わたしとあの子
橘セロリ
1
日曜日だからって遅くまで寝たりなんかしない。
いつも八時には起床して、家事をこなして、午後からは録画していたドラマや映画を観る。夕方になったら月曜からの食材を作り置きしたり、晩御飯の準備をする。それがわたしの平均的な休日の過ごし方だ。
つまらないと言われたら、それは正しいんじゃないかと思う。
わたしだって、好きでこんな生活を送っているわけじゃない。そりゃあ、休日だからって一日中遊んでいても、家事や食事の準備が自動的に終えられるならば、もっと楽な生活ができるのだろう。
あの子みたいに昼まで寝て、一日中誰かと遊んだりするのかもしれない。いや、ひょっとしたら、何もかも自動化したってわたしは今のようにせこせこと家事をし続けるのかもしれないけど。
もう正午だ。流行りのバンドのニューアルバムを聴きながら、掃除だとか洗濯だとかを済ませてしまった。
そろそろ、あの子が帰ってくる時間だ。
彼女は、決まって昼になったら帰ってくる。
わたしは二人分の昼食を作っていた。別にあの子から頼まれたわけじゃないし、作るべきでもないのだろうけど、なんとなく一人分作るならば二人分を作ってしまうのだ。これがわたしの性分なのだろう。
今日のお昼は麻婆丼とサラダだ。
正午を五分ほど過ぎた頃、あの子は帰ってきた。
鍵をがちゃがちゃと開けて、どたばたドスドスと廊下を歩いて彼女はやってくる。
「ただいま。あれ、今日はもしかしてマーボー豆腐? ラッキー」
挨拶もしないまま、リビングの机に座り込んだ。わたしは「あなたが好きだと思って」と素直な気持ちを伝えてから、その子に触れたい気持ちをぐっと抑えて「じゃあ、食べようか」とできるだけ声のトーンを低くして言った。
今、どんな感情を抱いているか、知られることが嫌だから。
「わーい。詩織の料理は美味しいから好きなんだ」
その子は八重歯を見せて笑う。黒髪の短い髪の毛を耳にかけて、両手を合わせた。
「じゃあ、いただきます」
わたしも同じように手を合わせてから、スプーンを握る。
彼女――七海はがつがつと麻婆丼を口にかきこんだ。口の周りを赤くさせながら、無我夢中でご飯を食べる。
わたしもこんなふうに食べられたらな、なんて思わなくもない。食べる速度が遅いことがちょっとしたコンプレックスなのよ。
「昨晩はどこに行っていたの?」
「男のところ」
七海はいつだって素直だ。彼氏が二人いて、セフレやソフレ(わたしはソフレという存在を良く知らないけれど)が三人いる彼女は、毎週別の男の家に泊まる。
「ななみは自由な女だからいーの」といつも言うけれど、そろそろ二十三歳なんだからわきまえてほしいなって、同居人としては思う。
いつか責任を取らなくちゃいけなくなるかもよ。なんて話しても右から左なんだから、どうしようもない。
いつかわたしが中絶費用や出産費用を払う日が訪れるかもしれない、と思うと毎日節約して貯金額を増やすほかないのだ。
いや、おかしい。まずは七海の男遊びをやめてもらうべきだろう。
「昨晩は誰の家に行っていたの?」
「うーん、佐藤くんのところ。どうしても会いたいってうるさくてさー」
ふうん、とわたしは相槌をうつ。
このふうん、にどんな感情がこもっているか、七海は知らない。知らなくてもいいことだ。
彼女はお椀に口をつけて、がつがつと食べる。
わたしはスプーンで麻婆を口に運ぶ。
たまに、どうしてわたしは七海と一緒に暮らしているのだろうか、と考えるときがある。
こんな性格が違う女の子と一緒にいて、苦しくないわけがないし、しんどくないわけがない。
職場で彼女の話をすると「旦那じゃないのに家事をさせられてかわいそう」だの「女友達と一緒に暮らしていたら婚期逃すよー」なんておせっかいをよく焼かれる。
それでも、わたしは七海と一緒に暮らすことをやめない。やめられない。
絶対に追い出した方が合理的だってこともわかっている。
絶対に七海なんて存在がいないほうがわたしの将来や、これからの幸福につながることだって自覚している。なのに。
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