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「ななみも料理できるようにならなくちゃなー」
「目玉焼きすら作れないのに?」
ななみはがつがつと食べる手を止めて、頬を膨らませた。
「失礼なことを言うなあ。あれはたまたま失敗しただけじゃんか! ななみだって、本気を出したら詩織の作る料理みたいなの作れるんだから!」
「そもそも、七海はレシピを見て作らないから上手く作れないんだよ。もっとちゃんと作れば、わたしが作るような美味しい料理だって作れるはずだよ」
「自分で自分の料理を美味しいって言う?」
「そりゃ、美味しいんだから。事実でしょ?」
わたしと七海はけらけらと笑う。
七海は既に麻婆丼を食べ終えてしまって、ふーと一息つきながらフローリングに横になってしまった。
「食べてすぐに寝転がったら牛になるよ」
「よくいうよ。ななみはいくら食べても不摂生しても太らない体質なの!」
わたしは半分以上残った麻婆丼にスプーンをつける。
七海の体質が心底羨ましい。いくら食べても腕はすぐに折れてしまいそうなほど細くって、身体は抱きしめただけで壊れてしまうじゃないかってくらい脆そうな見た目をしているから。
わたしとは違う。
こんなにゆっくり食べているのに、華奢じゃないし、中肉中背だ。一度くらい、抱きしめただけで折れてしまいそうな体になりたかったなあ。
――七海のことを抱きしめた事なんて一度もないけれど。
彼女は横になったまま、すやすやと寝息をたてはじめた。
いつも七海は日曜日には男とデートに行くんだけれど、今日は珍しく予定が入っていないらしい。じゃなきゃ、フローリングで15時まで寝たりしない。いつもなら「二時からデートだから一時には起こして!」などと言って寝るような子だし。
わたしは彼女が寝ている間に、録画していたドラマを見ていた。
毎クールほとんどのドラマを見ているくらい、ドラマが好きだ。七海には「何が面白いの?」と不思議がられるし、わたし自身、どうしてアニメでも映画でも小説でも漫画でもなくドラマなのだろう、と思わなくもないけれど、何故だか好きなのだ。つけっぱなしにしてぼんやりと見ていられる媒体は素晴らしい。
「またドラマ見ているの?」
つい、びっくりして肩が跳ねてしまった。横になったままの七海がようやく目覚めたようだ。
「よっこらしょ」と言いながら、彼女は上半身を起こす。
「なんだっけこれ、人気なドラマだよねー。ななみでも知ってるよ」
「そう。今一番視聴率がいいんだよ。最近は恋愛ものが人気になることが珍しいんだけどね」
「ななみはよくわからないなー」
テレビを見ていた目線を移して、彼女の顔を一瞥した。大きすぎる目はぱちぱちと瞬きを続けている。ふああ、と伸びをして胡坐をかいた。
「ねー、ドラマばっかり見てないでお菓子でも作ってよ」
「あと二十分で終わるから、それまで待ってよ」
「うー、わかったよ」
じゃあ、シャワー浴びとくねー、と七海はそそくさとリビングからいなくなってしまった。
テレビの中の男女は想いを伝えられなくて、ぎくしゃくしている。それを友達に励ましてもらったり、職場の上司にアドバイスしてもらったりして、不器用ながら前進していく。よくあるラブコメだ。
ふつうは多分、そんなラブコメを自分に置き換えて視聴するんだろうな、と思う。
けれど、わたしはテレビの中のヒロインに感情移入することができない。相談できる相手がいるだけいいじゃないか、相手が異性なだけで幸せじゃないか、結ばれそうな相手なのに、どうしてくよくよと悩んでいるのだろう。
いつもは全く意識していなかった感情が、時々ふと、こみあげてくる。
ドラマ自体が嫌いなわけじゃないから見続けているけれど、毎話終わるごとに「次は観なくていいかな」と思う。
ドラマになるような恋愛なんて、キラキラしていて楽しくて誰もが共感できるようなふつうのストーリーなのだ。わたしの恋愛は、今も、これから先もドラマになることはないのだろうな。
いつまでもあの子との生活が日常として続いていけばいい。
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