あおい六歳 戻らないクリスマスの時間 2
🎶
救いの
眠り
聖しこの夜
京都の街はクリスマスシーズン真っ盛り。クリスチャンホームの赤井家の旧武家屋敷もクリスマスを迎えて、全知全能の創造主たる父なる神に感謝しつつも、何処と無く浮わついていた。
それは赤井家は幾つかの会社も経営してるが、地域貢献に道場や塾も経営していて、この二つのクリスマス会の付近の日々は、出入りする子ども達や若者達が増え、賑わうためである。生徒にくっついて見学や遊びに、果ては冷やかしに来る、生徒の兄弟姉妹や親戚また友人関連で。
そんな忙しい週の始まる、クリスマス前の最後の日曜日。赤井家の面々はクリスマス礼拝と教会日曜学校、そして聖歌隊コンサートの練習を終え、帰宅していた。あとはクリスチャンとしては三日後の聖降誕礼拝を残すのみ。時は釣瓶落としに落日した、闇の夜であった。
赤井家の邸宅。家族に親戚そして使用人達が揃って音楽好きのために建てられた、防音加工された離れで「聖しこの夜」を姉妹が声高らかに歌っている。
末娘のあおいの通う黒百合女学院山手校の幼稚部の、初等部との合同クリスマス会。そこで、あおいの年長さんクラスが出し物で歌う聖歌の練習に、九つ歳上の姉の緑がピアノを弾いて一緒に歌っているのだ。
「あおいも上手くなったわね~」
「へへーん、だって毎日練習してるもんっ」
「じゃあ次は「もろびとこぞりて」やるよ~」
🎶
久しく待ちにし
主は来ませり 主は 主は来ませり
平和の
そこに離れの防音扉が開く。優しい笑顔を覗かせたのは、母の桃子が多忙なため母親代わりしている、あおいの一回り上の長姉の藍子だ。
「あおい~
後でわたくしのお部屋にいらっしゃい。
あなたへのプレゼントのワンピースドレス出来たから。
着丈を確かめたいの。」
来年も再来年も、再々来年も・・・
繰り返されるはずの、ありふれた
ささやかでも小さい子には、しあわせいっぱいな
家族で共有するクリスマスの日々は
あおいには二度と・・・
赤井家の朝は早いが、しあわせな朝が始まる。正確には「これから奪われ、二度と戻らぬ、クリスマスの日々のしあわせな朝」が始まる。今朝はクリスマスイブの二日前の、月曜日の朝だ。階段を上る足音。そして
「あおい~美佐ちゃんも起きなさい
今日はクリスマス会ですよ~
支度して幼稚部行かないと
ケーキ食べられなくなっちゃうわよ」
あおいとその同級生。ママが多忙なのに病弱のため、あおいのお部屋にお泊まり常連の遠戚の立花美佐。この二人を揺り起こす、ママ代わりの藍子お姉ちゃん。ところが
「んー、ヤだぁ
寒いよぉ。まだ寝たいもん
それにケーキはママのほうが美味しいもんっ」
そう、あおいのママは洋菓子の、祖母は和菓子のプロである。だからあおいはスイーツには舌が肥えているのだ。ついつい「チッ」と舌打ちしたくなる藍子お姉ちゃん。それでも娘代わり?な歳の離れた、可愛い妹だ。
あおいと美佐、二人からお布団を引き剥がそうとする、藍子お姉ちゃん。全力抵抗する、目覚めの寝起きの悪い子のあおい。そんなグズるあおいに、魔法の呪文をかける藍子お姉ちゃん。
「ふーん、そうなんだぁ
あおいは幼稚部のクリスマス会、行かないんだ?
サンタさん来るんだけどな
あおいはサンタさんのプレゼント要らないんだ?
サンタさーん、あおいはプレゼント要らないんだって!」
「だっ、ダメぇ!
それはイヤ。絶対の絶対にヤだ!」
「でしょー(笑)
ほら、抱っこしてあげるから
ベッドから出なさい」
「まだ寝たいんだけどな
藍子お姉ちゃん、おはよ
ねえねえ、あのワンピ着せて!
わたし、あれで行くの!」
「はいはい。
じゃあ、そのパジャマと下着、自分で脱ぐの」
パジャマと下着を脱がせ、新しいパンツを穿かせ、黒百合女学院幼稚部の可愛らしい制服を着せ・・・ではなく、私服のワンピースドレスをあおいに着せる藍子。このワンピースドレスは洋裁が趣味の藍子の、あおいへのクリスマスプレゼントの自作品だ。
黒百合女学院では、幼稚部と初等部に中等部と高等部の各校クリスマス会の日だけは、女の子らしく着飾っての私服登校が認められている。
しかし、どんな服でも自由だ!なんて事はもちろんなく、初等部以上はドレスコード?がちゃんと?あり、あまりに相応しくない服で行くと、校門に風紀の先生が待ち構えていて、門前払いされたりする。背伸びも息抜きも程々にせよ!なのだろう。
ワンピースドレスに着替えたあおいが、藍子お姉ちゃんに抱っこされ、広いダイニングに顔を出す。ダイニングと言っても、時代劇に出てきそうな板の間の和室だが、それでも十六畳はありそうな広間になってる。
「あおいちゃんおはよー!
それ、藍子お姉ちゃんが作ったドレス?
可愛い!似合ってるわよ。いいなぁ」
ハモるかのように二人タイミングよく同時に、あおいに声かけているのは、あおいの四つ上の従姉。黒百合女学院初等部の紫蘭と青蘭だ。二人はすぐ近所だし、あおいや紫蘭たちのお祖父ちゃん晋太郎の、早朝拳法教室に通っていて朝食はいつも一緒だ。
その紫蘭お姉ちゃんや青蘭お姉ちゃんに、藍子お姉ちゃんに作って貰ったワンピースドレスを自慢する、あおい。
「へへーん、いいでしょー!
でもお姉ちゃんたちの真っ赤なミニスカートも
お揃いで可愛いよ。サンタガールみたい!」
しばらくして、赤井家お泊まり常連の、あおいの同級生の美佐。赤井家が武家時代は親戚筋の家臣筋、今は縁戚で、幼稚園児ながらモデルと子役して、女の子として意識高い系の美佐が、朝シャン終わって姿を見せる。
そうこうするうちに、祖父の晋太郎と祖母の桐子に父の幸一郎、クリスマスの時期に珍しく朝に在宅の、パティシエの母の桃子、兄の貴志は全寮制高校のため不在だが、赤井家の朝食メンバーの殆どが揃う。
その皆が食事中の広間に最後に、まだ眠い眼を擦りながら顔を見せたのは、大好きなアニメか漫画で夜更かしした、次姉の緑だ。長女藍子の食膳の隣に正座する。
旧武家であり道場経営の赤井家は、和の伝統を重んじて、食事とくに朝食はテーブルや食卓ではなく、時代劇によくある、それぞれの食膳に配膳されている。道場経営のため朝が早い赤井家。使用人達がまだ来ぬ時間のため、母の桃子が緑の食膳に炊きたてご飯と御御御付を出してやりながら
「ねえ緑、あなた中学は昼までなのよね。
悪いけど今日はあなたが
あおいを幼稚部に迎えに行ってね。
美佐ちゃんのママが駄目だったら美佐ちゃんもね。
行きは藍子に頼んでるんだから
お姉ちゃんとして頼むわよ。」
緑の食膳に配膳しながら、そう頼む母の桃子。ヤンキーなのに今朝は機嫌がいいのか、素直にお返事する緑。
「うん、わかってる。
あおい、今日のお迎えはわたしだからね。
美佐ちゃんもママが駄目だったら、わたしと帰ろうね。」
「わーい!やったぁ!今日のお迎えは緑お姉ちゃんだぁ。」
緑お姉ちゃんは趣味が多すぎて、いつもはなかなか自分の相手をしてくれない。その緑お姉ちゃんが迎えに来てくれると聞いて、遊び相手もしてくれるかも?と、喜ぶあおい。
そこに、自分の経営する、クリスマス直前のため多忙を極めているケーキ屋に出勤の身支度してる母の桃子が、念押しする。
「でもね藍子と緑
世の中はいつ予定が変わるかわからないんだから
小まめに連絡し合うのよ。
あおいも、この前みたいに藍子お姉ちゃんが
お迎えかも知れないんだからね。」
「はーい」
「それじゃあお祖母ちゃん、娘たちをお願いします。
あおいと美佐ちゃん
ママたちクリスマス会の出し物
仕事で見られないけど応援してるからね。頑張るのよ。」
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