第14話 不穏な影

蝋燭の火が揺れて消え入りそうな中、レオナール達は前を飛び回る片目蝙蝠についていっていた。どことなく幽霊でも出てきそうな雰囲気に呑まれているのか、ハルシフィアは不安げな表情をして周囲を見回している。

 二人分の靴の音しか響き渡らない廊下は、タリダエの屋敷で見たような豪華な調度品は一つもなかった。この城だけ時代に取り残されてしまったかのように、埃が積もり壁にヒビが入っている。人が住むには、あまりにも生活感がなかった。

 きいきいと鳴く声に、レオナールは目の前の扉が目的の場所であることを感づく。扉に手をかけ、ぐっと力強く押し込むと錆び付いた扉はゆっくりと開いていく。開かれた先には長く古びた机と椅子が置かれており、暗がりの中に誰かが立っているのが見えた。

 片目蝙蝠は暗がりの中の人物のもとへと向かい、やがてその人物の肩で羽を休め始めた。恐らくあれが片目蝙蝠の主人であり、イーリニッジにとって驚異とされているヴァンパイアなのだろうと推測してレオナールは剣の柄に手をかけると、先に口を開いたのは暗がりの人物の方だった。

「助けてくれた恩人だって言ってるぜ、あんたらのこと」

「何……?」

「火ィくれたんだろ? 悪いな、俺が目を離した隙にどっか行っちまってよ」

 暗がりの人物の声は低く、その声で男であることが判別できた。ゆっくりと振り返り、ようやく蝋燭の光が届くところへと彼は歩み出てくる。肩にかかるくらいの黒髪をハーフアップにまとめ、気怠そうにしている彼は想定していたよりも若かった。

「……で? 言っとくけど俺、あんま金持ってないしなんか金目のもんくれって話はパスな。まァ一応感謝はしてるからさ、なんかこう別の形で……」

「……あの、あなたは本当にヴァンパイアなんですか……?」

 彼の言葉を遮る形で、ハルシフィアが驚きを隠せない様子で彼に問う。レオナールもそんなハルシフィアの疑問を不思議に思い視線を向けると、それに気づいたのか彼女は自身が感じている不審な点を述べた。

「魔族の魔力が、薄いんです……本当に彼がヴァンパイアなら、もっとわたしが感じ取れるはずなんですけど……」

「あー……あんたらもしかしてあれか? 俺のことヴァンパイアだと思って討伐しに来てる感じ?」

 だりィ~、とため息とともに漏れた声に、思わずレオナール達は拍子抜けしてしまった。物陰にいたのだろうか、いつの間にか増えていた片目蝙蝠達が慰めるように彼の周囲をぱたぱたと飛び回る。

「つまりお前はヴァンパイアではないのか?」

「それなー……半分正解で半分間違いなんだわ。俺これ冒険者とか兵士来るたびに言ってるぞ……」

 彼は椅子を引いて座り、その上であぐらをかいて面倒そうに眉をしかめた。座っていいぞ、なんて言いながら手招きをするものだからレオナール達も警戒はしつつ近くの椅子に腰掛ける。未だ気怠そうにしている彼は説明も放棄したがっているように見えた。

「俺混血なんだわ、人間とヴァンパイアの。だから生態はヴァンパイアのそれとはまるっきり違うわけよ」

「それって……」

「下の街で俺のこと悪く言われてんのか? 俺が街の人の血を吸ったって話聞いたんだけど、誰が好き好んでそんなめんどくせェことしなきゃいけねェんだっつの」

彼が言った真実に、ハルシフィアは納得いったように頷いてレオナールは無表情のままだった。彼の言い分は嘘を言っているようには見えず、しかしこれを信じるとなるとタリダエの話とまったく異なることになる。

「人間とヴァンパイアの混血で、お前自身は血を好んで飲まない。イーリニッジへ行ったこともないのか?」

「当たり前だろ、ただでさえ混血ってだけで両方から敬遠されてんのに。てかそんな回りくどいことしてるならトマトジュース飲んだ方がマシ」

「……あれ? でも、そうなると……」

 ハルシフィアが疑問に思ったことは、レオナールも疑問視していることだ。当てはまる可能性として挙げられるのは、タリダエが把握していない範囲で他のヴァンパイアが生息しているか、タリダエが嘘をついているかのどちらか。

「二つ確認を。お前の他にヴァンパイアはこの近くに生息しているのか?」

「さァ? 俺は魔族からも嫌がられてるし詳しいことはわかんねェけど……でも見たことはないぜ」

 彼が見ていない範囲からヴァンパイアがいたとしても、イーリニッジの周囲にも小規模な村や町はある。わざわざ警備もある、人目のつきやすいイーリニッジを選ぶメリットとはなんだろうか。

「もう一つ。今までも冒険者や兵士がここに来たのか?」

「来た来た。来たんだけど毎回返してるぞ? 話聞いてくれねェやつはちょっと気絶させて外放り投げてるし……そこからまた入ってきたとしても同じこと繰り返してるから、俺もこいつらも殺しはしてねェよ」

 同意を求めるように片目蝙蝠達の頭を撫で、片目蝙蝠達も賛同するように目をぱちぱちと瞬かせている。ハルシフィアは彼の返答に不安げな表情でレオナールを見やり、レオナールは視線を落とし思案していた。

 そして結論を出すと、レオナールは速やかにこの場を去るべきだと判断してハルシフィアに視線で促した。ハルシフィアもそれを察して椅子から勢いよく立ち上がり、レオナールのあとをついていく。

「急に訪れて悪かったな」

「ん? あァ、別にいいよ。暇だし。あァ、それからもう一個教えとくわ」

 彼の言葉にレオナール達は一度足を止め、そして衝撃的な発言を耳にする。レオナールが怪訝そうな表情を表し、ハルシフィアは目を丸くしていた。ひらひらと脱力しながら手を振る彼に見送られ、レオナール達は急いで城を後にする。

「抱えるぞ」

「わっ、はい!」

 ハルシフィアを横抱きにして脚力強化の魔法をかけて、足早に丘を下っていく。レオナールの出した結論が正しければ、ここに長時間いることはイーリニッジに危険を招く事になる。時間をかければかけるほど──その可能性は高くなる。

 この結論は最悪の結論だ、できれば外れていてほしい。そう心の中で願いながら、レオナールは登るよりも早い速度で急いでイーリニッジへと戻っていった。



 急いでイーリニッジにたどり着かなければ、駆け下りるように進んでいくレオナールはふと刺すような強い気配を感じて足を止める。敵意が混ざったような気配は、確実にレオナール達に向かって放たれている。

「レオナールさん……?」

 急に止まったのを不思議に思ったのか、ハルシフィアが首を傾げてレオナールに問う。そんなハルシフィアの問いに答えようと口を開いた矢先、聞こえてきた風切音に瞬間的にその場を飛び退いた。

 レオナールが先程までいた場所には一本の矢が突き刺さっており、その矢の先端は毒々しい色と化している。恐らく毒が塗りこまれていたのだろう、量は計り知れないが突き刺さっていたとしたらすぐに身体中に回ってしまうだろう。

「ちっ……!」

 舌打ちとともに、草の陰から数人の黒服の男が姿を現す。物々しい雰囲気で武器を構える男達に、レオナールはハルシフィアを傷つけないようにそっと下ろして剣を抜く。邪魔にならないようにとハルシフィアが離れてくれたが、念の為に防護の結界を彼女の周囲に張って男達を見据える。

 剣、弓、杖──。前衛も後衛もこなせるバランスの整ったパーティだ。弓を使っている男は毒物の扱いにも優れているのだろう、彼が妨害を行って剣使いと杖使いが畳み掛ける作戦だろうか。しかしレオナールにとっての疑問は、なぜ彼らがここにいるのかである。

 剣を持った男がレオナールに向かって斬りかかり、彼女は盾を作ってそれを受け止める。しかし直後に盾に亀裂が入り、一瞬にして割られてしまった。驚きに目を見開いている間に風切音とともに矢が放たれ、レオナールの行動を限りなく封じる。

「くっ……」

 三対一、ましてや連携が取れているパーティを相手にしたまま戦うのは難しい。盾を張っても杖使いの魔法の力のせいかすぐに割られてしまう。防御力が取り柄のレオナールにとって、虚を衝かれるような連携は非常に相手にしにくかった。

 加えてレオナールにはハルシフィアがいる。回復の腕は頼れるものでも、彼女は攻撃は苦手だろう。そしてレオナール自身の心情もあり、彼女を極力戦いの前線には立たせたくなかった。しかしこのまま耐え続けていても、決着のつかない戦いになってしまう。

「隙ありッ!」

「!」

 猛攻を抑えるための盾はことごとく割られ、その瞬間を突いて剣がレオナールに降りかかる。咄嗟に左手を出して防ごうとした──その時だった。

 キィン、と耳鳴りのような音が響き渡った瞬間に色とりどりの光線が男達に降り注ぐ。それらは一切レオナール達に降り注ぐことなく、的確に彼らだけを狙っていた。男達は突如として現れた光線の攻撃に戸惑い、深い傷も負っていた。

「な、なんだっ!?」

「なんだァ? そりゃこっちのセリフだろうがよ」

 上空から羽ばたくような音が聞こえ、上を向くと月を隠すように影が映り込む。影はレオナールと男達の間を割るように着地し、ばさりと勢いよく背の翼を広げて威嚇をしていた。その姿は間違いなく、気怠そうにレオナール達と対話をした半人半魔の男だった。

「なっ……ヴァンパイア!?」

「あーもういいわそれで。つーかあんたら誰? 冒険者でも兵士でもねェよな……」

「どっちだっていい、我が主の命令だ! 殺すぞ!」

 男達は気を取り直したのか、武器を握り直して再び向かい合う。ため息をついて気怠そうにしている男もまた臨戦態勢に入っているようで、状況から見てレオナール達の力になってくれることは間違いないようだった。

「……借りは返す、協力してくれ」

「あ? いいよ、こいつ助けたのとチャラで」

 な、と言いながら不敵の笑みを浮かべる男の周りはきいきいと色とりどりの片目蝙蝠が飛び交っている。成り行きで助けた形だったが、まさかこうして返ってくるとは思ってもいなかったレオナールは首を軽く横に振って男達を見据えた。

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