第4話 クレテイユ村

 軽快に木々をすり抜け、風を切るように移動する。レオナールの目指すところとしては、とにかくハルシフィアが目立つことなく自由に行動できるような服を手に入れたい。幸いにもハルシフィアは他の魔族とは異なり、姿形は人間に近い。頭の角と瞳さえ隠せれば、あとは人間にうまく擬態できるだろう。

 しかしレオナールにはもう一つ懸念すべきことがある。それは自分自身に課せられたもの。今は恐らく平気だが、いつまで経っても依頼完了の報告に来ないレオナールをギルドは訝しむ。それが何日後になるかは定かではないが──魔族と行動を共にしているとわかれば、指名手配が国中に出されるはずだ。そうなれば、レオナール自身も顔を隠しての行動が余儀なくされる。今までよりももっと動きにくくなることを考えれば、入念な準備が必要だった。

 ある程度昼食をしたところから離れ、次第に森の終わりになっているのか視界が開けてくる。ヴァプールとは真逆の方向へ向かったが、レオナールは正確な地理を覚えていたわけではない。開けた先は平原が広がっており、街に繋がるであろう道が続いていた。

「まだ少し歩くか……」

「レ、レオナールさん。あとは……歩きます。魔力、温存しておいた方が……」

「ああ、そうする」

 レオナールは抱えていたハルシフィアを下ろし、辺りを見回す。平原が続く以外は特にこれといって特徴のない場所だ。道沿いにある立て看板に目を向けると、そこには王都ヴァプールへの道しるべとクレテイユという村の名前が記されていた。

「クレテイユ……何が盛んの村だったか……」

「……! レオナールさん!」

 ハルシフィアの声に、レオナールは何事かと彼女の視線の先を見る。そこにいたのは、必死に逃げ惑う子ども達とそれを追いかける大樹に足が生えている魔族がいた。

「いけない、デストレント……!」

 大樹の魔族──デストレントはタンプの森から出てきているようで、奇妙な声を上げて二人の子どもに襲いかかっている。魔法の心得があるらしい少年が必死に火球を作ってはデストレントに投げるが、熱がる様子も一切なく振り払われてしまった。

「きゃあっ!」

「ノンノ!」

 後ろを走っていた、小さな少女が勢い余って転倒してしまった。先ほど火球を投げていた少年がそれに気づき、驚愕の表情で少女の元へ駆け寄る。その間にもデストレントは少年達に近寄ってくる。少年は少女を守るように目の前に立ちはだかり、そして次に来る痛みに耐えるべく目を瞑っていた。

「ハルシフィア、預ける!」

 乱雑に荷物を手渡すと、先ほどと同じように足に脚力強化の魔法をかけて走り抜ける。デストレントが大手を振り上げ、子ども達を殺さんばかりの攻撃を図るその直前になんとか入り込むことができ、レオナールは神経を集中させて自身とデストレントの間に薄い膜のような壁を作った。

「ギギィ!?」

 自身の攻撃を防がれると思っていなかったデストレントの一体は、目の前にできた膜に驚きながらたじろいている。子ども達もまた同じで、突如として目の前に現れたレオナールに驚き、そのまま立ち尽くすだけだった。

「何をしている! 早く逃げろ!」

 レオナールの怒号が飛ぶと、ようやく子ども達は弾けるようにデストレントから距離を取る。ハルシフィアがその子ども達を庇うように立ちはだかると、レオナールに聞こえるように大声を張り上げた。

「レオナールさん! デストレントの弱点は雷です!」

「雷……」

 レオナールは膜の防御を張りながら、手に神経を集中させるとその両手を地面に叩きつける。レオナールの逆立つ髪と周辺の音に、何かを察したハルシフィアは咄嗟に子ども達の耳を塞いだ。

「ギギャァアッ!?」

 一瞬のうちに、轟音とともに地面を突き破って雷の槍がデストレントを牽制するように飛び出してくる。身の危険を察したのか、デストレントはそれ以上踏み込んでくることはなく慌ただしくタンプの森へと帰っていった。

 膜の防御が割れる音と同時に、脂汗をにじませて苦しげな表情を浮かべたレオナールはそのまま動けずにいた。ハルシフィアが慌てて駆け寄るが、大丈夫と一言だけ告げると険しい表情のまま子ども達に向き直った。

「どういうつもりだ?」

「え……」

「この時世に、子ども二人でタンプの森から出てくるなんてどういうつもりだと言っている。親は何をしている、お前達がしたことがどれだけ危険なことかわかっているのか!」

 レオナールの目には怒りが潜んでおり、少年は泣きそうな顔をしていて少女はしくしくと泣いていた。おろおろとレオナールの怒りを目にしていたハルシフィアは、泣いている少女の頭を優しく撫でて慰めている。

「お、俺達……お母さんが、苦しそうで……」

「ひっく……ひっく、ママ、元気ないから……ノンノとダニエルおにいちゃんで、ママを、元気にしたくて……村長は、呪いだって、助けられないからって……!」

「呪い……?」

 自らをノンノと名乗った少女の言葉に、ハルシフィアはどこか不可解な印象を抱いた。レオナールの怒りが未だに収まらない中、ハルシフィアはしゃがんでノンノと視線を合わせて微笑む。

「お母さんの呪いは……いつから?」

「……い、一か月前……」

「……ノンノちゃん、ダニエルくん。えっと、わたし達に、お母さんに会わせてほしいの。ダメかな?」

 優しく問うハルシフィアに、ノンノとダニエルはお互いを見合わせてやがて静かに首を縦に振った。彼女の行動の理由を聞こうとレオナールが口を開く前に、ハルシフィア自身がレオナールの望む答えを出した。

「レオナールさん。見てみないとわからないですけど……恐らく、この子達の母親の呪いは魔族のせいかもしれません」

「根拠は?」

「……魔力の繋がり、というんでしょうか。この子達に……糸のように巻き付いているものが見えるんです。それは多分……この子達の母親の呪いの残滓だと思います」

 真剣な表情で言うハルシフィアに、嘘はないだろうと確信したレオナールは彼女の提案を了承した。いずれにせよ村へは向かう予定だったから、そこに火急の予定が入り込んだだけだ。魔力も少しずつ戻ってきたところで、レオナールは立ち上がって土を払っている。

「わかった、すぐに……」

「あ、あれ? ノンノちゃん、ダニエルくん。レオナールさんは怖くないよ?」

 ノンノとダニエルは、レオナールが立ち上がった途端にハルシフィアの後ろに隠れて彼女を壁にしていた。先ほどの怒号が恐ろしかったのか、ハルシフィアの言葉を聞いても彼女の服をぎゅっと掴むだけで離れようとしない。そんな子ども達の様子に少し困ったような顔をしたレオナールだったが、言ったことが正論とは言え子どもにはきつすぎたという自覚がある分どうにもすることができなかった。

「……子守は任せる」

「え、えぇ!? ちょ、ちょっと待ってください!」

先導して歩いていくレオナールに、ハルシフィアは子ども二人に掴まれたままの状態だった。視線を送っている子ども達をなんとか落ち着かせ、ハルシフィアは両手を子ども達と繋ぎ前を歩くレオナールにぱたぱたとついていった。



 クレテイユ村──その入口に着くと、レオナールは訝しげな表情を浮かべて村を見回す。日が落ちるにはまだ早いが、家の軒数にしては外を歩く住人の数が少なすぎるのだ。いたとしても、疲れきった表情をしている住人が多すぎる。そんなレオナールの考えは露知らず、彼女達の来訪に気づいた杖をついた老人と数人の男がはっと目を見開いて武器を構えて声を上げた。

「ノンノ、ダニエル! 今すぐその女から離れろ!」

「魔族め……とうとう子どもまで人質にする気か! どこまで腐ってやがる!!」

 明らかな嫌悪感と殺意に、ハルシフィアは言葉を発するわけにもいかず口を閉じる。レオナールは毅然きぜんたる態度で警戒を解かない男達に声をかけた。

「この少年達から経緯いきさつは聞いている。母親に会わせてもらおう」

「なんだと……? お前は人間のくせに魔族の味方をするのか!」

「我々がここへ来たのは問題解決のためだ。あなた達と押し問答をするためじゃない」

 冷静にそう言い放つレオナールだが、それでも男達は一向に子ども達を離せという要求しか通さない。当然といえば当然の対応だが、ノンノとダニエルが不安そうに震えている様子を見てハルシフィアは男達に提案を持ちかけた。

「あ、あの。この村には、魔力封じの装具はありますか?」

「何……?」

「私が魔族であるから、この村の人達を殺すかもしれない可能性を危惧するのは当たり前です。だから、それができないように私に魔力封じの装具をつけて見張りの方をつけてください!」

 ハルシフィアの提案にレオナールは思わず彼女の方を向き直るが、彼女は大丈夫ですとそのまま続ける。

「ノンノちゃんとダニエルくんから聞いてます。もし魔族の呪いがこの子達の母親を苦しめているなら、魔族のことを詳しくわかるのは魔族です! どうか、この子達の母親に会わせてください」

 そう言って深々と頭を下げるハルシフィアに何を思ったのか、老人は一人の男に指示すると杖をつきながら一歩ずつレオナール達の元へ歩み寄ってくる。護衛のように後ろに構える男達の武器は下がらないままだった。

「なぜこの子達の母親を助けたいんだね、その答えによってはわしらはあんた達を村に入れることはできない」

「……? だって、この子達が泣いていますから……」

 きょとんと老人の質問に答えるハルシフィアは、その答えに意外なものを感じた老人の顔を見やり答えを間違えたかとおろおろしながら追加の言葉を口にする。

「え、だ、だってお母さんですよ? もしもお母さんが亡くなってしまわれたりしたら、この子達は心の傷をずっと背負うことになるじゃないですか。わたし達がもしそれを解決できるかもしれなかったら、助けるに決まってますよね?」

「……いや、あんた魔族だよな?」

「は……はい……そうですけど……」

 不思議そうな表情を浮かべている男達に、ハルシフィアも困惑している。レオナールにはその理由は理解できたが。彼らはレオナールよりも淡白な性格ではない、情に厚い人間たちなのだろう。村の住人とは言え他人の苦痛を心苦しく思える程には、村に害を為す魔族というものを忌避しているのだろう。だからこそ、同じ魔族であるハルシフィアの人間味のある返答に戸惑いを示しただけのことだ。

「……ふむ、ついてきなさい。魔族のお嬢さんは申し訳ないが、あんたの提案通りにさせてもらう。少し我慢してくれ」

 老人はハルシフィアの答えを聞き、彼女達に村へ入ることの許可を出した。制約こそあれど、完全な拒絶には至らなかったためハルシフィアはそっと胸をなで下ろし、レオナールは相変わらず変化しない表情のまま招かれるままに子ども達の住む家へと向かっていった。

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