第15話 不穏な言葉

 目の前の男達は明確な目的を持ってレオナール達を殺そうとしている。それは男達の異様な雰囲気で分かることだった。しかしその目的が何かはっきりしないため、レオナールはどうにか情報を掴んでおきたかった。

 ちらりと横目で半人半魔の男を見る。レオナール達の事情を知らない彼は、果たしてどこまで協力してくれるのだろうか。城で会話をした時には一度も訪ねてきた冒険者や兵士を殺していないという口ぶりから、余計な殺生は嫌う傾向にあるのかもしれない。レオナールの視線に気づいた男がそういえば、と口を開く。

「あんたのことなんて呼べばいいんだ? そっちの紫も」

「むらさっ……」

「レオナール。この子はハルシフィアと」

 レオナールの後ろに控えているハルシフィアが言葉を詰まらせながら驚いているのを尻目に、レオナールは簡潔に自己紹介を済ませる。ぴりぴりと感じる殺意は、踏み込む隙を探っている男達のものだ。それを物ともせず、むしろ楽しむように一瞥して半人半魔の男はにかっと歯を見せて笑った。

「そうか! 俺はなァ~……おっと」

「ちっ!」

 半人半魔の男の自己紹介を待たずに、矢を射った男はその全てが外れてしまったことに舌打ちをする。続けて杖を掲げた男が何かの呪文を唱え、やがて頭上から氷の礫が降り注ぐ。即座にレオナールが盾を張り事なきを得たが、話の腰を折られた男は不機嫌そうな顔をしていた。

「おいおい……話を遮る悪趣味をお持ちなのか、なッ!?」

 最後の声と同時に、半人半魔の男の周囲を飛び回っていた片目蝙蝠達の光線が男達へ集中する。地面を抉るほどの衝撃を持った光線は、男達の行く手を阻んでいた。ぱたぱたと浮遊しながらけっと悪態をついて再びレオナール達に視線を向けた。

「俺はキース。キース・キュラルビーって言うんだ。よろしく頼むぜ」

「ああ、キース。よろしく」

 剣の柄を握り直しながら、レオナールは男──キースが助っ人として現れてくれたことを感謝した。彼が従わせている片目蝙蝠達の攻撃力は凄まじいほどだ、隙を与えない瞬発力も申し分ない。レオナールだけでは足りなかったものを、キースがいてくれることでようやく埋めることが出来るのだ。

 片目蝙蝠達の光線をくぐり抜けて剣を持った男がレオナールに突撃してくるのを、同じように剣で防ぐ。激しい金属音とともに重みを感じるが、踏みとどまって剣の男と視線を交わせる。男はレオナール達を殺すという目的をどんな手を使ってでも遂行する、血走った目をしていた。

「女ばっか狙ってるとモテねェぞ」

 いつの間にかキースの手に握られていたのは、魔力で構築されたであろう槍だ。光線の合間を縫うように投げられる槍はすんでの所で杖の男の魔法によって弾かれたものの、光線と槍に四苦八苦している状態の杖の男は翼を用いて急接近してきたキースに対処しきれなかった。

 声を上げる間もなく拳を顎に食らい、ふらついているところを腕を掴まれた瞬間に地面に叩きつけられる。強い衝撃のせいか、男はうめき声を上げて動くことができないようだ。

(攻撃が主体なのか……)

 盾を作って防御しつつ、レオナールは好機を探っていた。キースの片目蝙蝠達が光線を用いて相手の隙を作ってくれるからこそ、レオナールは状況を冷静に整理し対処することができている。杖の男を無事に行動不能にしてくれたキースは、今度は弓の男に意識を向けてくれている。

(しかしこの男達は一体誰の命令で……?)

 レオナールはこの男達と面識はない。かつての依頼で会った人かとも思ったが、レオナール自身は人道に反することはしていないと誓える。依頼における不義理をしていないとなると、この殺意をなぜ向けられているのかという疑問が残る。

 命令──そう言った男の言葉を反芻する。この男達は誰かの命令を遂行するためにここにいる。レオナールの過去か、ハルシフィアの過去か──どちらにせよ、このまま男達を見過ごすことはできない。

 剣戟けんげきを繰り広げるが、やはり男女の腕力の差が物を言うのか次第にレオナールが苦しそうに眉をしかめる。それを好機と見た男はにたりと笑って思いっきり体重をかけて剣を弾き飛ばす。

「死ねェ!!」

 男の剣がレオナールに向かって振り下ろされる。しかしレオナールは慌てる様子もなく剣筋を見極め、間一髪のところで斬撃を防ぐ盾を張った。男が好機を失ったことを悟り、体勢を立て直そうと後ずさる前に男の胸ぐらを掴んで地面に強く叩きつけた。

 衝撃で呼吸が苦しくなったのか、剣の男は胸を押さえて咳き込んでいる。切らした息を整えていると、キースがいつの間にか弓の男の牽制も終わっていたようだ。人の山を作るように伸びてしまった杖の男と弓の男を重ねている。

「あ~だる。縛り付けとこうぜこいつら」

「……ハルシフィア、私の荷物の中に縄があるから渡してあげてくれ」

「あ、はい!」

 戦う手立てを持っておらず、立ち往生していたハルシフィアがレオナールの言葉を受けて荷物の中から縄をキースに手渡す。断崖の調査の時に使う縄が役に立つとは思っていなかったが、捨てずにいてよかったとレオナールは思った。

「ほらよ、剣」

「ありがとう」

 弾き飛ばされた剣はキースによって拾われていたようだ。レオナールによって叩きつけられた剣の男はようやく呼吸を整えることができたようで、恨みがましいような視線を向けてきた。そんな男の顔の横に剣を突き立て、レオナールはいつもよりも低い声で男に問う。

「誰の命令だ」

「……そう簡単に言うとでも思ったか?」

 男は決して口を割る気はないようだ、剣を突き立てられながらもまるで挑発するような態度を取っている。もちろんレオナールもこの程度で口を割るとは思っておらず、一体どうしたものかと目を伏せる。

 このまま押し問答になるのも時間の無駄であれば、男達が情報を伏せたまま自害する危険性もある。レオナールは諦めて余っている縄をキースから受け取って縛り上げ、同じように適当に転がしておく。

「またあんたら狙うかもしれないのにお咎めなしか?」

「その時はその時で対処する。今何かをする時間がもったいない」

 心底不思議そうにキースが言うが、実際にレオナールには時間がないのだ。こうして男達が襲撃してこなければ、ヴァンパイア騒ぎで眠れぬ想いをしているイーリニッジへ早々にたどり着くことができていた。

 ふう、と息をついてレオナールはキースの方を振り返り頭を下げて礼を言った。

「助かったよ。私達は急ぐから、これで……」

「ん? あの街に行くんだろ。俺も行くぞ」

「え、キースさん一緒に行かれるんですか?」

 まさか一緒に来ると思っていなかったハルシフィアはぽかんと口を開けて彼の発言に驚きを示している。それはレオナールも同じだったようで、言葉にはしないもののハルシフィアと同じように眉を上げて不思議がっていた。

「俺は住んでるところに好き勝手来られるのだりィんだよ。来る奴らに言っても改善されねェし、俺が直接言いにいくしかねェっつーか」

「あぁ……大変そうですね……」

 キースの今までの心情をそれとなく察し、ハルシフィアは憐れみの目をキースへ向けた。しかしキースが再三言っているにも関わらず、レオナール達が来るより前も度々冒険者や兵士が訪れていたのだという。キースが街を脅かすヴァンパイアだと信じられたまま。

 人と魔族のハーフであるかどうかは、確かに見た目では判別がつかない。ヴァンパイアの象徴とも言うべき蝙蝠の翼もあれば、彼に付き従う片目蝙蝠達もいる。だがキースは幾度となく訪れる者達への対話を試みているのだ。いくら彼の言葉が信用ならないからとはいえ、頑なに彼がヴァンパイアであるに違いないと言い続けられるものだろうか。

「……イーリニッジを統括する者に、キースの話が伝わっていない?」

「それは……もしそうだとしたら、どうしてなんでしょう」

 そう、ハルシフィアが感じたように疑問が残る。いくら疑心を向けていたとしても、流石にイーリニッジを統括する立場の者にはそれを伝えるだろう。街の脅威として扱われ、討伐も命じられているほどなのだ。依頼を受けた冒険者や街に仕える兵士には、上の者へ報告する義務が生じる。レオナールは、一つの考えが浮かんでいた。

「キースがイーリニッジにとって脅威でなければならない理由が存在する、とか」

「はァ? なんで?」

「わからないが……それに関しては直接聞いたほうがいいな」

 レオナールの脳裏に思い浮かぶのは、街の住人から慕われているタリダエの姿だ。夫がヴァンパイアの襲撃に遭い、意識不明の重体に陥っている状況でイーリニッジの統括を代理で行っているのは彼女だ。

「急ごう、嫌な予感がする」

「はは……」

 イーリニッジに急いで戻ろうとしたレオナール達を嘲笑うように、縛られていた男が嗤う。何かと思い振り返ると、相変わらず血走った目で、しかし先程よりも狂気に満ちた目でレオナール達を一瞥していた。

 その視線に何を感じたのか、ハルシフィアは悪寒を感じて思わずレオナールの服の裾を握る。そんなハルシフィアを落ち着かせるように手を重ねながら、視線だけは鋭く男達に向けたままレオナールは口を開いた。

「何がおかしい?」

「お前達が行ったところでもう遅いんだよ……我々の目的は十分に成された……」

 すると男達は示し合わせたように、音を立てて奥歯を強く噛んだ。それが意味することをレオナール達が理解したのは、男達の顔色が目に見えて悪くなってからだった。

「我らの王に栄光を、王への裏切りに制裁を! 愚かなお前を、我らは同胞とは認めないぞ、ハルシフィア=パーム=ラバンディン!」

「……え」

 空気を震わせる大声で宣告をしたあと、男達は一斉に血を吐いて崩れ落ちる。慌ててレオナールが脈を確認したが、どう見ても絶命していることは明らかだった。奥歯に毒でも仕込んでいたのだろうか、目の前で自害を選んだ男達の死を悔やんだ。

 そして同時に、レオナールはハルシフィアの顔を見る。名を叫ばれた彼女の顔は、冷や汗を浮かべて真っ青になりながら震えていた。

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