第13話 昔話
城までの道はやはり遠く、さらに道の整備もろくにされていないためレオナール達は獣道を歩いている最中だった。松明で道中を照らしつつ、草をかき分けてがたがたの道を進んでいく。
「あ、わわっ」
ところどころ突っかかりもある道のせいか、ハルシフィアは時折足を引っ掛けて転びそうになってしまう。その度に前を歩くレオナールに寄りかかる形になってしまうため、申し訳なさを感じて離れるを繰り返している。
「大丈夫か?」
「す、すみません……」
「掴んでいていいぞ」
左手を差し出すようにハルシフィアに伸ばすと、少しためらいながらも差し出された手に右手を重ねる。手袋越しでも女性らしくない無骨な手の硬さを感じて、ハルシフィアは今までレオナールがどんな過酷な人生を送ってきたのかと考える。
「……あの、レオナールさん」
「なんだ?」
「レオナールさんは、ずっと冒険者をされているんですか?」
思えばハルシフィアはレオナールについて事細かに聞いたことはない。それをする暇もないくらい目の回るような数日だった。道の途中に魔族の気配も見受けられないため、少しくらい昔話に花を咲かせても大丈夫だろうと踏んでいた。
レオナールは黙々と前に進みながら、そうだな、と呟いて自身の経歴を話し始めた。
「冒険者になったのは三年前からだ。元々十五歳になったら村を出ようと思っていたからちょうど良かったんだ」
「……え!? レオナールさん今十八歳なんですか!?」
信じられないものを見るかのような視線を向けられ、そういえば言っていなかったし言う必要もなかったと思いつつレオナールは話を続ける。
「冒険者を選んだのには特に理由はなかった。だが結果として、こうして動き回れる点を考えるとこっちの方が良かったかもな」
「……レオナールさん、どうして私に協力してくれるんですか?」
ふとレオナールが横を見ると、そこには真剣な眼差しで見つめるハルシフィアがそこにいた。その眼差しはレオナールの根幹を貫くようで、彼女は少し口を開いてから考えるように言葉を止めてから口にする。
「魔族と人間の戦いが不毛だからだ。けれど魔王を討ち滅ぼす力を持つとされている勇者が現れる気配もないまま動くのはあまりにも危険だった。そこで魔王の娘であるキミが、戦いを終わらせるために来たのだから好機だと思った、それだけだ」
「本当に?」
「……ああ、本当だ」
戦いを続けている王である者の娘として傍にいたせいなのだろうか、ハルシフィアは感情の機微に敏感だとレオナールは感じていた。クレテイユ村の墓地で子ども達の母親と話した時のように、心を明け透けにすることを望んでいるようにも見える。
しかしレオナールが言ったことは正しいのだ。例えそれが完全にそうとは言い切れなくても、そう思いながら行動しているのも事実だ。
「私は何も勇者になろうだなんて
「……大きな決断をさせてしまったんですね、わたし」
「そうじゃない。これは私が選んだ道だ」
また自己嫌悪に陥りそうだったハルシフィアを見て首を横に振りながら、レオナールは彼女の言葉を否定した。冒険者になったのも、ハルシフィアの夢を実現させようと動くことも、レオナール自身が選び取った道筋だ。言ってしまえば、これはレオナール自身が掲げている信念にも近いものがある。
「……ハルシフィア、キミの家族はどういう人達なんだ?」
「……わたしの家族……」
レオナールが問うと、ハルシフィアは難しそうな顔をして目を伏せた。その間もゆっくり城への道を進んでいき、ちょうど中腹にまで到達していた。少しの沈黙のあと、ハルシフィアはそっと口を開いた。
「母はいません。わたしを産んで亡くなったと聞いています。……多分、そのせいなんでしょうけど、愛妻家だった父のわたしに対する態度は最初から冷め切っていました」
「……」
「父にとって愛する妻を間接的に殺したとは言え、自分の血を引く子どもです。何か役に立てるだろうと……最低限のことはしてくれました。それだけ、ですけど」
心なしか、ハルシフィアがレオナールの手を握る力が強めたり弱めたりしている。泳ぐ視線は過去を打ち明けることの苦しさを指し示しているようだった。
「魔族の中で一番の力を持つ父がそんな態度だったからか、
「……極論だな」
「……わたしは言い返せませんでした。何を言っても一蹴されてしまうから。そんな生活が何年も続いて……数ヶ月ほど前に、逃げ出さなきゃと思った出来事があったんです」
ハルシフィアの手が小さく震えていることに、レオナールは気づいていた。しかしそれに気づかないフリをして、そのまま話の続きを促す。
「わたしの行動はあまり監視されていなくて……時折自室を抜け出していたんです。魔族と人間の戦いの
ハルシフィアが空いている手で前髪を上げると、皮膚が抉れているような痛々しい傷跡が残っている。レオナールがそれを見たのを確認したあと、すぐさま前髪を整えて彼女はその当時のことを思い出していた。
「わたしの回復も間に合わないくらいの大怪我で……死んじゃうのかなって、思ってしまうくらいで。でも、通りかかった人間の男の人がそんなわたしの様子に気づいて慌てて手当をしてくれたんです」
「その男は、キミが魔族だと知っていてのことだったのか?」
「はい……不思議な人でした。わたしが魔族だと言っても、それでも女の子の顔に傷が残っちゃいけないって必死になってくれて。結果として傷は残っちゃいましたけど……男の人の処置で一命を取り留めることができたんです」
でも、とハルシフィアが口にした時には、声が可哀想なくらいに震えていた。目から涙をぽたぽたとこぼして、悔しそうに唇を噛んでいた。
「わたし、気づけなかったんです。後ろに姉がいたことなんて。お礼を言おうとして顔を上げて、その男の人の首が離れていくその瞬間まで、気づけなかったんです」
ハルシフィアが気づいた時には、目の前で必死に治療を施してくれた男の首と胴はとっくに離れていた。血しぶきを上げてハルシフィアに倒れこむ男の身体を、ただ唖然として見つめていた。身体の底から冷えてしまうような感覚を、ハルシフィアはこの時初めて覚えた。
「振り返って、さっきまでいなかった姉が笑って立っているのに気づいて。なんで、って言ったんです、わたし。そしたら、家畜ごときに施しを受けて恥ずかしくないのね、お馬鹿なハルは、って。わたしも、男の人も、蔑むような目を向けてきて」
「それでハルシフィアは、自分の家族に限界を感じた。戦っていなければなかったかもしれない犠牲をこれ以上増やしたくないと思った?」
レオナールの言葉に、ハルシフィアはゆっくりと頷いた。
「わたしは……わたしはあんなに理不尽に誰かを殺せるような人を、許せるこの世界が嫌です。だから、どうにかしなきゃって思って。わたしは弱いけど、あそこにいたらわたしは永遠に何も変えられない……そう思って!」
「ハルシフィア」
握られた手を握り返すように力を込めると、はっとした顔でハルシフィアはレオナールを見やった。レオナールは相変わらず変わらない表情でハルシフィアを見つめていた。
「蒸し返してすまない」
「いいえ……大丈夫です」
涙を拭って平静を装おうとしているハルシフィアに、レオナールは繋いでいた手を離して彼女の頭を撫でる。フード越しとはいえ、頭を撫でられる経験がほとんどないハルシフィアは突然のレオナールの行動に目を点にしたまま固まっていた。
「私は私自身の誇りにかけてキミを護ってみせるよ」
「……」
「キミを護って死ぬなんてこともしない。約束する」
真摯なレオナールの視線がハルシフィアの視線と交ざり合う。自分の境遇を不遇に思ってくれている同情の言葉だったとしても、ハルシフィアは嬉しくて仕方なかった。こんなにも温かな気持ちになるのは、初めてだったから。
無言で頭を撫で続けるレオナールにふにゃりと笑みを返したのを見て、ようやくその手を止めてまた手を差し出してきてくれた。その手を取り、気合を入れるとそんなハルシフィアを満足した様子でレオナールは見つめていた。
「あと少しでたどり着けるな」
「はい!」
暗かった空気を払拭するように元気よく返事をするハルシフィアに、レオナールは蒸し返してしまったことを申し訳なく思いつつも気を取り直す。やっとの思いで城の入口にまでたどり着くと、遠目で見ていたらわからないほどまでに節々に
ヴァンパイアを警戒しつつ、立ち位置は変わらずにレオナールが身長の倍はある扉に手をかける。錆び付いた扉はひどく重かったが、力を込めればゆっくりとレオナール達を招き入れるように開いていった。中は
松明の火を消して適当な場所へ置くと、レオナールは神経を研ぎ澄ませて気配を感じ取れないか探り始める。ハルシフィアも同じように魔力を辿ってヴァンパイアの居場所を探ろうとしたが、その時ハルシフィアの目の前を何か小さなものが通過していった。
「きゃっ!」
「! ……ん?」
目の前を横切ったそれは、イーリニッジに到達する前に出会った片目蝙蝠だった。赤い瞳が二人を捕捉すると、一気に目をきらきらと輝かせて目の前に戻ってくる。思わぬ再会に、ハルシフィアはぱっと表情が明るくなった。
「片目蝙蝠ちゃん! ここがおうちだったの?」
「……もしかしたらこいつ、ヴァンパイアに使役されてるんじゃないか?」
「あ……ねえ、片目蝙蝠ちゃん。あなたのご主人様がいたら会わせてくれないかな?」
レオナールの推測に同意する形でハルシフィアが尋ねると、片目蝙蝠は言葉を聞き入れたようでレオナール達から離れて飛んでいく。そんな片目蝙蝠の様子を見て、レオナール達はお互いの顔を見合わせたあとにそのあとをついていった。
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