第12話 巡回
応接間の外から見える城へ足を踏み入れるのは明日にすべきだろうということもあり、レオナール達はその言葉に甘えることにした。少しは乾いたとはいえ生乾き状態だった服も預けられ、仮の服と部屋を提供された。
疑うわけではないが、監視の目があっては困るとハルシフィアには布団をかぶってもらっている。食事に関しても疲労を理由に部屋の前へ置いてもらい、念には念を入れてレオナールが毒見もした。
「流石に毒は入れないか……」
「すみません、私のせいでご不便を……」
豪華な内装に相応しい一品の味だと感心するが、全ての料理に毒が施されていないとも限らないと考えたレオナールは一通り毒見を済ませてから食事をハルシフィアに渡す。頭の角が見えないように布団をかぶりながら食事をするが、普段は決してしない行儀の悪い食事にハルシフィアは内心いけないことをしているようでどきどきしていた。
しかしやはり食欲旺盛のようで、それなりに量があったはずの食事はすぐに空になっていた。それでもまだもう少し食べられると言わんばかりの表情をするのだから、その細い身体のどこに食べ物が入るんだとレオナールは不思議に思った。
「ハルシフィア、ヴァンパイアについてどう思う?」
「……確かに、タリダエさんから聞いたお話によればヴァンパイアによる被害であることが一番ありえそうなんですけど……」
タリダエから聞いた話では、老若男女限らず幅広い年齢層の者が狙われている。被害はここ最近で増え始め、ついこの間有権者であるタリダエの夫のアレギが狙われ、今も意識不明の重体だという。首筋に噛み傷があり、それ以外の外傷は見当たらないとのこと。
うーん、と口をすぼめるハルシフィアにそのまま発言を促すと、彼女は首を傾げながらこう言った。
「見境がないなと思いまして……」
「と、言うと?」
「私が知るヴァンパイアって、その……言ってしまうとあれなんですけど、美食家みたいなところがあるんです。健康的な人間の血を好むと言いますか、被害者は老若男女限らずと伺っているのでちょっと引っかかるなって……個性なんでしょうか……?」
ヴァンパイアの趣向が知らない間に変わったんでしょうか、と言うハルシフィアの意見を聞いてレオナールは考える。レオナールもハルシフィアとは違う観点だが、一つ疑問に思ったことがあるのだ。
「なぜ私達なんだろうな」
「え?」
「この街はそれなりに大きい上に、ここへ来る途中にも冒険者ギルドが見受けられた。わざわざ実力もわかりにくいよその冒険者を選ぶよりも、自分の街にいる冒険者に討伐依頼を出す方が安心なんじゃないか?」
少数パーティでの討伐が難しいほどの力をヴァンパイアが持っているとしたら、討伐隊を組んでいくべきだ。そうする余力もないほどに、ヴァンパイアの被害がひどいと言うのだろうか。
「手が足りない、とか?」
「……そういう可能性もあるか」
推察は結局推察のままだ、このまま放っておけば被害もどんどん拡大されていってしまうだろう。いくら今日訪れた身分だからとは言え、人が苦しむ姿をそのまま見過ごすような性格はしていなかった。
「ヴァンパイアの活動時間は?」
「夜が基本です。ヴァンパイアにとって、日光は最大の毒ですから」
「ふむ……そうなるとおちおち寝てる暇もなさそうだな」
夜の活動が基本になるのであるなら、今夜もヴァンパイアは襲撃してくるはず。呑気に眠っていては襲撃を許すことになる、レオナールは乾ききった服に袖を通し装備を整えつつ剣を携えた。
「ハルシフィアは……」
「わたしも行きます! もしもヴァンパイアが来たら対話します!」
気合充分なハルシフィアの発言に、静かに笑みをこぼしてレオナール達は部屋を後にした。月明かりと街灯で照らされた道には外出規制もかかっているのか、武器を携えた冒険者や兵士がまばらにいるだけだった。
しんと静まり返り冷え切った空気の中で、レオナールは神経を研ぎ澄ませ、ハルシフィアはヴァンパイアの気配を感じ取ろうと耳を澄ませていた。今日もしヴァンパイアが訪れなかったとすればそれはそれでいい、ただ訪れてしまったときは──。
ふと、レオナールは刺すような視線を感じて振り返る。明確な殺意がこもった視線だったが、一瞬の内に消えていってしまったためどこから見られていたのかはわからない。ただレオナールが気づいた時には、道の角から出てきた巡回していた兵士が重力に従って倒れていた。
「!?」
レオナール達は驚愕の表情を浮かべ、兵士に駆け寄る。首筋には真新しい噛み傷に見える跡が残っており、兵士の顔の血の気は完全に失せていた。
「馬鹿な、ヴァンパイアが誰にも気づかれずに来ていたのか……?」
「? おい、どうした!?」
同じように巡回していた兵士が異変に気づき、レオナール達に近寄ってくる。血の気が失せた兵士の様子を見て全てを察した彼は、近くの兵士にも状況を知らせてレオナール達に詳しい事情を伺ってきた。
「この道の角から出てきた時にはすでにやられていた」
「……また、か……」
「また? ……ヴァンパイアの詳細は誰も確認できていないのか?」
レオナールの問いに、兵士は深刻そうな表情を浮かべて頷く。タリダエの話では相当な数の人間が今もなお犠牲になっているはずだ。一度ならまだしも二度も同じことが起これば、流石に警戒してこうやって巡回の人手を増やすはずだ。
人が増えれば増えるほど目撃情報は多くなるはずなのに、兵士の言うことが正しければヴァンパイアがどのような容姿をしているのか、そして噛み付く瞬間さえも目撃されていないようにも思えるのだ。
「ほんの一瞬目を離した隙にやられるんだ、こいつもさっきまで俺と一緒に巡回していたのに……」
常に傍にいてやれば、と嘆く兵士は一通り状況を聞いたあとにタリダエに報告をするために彼女の居住地へ足を運んでいった。再び静寂があたりを支配すると、レオナールはハルシフィアに問う。
「ヴァンパイアは隠密に優れているのか?」
「……そんなはずは、ないんですけど。けれど……先日のコカトリスの件を考えると、もしかしたら魔族の中で何か起こってるのかもしれません」
クレテイユ村のモンブリー鉱山で出会ったコカトリスは、本来であれば吐息を介さない形で他者を石にすることは不可能だった。しかしそれは呪いとして変貌を遂げ、今まで村の住人達を苦しめ続けていた。今回のヴァンパイアにも同じような事象が起こっているとすれば、ハルシフィアが今まで魔族として培ってきた知識は意味を成さないものになる。
「魔族の性質を変えるだなんて……そんなのお父様や、お兄様お姉様達以外にできない……」
「……魔王ヴィクシムとその子どもか……」
「どうしよう……このままじゃ……」
青ざめて震えている彼女の背を撫で、レオナールは今回の件について改めて考察をする。もしもレオナールの憶測が誤りでなければ、ハルシフィアに尋ねなければならないことがあるのだ。
「ハルシフィア。何か魔族の魔力のようなものは感じられるか? クレテイユ村ではコカトリスの魔力を辿っていただろう」
「え、あ……ま、待ってくださいね」
そう言うとハルシフィアは目を閉じ、兵士のいた場所を中心に魔力が残っていないかどうかを辿っていく。額に汗を浮かべて数分ほど魔力を辿るために神経を集中させていたが、ぷは、と息を吐くとハルシフィアは不思議そうに目を開いて首を振った。
「み、見つからない……魔族の魔力がまったく感じられません……」
「……そうか」
ハルシフィアの出した答えに、レオナールは概ね満足していた。コカトリスの魔力を感じ取れていた彼女が、同族であるヴァンパイアの魔力を辿れないなんてことはないはずだ。レオナールの中にある考察が一つ証明された形となったが、そうなると今度は別の疑問が浮かび上がってくる。
「ここは街の住人に任せよう」
「……? それでは、わたし達はどこへ……?」
なぜか街の外へ出る門へと歩き出したレオナールを不思議に思いながらハルシフィアは後をついていく。一切の迷いがない歩みを進めながら、レオナールは顔を動かしてこれから向かう場所へ視線を向けた。視線の先は──丘の上の城。
「え……えぇ!? レ、レオナールさん、ヴァンパイアが最も活発な時間は夜なんですよ!?」
「ヴァンパイアがこの街にいる以上は、あそこはもぬけの殻だろう。私達が傷つかずに情報を仕入れるのならば今が一番のタイミングだ」
「そ、それはそうですけど……!」
不安そうに眉を下げるハルシフィアに、大丈夫だとレオナールは口にする。その間も門番に城へヴァンパイア討伐のために向かうことを伝えてさっさと門をくぐり抜けてしまった。
「大丈夫だ、ハルシフィア。何があっても私が必ず君を護るから」
「……は、はい」
レオナールがそこまで言ってしまうのならば、ハルシフィアには止める権利がない。もしかしたらレオナールの行動が問題の早期解決を導く可能性だってあるのだ。ハルシフィアは自身の胸の上で拭えぬ不安を押さえ込むように拳を握った。
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