第6話 VSコカトリス
坑道の途中に出てくる魔族は、いずれもレオナールが簡単に討伐できるような者達ばかりだった。とはいえ戦闘での討伐をほとんど任せっきりにしていたレオナールにとっては、この鉄の剣の重みが強く感じられた。
レオナールの得意としている戦闘スタイルは防護だ。魔法で作り上げた盾を用いて敵の攻撃を一心に引き受ける。今まではパーティを組むという名目上、敵にとどめを刺すことは攻撃が得意な冒険者に任せることができていた。
しかし今のレオナールにはそれができない。己の地位の全てを投げ捨て、世界再編の望みを抱くハルシフィアについていくと決めたから。そしてそのハルシフィアの全貌は明らかになってはいないが、今の彼女では何かを殺す覚悟などすぐには作れないだろう。レオナールは、今まで逸らしてきたものへの覚悟を抱かねばならなくなった。
「お姉ちゃん、大丈夫……?」
鉄の剣の冷たさを感じていると、見かねたダニエルが声をかけてくる。小さいながらに魔法に精通している彼は、このまま鍛錬して成長すれば火の魔法のエキスパートになれるだろうとレオナールは思っていた。幼さゆえの練度の低さはあるものの、基本をしっかり押さえている彼の魔法は敵に混乱を与えるには十分だった。
「ああ。お前もあまり魔法を撃ちすぎるなよ」
「撃てって言ったり撃つなって言ったり、よくわからないよ」
ただしレオナールから見ると、ダニエルはどうにも魔法を連発する癖があるようだった。魔法を使わなくていいところにも使い、魔力を消耗しているように見えるためそれを咎めるとダニエルはよく理解できていないらしい。
「私一人で処理できる場面と、そうでない場面がある。お前は私一人で処理できる場面でも魔法を使用しているからな」
「それはなんでだめなの?」
「魔力は有限だ。時間経過や薬を飲めば回復するとは言え、強い敵ならその暇を与えてくれない。それにお前はまだ幼いのだから、成人よりも放てる魔法の数が違うだろう」
レオナールの教えを、ダニエルは黙って聞いていた。いくらダニエルが火の魔法を扱うのが得意だと言っても、この世界の生き物に存在する魔力と言うのは無尽蔵ではない。
「味方に置かれた状況と敵の出方を見て、自分が果たして何をすべきか。それを考えられるようにならなければ、到底お前は父親との約束を果たせないだろうな」
「……」
ダニエルはレオナールの言葉を聞いて、考え込むように俯く。そんなダニエルの様子を見て、これ以上言葉を口にする気がなかったレオナールは淡々と前に進んでいた。奥へ進んでいくと、坑道は開け空洞のようになっていた。採掘の途中で放置されていたその場所には──目的であるコカトリスが鎮座していた。
物陰に隠れ、コカトリスの意識が向かないようにダニエルに静止を促す。一瞬の隙をついて討伐することができればそれに越したことはないが、恐らくそう簡単に事は進まないだろう。静かに息を吸い、レオナールがコカトリスに向かって一歩踏み出そうとした時に鎮座していたコカトリスの視線が二人をぎょろりと向いた。
「!」
その途端、レオナールがいた場所に雄叫びとともに吐息が吐き出される。瞬間的にその場から飛び退けば、その場所は一瞬にして石化してしまった。少しの判断が遅れても危険を伴う魔族の相手に、レオナールは冷や汗を浮かべていた。
レオナールは神経を集中させて、状態異常をある程度防ぐ膜を自身とダニエルの周囲に張る。全てを防ぎきることはできないが、それでも張らないよりはマシだ。剣の柄を握り直し、一直線にコカトリスに向かって特攻する。
「グギャァア!」
「ちっ……」
しかしまっすぐに向かっていけば、コカトリスの吐息が邪魔をしてくる。土の地面も石に変化し、採掘のために置いてあった道具も石に変えられる。迂闊に近寄って吐息を浴びてしまえば、回復の魔法を行えないレオナールには相当の痛手だった。
無理にでもハルシフィアについてきてもらうべきだっただろうか、そんな考えが頭をよぎるがそれでは恐らくクレテイユ村の人達の信頼を勝ち取ることはできないだろう。ハルシフィアが目指す世界を作るには、人間と魔族両方の理解がなければならない。
攻防を続けていると、埒があかないと判断されたのかコカトリスはレオナールから視線を外してダニエルの方を向き直る。目の前のコカトリスが何をしようとしているかわかってしまったレオナールは、慌てて息を潜めているダニエルの前に立ちはだかり防護の魔法を展開した。
「……!」
防護の魔法は膜ごと石と化し、魔法の展開のために突き出していた左手も動かなくなっている。固まってしまった左手を仕方ないと諦め、レオナールはダニエルを抱えて急いでその場から飛び退く。
飛び退いた次の瞬間、コカトリスは防護の魔法を打ち破るほどの息を吐き出して周囲を石へと変化させた。無尽蔵ではないはずの魔力が尽きる様子がないのを見て、レオナールは眉をしかめて対策を練るしかなかった。
──そんな中、レオナールに抱えられたダニエルは先ほどのレオナールの言葉を反芻していた。味方に置かれた状況と敵の出方を見て、果たして自分が何をすべきか。今の状況は、ダニエルの目から見てもコカトリスが優勢だった。レオナールはただ逃げ回ることしかできず、打開策を考えているに違いない、と。
「……そうだ!」
ダニエルはふと思いつき、そしてレオナールの腰にかけてあった荷物から村で調達したものをいくつか取り出す。
「おい、何を」
「俺がやるべきこと……やってみせる! お姉ちゃん、俺を下ろして盾を作って!」
ダニエルの目は、まっすぐとコカトリスに向かっていた。今のレオナールがすべきこと、そして今の自身がすべきことをダニエルはこの場で理解した。レオナールに下ろされると、彼女の荷物の中から取り出した──採掘に必需品とも言える、小型の爆弾をコカトリスに向かって放り投げる。
「お前はこれが嫌いなんだろ!?」
ダニエルはその放り投げた小型爆弾に当たるように照準を合わせ、最大量の魔力で作り上げた火球を投げた。爆弾と火球が衝突し──やがてコカトリスを中心に、大規模な爆発が巻き起こった。
「ギギャアァア!!」
身体の弱い父が亡くなったあと、女手一つで二人の子どもを育てる母親を哀れんでか村の大人達はみんなダニエル達家族に厚い情をかけてくれていた。遊びで採掘場に潜り込んでも文句の一つも言わず、それどころか道具の使い方まで教えてくれた。この小さな村で生きていくための術を、大人達に教えてもらった。
そう──この発破をかけるという行為のやり方も。
「お姉ちゃん、今だ!」
爆発に巻き込まれ、全身が焼けただれたコカトリスは苦しそうに声を上げているが一命は取り留めているようで。しかし痛みと熱さで奇妙な声を上げ続けているコカトリスは気付かなかった。爆発の際に起こった煙をかき分けるように、鉄の剣を大きく振り上げるレオナールの姿に。
「悪いな、死ね」
鉄の剣はコカトリスの脳天を割り、大きな血しぶきを上げた。誰がどう見ても絶命したのがわかると、コカトリスの身体はさらさらと砂になって煙に巻き込まれて、やがて消えていった。煙が晴れる頃には──とうにコカトリスの姿はどこにもなく、血しぶきを浴びたレオナールだけが立っていた。
コカトリスの姿が見えないことに安堵したのか、ダニエルはぷるぷると震えていた膝を折って地面に尻餅をついた。額から流れる汗は、極度の緊張か気温の急上昇のせいかダニエルにはわからなかった。
「や、やった……?」
声も上ずっていて、いつものような言葉が出てこない。ダニエルの言葉にレオナールが振り返り、そして彼を起こすために剣を鞘に収めて右手を差し出す。
「これで大丈夫だ」
「ほ……ほんと……? お母さん、元気になる……?」
力を持った冒険者であるレオナールの確信めいた言葉に、ダニエルはようやく緊張の糸が解けたのかぼろぼろと泣き出してしまった。拭っても拭っても、涙が止まることはなかった。そんなダニエルを見て何を思ったのか、レオナールは動く右手でぽんと彼の頭を撫でる。
「ありがとう、ダニエル。先ほどの非礼を詫びるよ、お前がいなければ私はコカトリスを倒せなかっただろう」
「う……うぅ……」
「父親との約束を果たせた今の出来事を、決して忘れるな。それは──お前自身の力なんだから」
父親との約束、母と妹を守る強い男になるという約束。それを今──ダニエルは、一つ果たすことができたのだ。そのことに喜びを感じ、感極まってしまって止まらない涙をどうにか止めようとしていたが──。
直後、地鳴りのような揺れを感じてダニエルは周囲を見回す。天井からぱらぱらと砂のようなものがこぼれ落ち、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。慌てふためいていると、はぁ、とレオナールの口からため息が漏れている。
「だがな、ダニエル。やはりお前は子どもだ」
「……お、俺、もしかしてまずいことしちゃった?」
「お前、村人の話を聞いていたか? この鉱山は地盤が緩んでいるんだろう。……それであんな大規模な爆発を起こしたら、どうなると思う?」
レオナールのこの言葉を聞き終わり、ダニエルは顔面蒼白になりながら自身の行いが過剰すぎたことを悟った。結果的にコカトリスを倒す一手になったダニエルの発破は──今現在、ダニエルとレオナールを土に埋めかねない大惨事となる可能性があるということだ。
謝罪を述べようと口を開いたダニエルだったが、突如感じた浮遊感にその言葉は飲み込まれてしまった。気づけばダニエルはレオナールの肩に担がれる形になっており、混乱しているとダニエルが見ている方向からどんどんと天井が崩れ始めている。
「さあ走るぞ。鉱山を潰したことに関しては弁明するから、まずは生き残れるように祈っておけ」
「う、うわ、うわわわわ、ご、ごめんなさいいい!!」
ダニエルの謝罪を皮切りに、レオナールは脚力強化の魔法をかけて走り抜ける。母親と村の危機を救った一手を放った英雄の叫びは、崩れ落ちる鉱山の中に飲み込まれていった。
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