第36話 桜木命

「さぁ答えろ、私の正体を当ててみろ! 答えられなければどちらか伴侶になってもらうからな! 大国主命はそこで黙って見ているんだな!」


 桜木命はスッと指を二人の方へと向けた。転んでもただでは起きないぞと言いたげな、イタチの最後っ屁とでも言おうか、諦め悪く足掻く足掻く。大国主命が来たことで助かる見込みありと少し安心していたところだっただけに、海人は元の木阿弥に戻ったこの状況にやはり先輩、もとい大国主命が助けに入ったところで、この難題から逃げることは出来ない様子だった。

 二人が迷うその横に、堀の深い顔をした大国主命が立つ。身長は海人が見上げるほど大きい。古代の着物にヒスイの勾玉を付けているあたりが、とても古代の神様然としていて、非常にらしかった。


誓約うけいの他の条件はなんだ?」

「他の人間には頼らないことです」

「ほんなら、俺がヒントを出してやるわ。三輪ちゃん、お前はあいつの本体をすでに


 海人は言われて、ぽかんとした。既に見たことがあると言われても、それらしいものは全く思い出せなかった。

 

「おい! 大国主命! 余計なこと言うな!」

「うるせぇ、僕はじゃないからお前の誓約の条件には当てはまらねぇンだよ! ちったぁ頭使えこのアホ!」


 大国主命は桜木命の視線から海人と小春を隠すように立ちふさがる。どうもこの男神があの芦原いずもだということが、頭では理解できるものの咄嗟に同一人物であるという認識ができない。

 視界からニヤついた桜木命の顔が消えると、海人は色々なものを思い出すように目を閉じた。


「小野ちゃんは実物は見ていないが、間接的には必ず見ている。三輪ちゃんは見ている、多分見ている。竜二も見ているはずやけど」

「俺が見ていて、小野さんは間接的にしか見ていない物……?」

「私は直接見ていない……」


 2人は顔を見合わせ、首をひねる。ゆっくりでいい、と大国主命はつぶやく。


「誓約は受けた本人がやらねばならん。僕が出来るのは手助けだけだ」


 肩に重たい手がのしかかった。大国主命の手は意外に温かく、ここがVR空間の延長線上にあることをついぞ忘れそうになる。


――戻るんだ。竜二も連れて、現実あっちに戻るんだ。


 ちらりと後ろで倒れた竜二を見やる。頭を打ったわりには竜二は幸せそうに寝息を立てていた。

 かーかーと寝るその姿に、ふと先日の新幹線の中の光景が蘇る。


「あ……そういえば、竜二は寝てた」

「え?」

「竜二は寝てて見てない。俺しか見てないんだ。小野さん、用務員さんからもらった学校の見取り図と地図重ねたファイル出せる?!」


 言うやいなや展開させた地図。

 海人はそれどんどん拡大させていく。多摩川を軽く超え、東急田園都市線の鷺沼駅を越え、さらにその向こうのこどもの国も遥かに超えていく。学校が仮想空間に位置する自由が丘から西南西、伸ばしていったその延長線上にあったのは。


「富士山……!」


 小春は息を飲んだ。

 

「その頂上にあるのは?」

「まって、山頂拡大する!」


 富士山頂にあるもの、それはお鉢めぐりと呼ばれる一周のコースだ。その中にはいくつかの名所があるが、西南西に伸ばした線が貫いたのはある神社。


「浅間大社奥宮って書いてある」

「祀られているのは、木花咲耶姫このはなさくやひめだ」

「ってことは、桜木命のお母さんは……」

「木花咲耶姫。父親は瓊瓊杵尊ににぎのみことだね」


 にわかで読んだ日本神話の子供向けの本の内容にすら書いてある。天照大神の孫にあたる瓊瓊杵尊は、醜い姉の石長比売いわながひめと美しい妹の木花咲耶姫の二人同時に娶らなかったために、長い寿命を得られなかったという話。そして一夜にして身ごもった妻の木花咲耶姫に対して、浮気の疑いをかけたという優柔不断な瓊瓊杵尊の話。

 子供向けの日本神話の本にサッと目を通した際、海人はただ単に「ニニギってひどいやつだなぁ」という感覚しか持たなかった。ただそれだけのイメージの神としてしか見ていなかった。

 しかし今条件を当てはめてみるとあまりにもつじつまが合ってくる。


「アマノサクラギノミコト、あんたは母親である木花咲耶姫のことはよく言うけれど、でも父親のことは嫌いだという。単なるマザコンかと思ったけど、マザコンだからこそ、母親を疑った父親が嫌いだったんだな?」

「ずっと富士山を見てるのもお母さんが祀られていた場所だから。たしかに木花咲耶姫の本体は富士山であって桜の木そのものではないよね……神木は花であるが、花そのものが母上の本体ではない、というのにも合致する」


 桜木命は、海人と小春の推理をただ静かに聞いていた。聞きながら青筋を立てていた。今までも十分に怒りの表情をしていたが、ここへ来て怒りが研ぎ澄まされていく。

 それがたまらなく恐ろしく見えたが、それでも海人は口を止めるわけにはいかなかった。

 恐らく海人の推理は当たっている。恐らく。


「私の母親を当てる約束ではないぞ」

「分かってる。そのうえで、小野さんは間接的にしか見てないけど、俺は直接見ているもの。最近生まれたばかりて言う条件だろ」


 再び桜木命の足元にじわじわと溶岩が湧き始めた。大国主命はその熱から二人を庇うように立ちふさがる。だが、海人は彼を押しのけてさらに前に出る。


――それすらヒントだったんだ。


 間違いない、桜木命は木花咲耶姫のすぐそばにいる。


「アンタの正体は、この間富士山が噴火して出来た山だろ?」


 令和新山。

 つい先日、ようやく名前が付いたばかりの、まだ形の判然としない山。それは富士山の北の裾野に顔を出したばかりの生まれたばかりの山だった。

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