第7話 再会

 地鳴りの振動が響き、村人達は不安げな表情を浮かべたままだった。特に村長とダニエルの妹であるノンノは顕著で、村長はくるくるとその場を忙しなく周り、ノンノは涙が枯れてしまうのではないかと言わんばかりに涙をこぼしている。

 そんなノンノを慰めるように、ハルシフィアはひたすらに彼女を抱き寄せて頭を撫でていた。ノンノを安心させるように身を寄せ、頭を撫で続けるその姿に村人はますます魔族らしくないハルシフィアに疑問を抱き始めていた。

「なあ、その……あんたの気分を害したら申し訳ないが、どうして人間の味方をするんだ?」

「なんていうか……その、魔族と人間の戦いなんて随分長く続いてるだろ。だから……」

 村人の疑問は最もだった。魔族と人間の確執は随分と長く続いており、ダニエルとノンノくらいの子どもの年齢なら自然と人間にとって魔族は悪なのだと教え込まれるほどだ。それほどまでに人間は魔族の蹂躙じゅうりんに遭ってきたし、それに対抗するための力も備えざるを得なかった。ハルシフィアは村人の問いに少し考え、そしてこう答えた。

「私が……父のことをよく知らないから、でしょうか」

「知らない?」

「はい。私は父が……そして兄や姉がなぜそこまで魔族だけの世界に執着するのかがわからないんです。甘いことを言っているとは思いますが……なぜ共存の道を選ばないのか、と」

 泣き疲れているのか、うつらうつらと瞬きを繰り返すノンノの頭を撫でながらハルシフィアは自らの見解を語る。生まれた頃からハルシフィアの家族は人間に対して好印象を抱いておらず、むしろ家畜なのだからひどく扱って当然だと言わんばかりの態度を取っていた。どうしてそのようなことをするのか──ハルシフィアはそれを知らないまま、今ここまで逃げてきたのだ。

「それから、ごめんなさい。私は人間の味方をしているわけではなく、お互いに歩み寄れるところがないかと考えています。だから人間が悪い時もあれば、魔族が悪い時もあると思っています」

「……そのコカトリスってやつの件に関しては、魔族が悪いと思ってるってことか」

「そうです。……コカトリスが生きるためにやったとしたことでも、私は……今、目の前で泣いているこの子達が可哀想だと、思ったんです」

 ハルシフィアの内心は複雑だった。生きるための搾取は、上げてしまったらキリがないほどだろう。魔族でありながら人間の立場も顧みて、双方から批難の的になるとわかっていても思い描く夢のために自身の決めたことを成さねばならない。

 人間と魔族がお互いの立場を尊重し、分かり合えるようになれば──こうして涙を流す人達がいなくなるはずだ、と。ハルシフィアはその思いだけで夢を描いていた。

「お兄ちゃん……」

 寂しさがあるのか、ハルシフィアに体重を預けたままのノンノはしきりに兄を呼んでいる。そんなノンノの寂しさを埋めてあげるように、優しく彼女を抱きしめた。

「大丈夫、ノンノちゃん。レオナールさんは強いから、ダニエルくんと一緒に帰ってこれるから」

「……ん? お、おい!」

 村人の一人が異変に気づき声を上げると、指差した先に皆が注目した。その様子に村長と村人達は感嘆の声を上げ、ノンノは再び涙をこぼし、ハルシフィアは彼女達の成功を喜んだ。



 天井から崩れ落ちる土砂は、かろうじてレオナール達の道を阻むことはなく鉱山の入口まで駆け抜けることができた。月明かりの見える道へ滑り込むと、轟音とともに鉱山が完全に塞がってしまったのを二人は目撃していた。

 あと一歩遅れていたら生き埋めになっていたかもしれない事実に、あわわと口を開いて絶句しているダニエルをレオナールは容赦なく地面に落とした。

「いたぁ!」

「これしきのことで痛がるな、男だろう」

 結構な距離を走り抜いたからか、レオナールの息は切れており額に汗も浮かんでいる。喉の渇きを潤すために荷物の中から魔力回復の薬を取り出して、それを飲み干した。瓶の中が空になると、コカトリスの吐息で石化された左手を見た。

「そ、それ、治るの?」

「さあ? なんとかなるだろう」

「……お姉ちゃんって、がさつって言われない?」

 呆れているようなダニエルの視線をものともせず、レオナールは松明を灯して道を照らす。どうやらコカトリスとの戦闘の間に夜になってしまっていたようで、帰らねばとダニエルの方を振り返る。

「急いで帰ろうか。お前の妹が大泣きしているだろうよ」

「あっ、そうだ、ノンノ……!」

「だからって松明もなしに歩くな!」

 妹であるノンノを心配してか、足早に村へ向かおうとするダニエルを足で止めると、今度はレオナールが呆れたような顔で彼と歩幅を合わせる。月明かりが照らしているとはいえ、一人で勝手に行く行為は推奨できない。

「私ががさつならお前は無鉄砲だな」

「意味はわからないけど馬鹿にしてる!?」

「よくわかったな、学んだじゃないか」

 お互いに憎まれ口を叩き合い、時にはダニエルがぽこぽことレオナールの腰を殴り。年の離れた姉と弟のようなやり取りをいくつか繰り返しながら帰路を辿っていると、村の入口が見えてきたあたりで大手を振っている人影が見えた。

「レオナールさん! ダニエルくん!」

 嬉しそうに声を上げているのはハルシフィアだった、そしてその後ろにいる女性の姿を見たときにダニエルの目は大きく見開かれた。例えレオナールの確信めいた言葉があったとしても、どうしてもすぐに自分の目で見ておきたかった。

 女性は──ダニエルの母親は泣きじゃくるノンノを抱えながら、空いている手を広げてダニエルを迎え入れる。全速力でダニエルは一ヶ月ぶりに目の前に立っている母親に向かって走り、そして抱きついた。

 その瞬間、ダニエルは大声を上げて泣き出してしまった。そんなダニエルの様子を見て、ノンノと母親も涙をこぼして久しぶりの家族の再会を喜んでいる。後からゆっくりと村へ入ったレオナールは、そんな光景を横目に見ながらハルシフィアに話しかけた。

「わ、レオナールさん! 血がついて……!」

「コカトリスのだ。それよりハルシフィア、これ治せるか?」

「え? ……嘘、このままで来たんですか!?」

 魔力封じの装具はすでに取り外されているらしい。石化した左手をハルシフィアに見せると、彼女は驚愕の表情を浮かべて慌てて両手を重ねる。瞬く間に温かな光がレオナールの左手を包み込み、その光が消えると左手は問題なく動くようになっていた。

「防護を貫通して石化されてしまってな」

「あぁ……よかった、ご無事で……」

 心の底から心配そうに呟いたハルシフィアに感謝しながら、レオナールはそのまま村長の元へ足を運ぶ。感動の再会を終えたダニエルは村長達にこってり絞られているようだった。レオナールが向かった直後に重い拳骨を食らわせられていた。

「いだい!!」

「この馬鹿もんが!! 今回は運が良かっただけじゃ、どれだけわしらが心配したと思っておる!!」

「あー……村長殿、今回はダニエルがいなければ逆に私が死んでいたかもしれないんだ」

 ダニエルの安否が心配だったからか、雷でも落とすように怒り狂う村長をどうにか宥めようとレオナールが口を挟む。追撃の拳骨を浴びせようとした村長の手は止まり、レオナールの方を向き直った。

「彼の機転でコカトリスの討伐に成功した。だからそこまで責めないでほしい」

「ううむ……冒険者殿がそう言うのであれば……」

「それから、コカトリス討伐のために鉱山を塞いでしまったんだが」

「……それに関しては、もう仕方があるまい……」

 鉱山の話を聞くと、さすがの村長でも考え込むような態度を取ったがやはり命には変えられないようだ。今はとにかくダニエルとレオナールが無事であったこと、そして病床に伏せていた村人達が皆目を覚ましたことを喜んでいた。

 一日しか経っていないというのに、あまりにも濃すぎる一日だった。どっと疲れが押し寄せてきたレオナールは、このまま眠ってしまいたい気持ちにもなったが血まみれの身体を放置するわけにもいかない。

「村長殿、申し訳ないが風呂を貸してくれないか」

「え、ああ! そうじゃな、宿の風呂を使ってもらおう」

 そう村長が言うと、村の女性に案内を促した。危機に陥っていた村の英雄とも言えるレオナールと追従するハルシフィアの待遇は来た頃と比べ物にならないくらい良くなり、案内を促された女性は笑顔でレオナール達を宿屋へと案内していった。

「わたしも行っていいんでしょうか……?」

「キミもあの遺跡まで逃げるために走り通しだったんだろう。権利くらいあるさ」

 軽い雑談をしながら案内をされ、見えた宿屋は質素ながらも趣のあるものだった。宿屋の女将から入浴に必要なものを受け取り、荷物を手渡しているとそういえばと案内をしてくれた女性にレオナールは声をかけた。

「すまないが、村に縫製ほうせいができる人はいるか?」

「それでしたら、私が一応」

 偶然にも案内をしてくれた女性が縫製を生業なりわいに生きている人のようで、タイミングが良かったと思いつつレオナールは自分とハルシフィアの服を頼めないかと告げる。

「私も彼女も顔を隠せる服がいい。金は惜しまない」

「わかりました。詳しいデザインについてはご入浴の後に伺っても?」

「ああ、ありがとう」

 一旦その女性を帰し、レオナールは脱衣所へ足を運ぶ。先に行っていたハルシフィアの感嘆の声が聞こえてくると、自分も早く血を洗い流すかと息をつきながら汚れた装備を取り外した。

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