恋のエスケープの時間 2

 テレビ朝礼の間ずっと今朝の訓示をどう話すかで、頭を抱えていた待った先生。だが、無情にも時は待った先生の思いよりも早く流れて、気付けば朝の始まりの会が始まっている。

 待った先生に代わり教壇でそれを仕切っているのは、学生会初等部総代で児童会副会長兼副級長のあおいだ。初等部児童会長兼級長の桃井カネコが病欠しているためである。


「ねえー待った先生、テレビ朝礼終わってます。」


あおいは一応は待った先生の顔を立てて、そう声を掛けたのだけれど、女子校の微妙な年頃の生徒への訓示、それも性的な注意指導の話の切り出しかたに頭を抱える、そんな待った先生は気付いてくれない。

 ゆえに短気なあおいは、「わかった、無視するなら勝手に仕切るからね!」と、始めてしまったのだ。


「始めに児童会からお知らせです。

 修学旅行の後に予定の幼稚部との合同クリスマス会ですが

 初等部の三年生以上は毎年

 幼稚部と低学年の皆さんのために演し物をします。

 このクラスは何をするのか

 来週の学級会で決めますので考えておいて下さい。


 それからクリスマス会のお手伝い係

 このクラスはわたしがやりたいと思いますが

 やりたい人やわたしより相応しい人がいれば

 これも来週の学級会で話し合いましょう。」


「次に学生会からお願いです。

 初等部の高学年の一部に

 高等部の武道系倶楽部で騒いで

 邪魔をしているグループがあるようです。」


 天を仰ぐかのように、深く深呼吸しつつ腕を組むあおい。これはあおいの自分が道場娘ゆえの機嫌を大いに損ねているときの、『キレかけてるわたしをこれ以上怒らせないでね!』の仕草である。

 あおいは高等部からの苦情が、初等部の誰向けの苦情かは敢えて話さないでいるが、あおいのこの仕草で・・・


 黒百合女学院の高等部と中等部に初等部の話し合いそして交流の場が、山手校の総本館の購買室兼茶話室の奥にある学生会である。そこで初等部総代のあおいが高等部の先輩方から責められる針の筵の状態な、『よっぽどの事があったのかも!』と察するクラスメート達。

 慌てて皆があおいから目を伏せる。実際に高等部の部活で、初等部児童が原因による事故はあったのだ。ゆえにわざと不機嫌な顔で皆を見回すあおい。でも暫くすると


『わかってくれたみたいね』


そう思ったのだろう、ニコっと微笑むあおい。そして


「黒百合は同じ敷地に高等部から幼稚部までがあります。

 武道系倶楽部でなくても体格差がありますので

 ふざけていて周りが見えてないと危険です。

 初等部は高等部や中等部の部活に

 出入り禁止される雰囲気でしたが

 おとなしくする約束でゆるして貰いました。

 だから気をつけてね。そうでないと

 カッコいい憧れのセンパイに会えなくなっちゃうかもよ?」


「次は皆さんからクラスのための議題

 またはクラスの皆さんへの連絡

 あるいは待った先生への報告や連絡はありませんか?。

 皆さんから話したい事が無いようでしたら

 待った先生に今朝の訓示をお願いしますが・・・」


 しばらく待つあおい。黒百合は生徒自治と自由尊重ゆえの自己責任が校風であるため、こういう話し合いの場では発言を制限出来ないのだが、発言機会を求める挙手はないようだ。




「待った先生

 始まりの会で発言したい子はいないみたいなので

 今朝の訓示と学級会お願いします。」


 そう言うと、教壇から自分の席に戻るあおい。入れ替わりに教壇に立つ待った先生は、しばらく手で頭を掻いていたのだが意を決したのだろう、いつもと違う厳しい表情で口を開く。


「聞いてくれ。

 先週の金曜日放課後の事なんだが

 クラスの蛍光灯の交換や空調のお掃除に

 用務員さんが皆さんの机を動かしたらしい。

 その時、誰かの机の中から

 見えてはならない物たちが飛び出したそうだ。

 怖いな~ちょっとしたホラーだなあ。」


「それで皆さんには悪いと思ったんだが

 机の中を見せて貰った。

 誰と誰と誰とは言わないが

 あとで先生に報告しに来てくれよな。それから・・・」


 班ごとに机をくっつけている六年一組。それを聞くや否や、同じ班であおいの正面に座るゆかりは、慌てて自分の机の中を覗き込む。そして


「わたし、終った。

 わたしの初恋さん、さようなら」


 そう呟くと、ゆかりはくずおれるかのように自身の机に突っ伏した。それが「初恋」が終った程に深刻か?は疑問としても、あおいが周りを見ると突っ伏しているのは、ゆかりだけではない。

 隣の席の美佐も隣の班の瑞希やちはるもだ。それぞれの班で一人は突っ伏している。中には顔が青ざめている子までいる。


 ワケわからない????状態のあおいは、机の下で隣の美佐の足を自分の足で突っつく。「ねえ、何なの~何がどうしたの?」とでも言いたげに。


「ゆかちゃんのあの本、没収されたみたい!。

 わたしのも失くなってるもん」


「あの本って・・・美佐ぁ、あんたたち、まさか・・・」


「うん、あおちゃんゴメンっ!実はそうなの」


「何であんな本を・・・

 美佐、あんたねえ、返したんじゃなかったの?!

 しかもクラスの机に置いとくって」


「だってぇ、あんな本、返そうにも恥ずかしいじゃん!」


「だってさ、うちには子供部屋無いし」


「お兄ちゃんに見つかったら恥ずかしいもん」


「わたしのママ怖いからバレたら何て叱られるか」


 クラスの皆からあおいにノートの切れ端やら小ちゃな折り紙とかで届けられる、「あんな本」をあおいに黙って持っていた事への、様々な多様なる言いわけの手紙。

 あおいは『皆がちゃんと返しに行った』と、そう思い込んでいたのに。ついつい桃色吐息が、いや、溜息吐息が出てしまうあおい。


「あんたたち、何を考えてたのっ!」


あおいはそう怒鳴りたいのだけれど、悪いことにあおいは・・・推されてイヤイヤやっているとは言え、あおいは学生会初等部総代であり、児童副会長であり、副級長である。

 学校側から求められている風紀教師による持ち物検査の校則化を、学生会で高等部総代や中等部総代の先輩方とつるんで有耶無耶にしているあおい。学校側から自分の責任を問われかねない事に直ぐに気付いた。

 しかも、あおいがこの件で頭を抱えたくなる事情は、実はそれだけではなくて、あおいの乙女心に関わる、あおいの初恋に関わる事情もあり・・・

 

 この皆のピンチを覆すには・・・。いやいや、このわたしのピンチだ!覆さねば!と、あおいの脳内の悪魔コンピューターが、凄まじいスピードで論理実験を思考演算する。




 しばらくして「ニヤリ」と、ほくそ笑んだあおい。待った先生が気付いていればそれは・・・

 色白なあおいの赤みを帯びた唇が、見る見るうちに漆黒のルージュを塗ったかのように黒く染まり、あおいの頭から黒い角が生え

 あおいの制服ジャケットとそのブラウスそしてキャミソールを突き破るかのように、上半身ヌードなあおいの背中から黒い小さな羽が生え

 あおいの制服スカートと白地にキティちゃんイラストのパンツを突き破るかのように、下半身ヌードなあおいのお尻から黒い矢印しっぽが生え


 あおいの本性の悪魔本能覚醒シーンが、魔法少女か美少女戦士なアニメでよくある、何故かヌードシーンを通過する大人のアダルトな事情の変身シーンのように、待った先生にはそう見えて、『怖いっ!』と思ったかも知れない。

 何故なら、あおいと待った先生は実は幼馴染みでもあるけれど、水と油のお猿さんと可愛い子犬の喧嘩の犬猿の仲でもあるから。




 しかしお嬢様学校のこのクラスに、あんな本が大量にあった理由はどうしてなのか?。それは・・・話は・・・時空は数カ月ほど遡る・・・。

 



 夏休みが明けたばかりの始業式の帰り道。ゆかりと美佐は仲睦まじい、一組のカップルを見かけた。

 他人ではないそのカップルのカノジョは、自分たちのセンパイの黒百合女学院中央校大学の教育学部の赤井緑だ。そう、ゆかりと美佐の親友あおいの姉である。

 しかも、そのカップルのカレシは自分たちの担任の待った先生の親友で、しかも自分たちの親友あおいの一回り上の幼馴染み、かつ脳内彼氏の真鍋瞬だった。当然にゆかりと美佐も、真鍋とは幼馴染みである。


 すでに六年生になっていて、男女の事に多少の興味のある二人は、このカップルを追いかけたのだが・・・

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