第四話【シコク】
坊っちゃんはしかし、供廻りの多勢なのを恃み、駅吏の言葉を斥けて、出発したのであった。
供廻りとは誰だろう? 俺はいつの間にそんな者達を雇ったのか。そしていったいどこへ行こうというのか。少なくともこの王城ではないような気がしている。
「短刀をどう使い、市政を暴君の手から救うつもりであったか?」痺れを切らした赤シャツ王が四度目を尋ねてきた。
この王城へはのそのそと自ら入ってしまったことだけは覚えている。王城へは警吏に捕らえられ連れ込まれたのではない。
「私は別の所へ出発しようとしていたのだ」坊ちゃんは己の記憶の思い出したところまでを音として発した。
「それはどこか? 申せ!」赤シャツ王は言った。
「残月の光をたよりに林中の草地を通って行ったのだ」坊ちゃんは答えた。これは口から出任せなどではなかった。新たに記憶に蘇ってきたままを語っている。
もうひとつ、口から出任せで付け加えることができた。
「ろくに光のない中、草深い山の中を歩くのは難儀だった。その短刀で蔓や枝をなぎ払い道なき道を歩き続けたのだ!」
「短刀をそのように使うとどうして暴君の手から市政を救えるというのか?」赤シャツ王が尋ねた。
坊ちゃんも言ってて自分で意味が解らなくなっていた。
「その時、果たして一匹の赤シャツが四国の中から躍り出たのだ!」坊ちゃんは言い切った。
〝四国〟という地名が坊ちゃん自身にとっても思いがけず飛び出した。
誰かが「あっ」と声を上げた。赤シャツ王は声の主の方をじろりと見た。
坊ちゃんは日本人である。四国、と聞けばそれは日本の四国地方のことであろうと思い浮かべるのもまた至極である。赤シャツ! そうだ。思い出した。ここだ。ここで会ったのだ。しかしどうして四国などに目の前の暴君赤シャツがいることになっているのか。坊ちゃんは自分で言っておいて何が何やらさっぱりだった。
坊ちゃんは赤シャツ王が視線を未だ微動だにしていないことに気がついていた。視線を向けられた先にいる群臣どもは誰も何も言わない。
赤シャツ王は今度は坊ちゃんを睨みつけた。
「お前はシコクへ行ったのか? そこで見たものを言え!」赤シャツ王の顔から愁いに満ちた怒りが消え、ただそこに純粋な怒りしかないように坊ちゃんには見えた。
こうなると次に思い出したものを口にしていいのかどうか、坊ちゃんには躊躇いが生じてくる。
坊ちゃんはまた思い出したのだ。シコクとは死刻なのだと。
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