴウ(リンチ)しちゃるぞ(するぞ)!」


 仕方なく再び扉を開ける運転士。乗り込んでくる見るからにガラの悪いギラギラあぶらっ濃い声は二日酔いなのか、何日も風呂に入ってないのかアルコールと汗の悪臭が車内に満ち満ちていく。白い目を向ける乗客たち。


 ドシっ♪と重たい音でシートに腰を下ろしたその男、チンピラ風。すぐに目を伏せる乗客たち。そんな空気の中で彼は駅ビル近くの家電店で買ったのか、段ボールの包装をガサゴソ開ける。

 取り出したのはCDラジカセ・・・ウォークマンサイズではない。小型ではあるが普段持ち歩かないような、棚か机にでも置いて使うようなタイプだ。それに首にかけていた古いヘッドフォンを繋ぎ、買ったばかりなのか包装を開けてCDを放り込む場違いな空気読めないこの男。


 いやいや、誰しも新しい物は直ぐ試してみたい気持ちは少なからずあるであろうから、場違いなのは一連のこの行動ではない。たまには見かけるかも知れない行動だからだ。しかし


 しかしこの男、電車の窓を開けるとその包装段ボールを車外に投げ捨て、ガムを床に吐き、ヘッドフォンからは大音量のしかも歌手は誰?なマイナーな誰得?な歌が駄々漏れである。

 おまけにコンビニ袋からビールを取り出し、ニンニクたっぷりらしき酒のつまみを口に運び、しかも大股開きな座り方で二人分は座席を占有している。いや、ラジカセなど男の手荷物を含めたら三人分だ。

 そうしてビール一缶をあっという間に飲み干すと、また窓を開け車外にポイ捨てし二缶目を口に・・・が、信号で減速した路面電車に噎せたのか、ビールを咳き込み吐きそうになる男。シート向かいの女の子が慌てて立ち上がる。


 そんな光景に立腹したのであろう足音が、ツカツカと男に近寄って来る。それは女子高生らしき制服姿だ。


「ちょっとぉ

 オッサン自己チュー過ぎだよ!。

 ラジカセうるせーんだよ!。

 二日酔いかよ!汗臭えんだよ!。

 その格好じゃ仕事帰りじゃあるまいし

 風呂入ってから電車乗れ!。

 それにガム吐き棄てんな!。

 車外にゴミ棄てんな!。

 何さ大股開きで偉そうに座席占有してんじゃねえ!

 通学通勤の皆さんの中で酒食らうんじゃねえ!

 あんたのおつむはヤンキー中学生並みなのかよ!ゴルぁ!💢」


 男に向かってマシンガンのように連発される、女子高生の怒りの罵詈雑言に怯んだか、男は口があんぐり状態だ。だが『女にナメられてたまるか!』とでも思ったか、立ち上がり凄むチンピラ風のこの男


「おい姉ちゃんよ

 それワシに言うたんか?

 ええ度胸じゃのうシゴウしちゃろうか?💢」


胸の前で両手の指をボキボキ鳴らすかの仕草をしているのは、威圧しているつもりなのだろう。しかしこの男に運は全く味方しなかった。なぜなら


 なぜなら彼女は京都では道場娘として知る人ぞ知る赤井家のお嬢様、あおいの四つ上の従姉妹の赤井紫蘭。つまり彼女も道場娘である。

 日本の居合いをはじめ中国武術の八極野戦刀や崑悟剣を学び、拳法や空手までやる彼女は、絡んで来てナイフを出したチンピラのそのナイフを握りしめた指を瞬時に切り落としたほどの女丈夫であった。


 修羅場慣れしている全く動じない紫蘭。


「ふーん


 オジサン強いのかしら?

 ・

 ・

 ・

 それなら安心ね


 知らないんだろうから教えてあげる


 立ち居振舞いで強いか弱いか、だいたい雰囲気わかるの

 ・

 ・

 ・

 オジサン強いんだよね?じゃあ安心!


 手加減要らないんだから

 ・

 ・

 ・

 念のために伺いますが、遺言はおありかしら?


 そのラジカセに吹き込むまで待ってあげるからどうぞ


 人を見かけで判断しないほうがいいわよ?」


 間を置きつつ動じず話す紫蘭。逆に脅しをかけられて、怯んでいるのはこのチンピラのほうだ。殺気を放ちつつ、静の威圧をかけている紫蘭と目を合わせられないで、まるで蛇に睨まれたカエル状態だ。


 車内のあちこちから漂う『なあんだ、コイツなんちゃってチンピラかよ!』な雰囲気。それに気づいたか一か八かの捨て身になったか、投げ技のつもりなのか、紫蘭の手を握ろうとする男だが・・・そのとき





つづく




 




















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