第34話 タイムリミット

 そうはいっても、突然何かひらめいたりするわけもない。古びたビジネスホテルのネットワークは貧弱で、VRサロンにダイブできるような強度はなかった。

 仕方がないので2人は飛んでいる無料のWi-Fiでスマートフォン端末からあれこれ調べものを始める。もちろん別ウィンドウで小春と3人のトークルームは立ち上げておき、小春の方でも調べものの中で気になることをペタペタと貼り付けてきた。


小春『多摩川の水神の方の説は?』

海人『水神って要は竜とか蛇?』

竜二『水神って男神のイメージが強いなぁ』

小春『違うかぁ』


 ただ、夜半にもなると次の朝早くに、同じく新幹線に乗って帰らなければならない2人はベッドに倒れ込んだ。素泊まりプランだったので晩ごはんは近くのコンビニで買ってきたお弁当だけ。育ちざかりの高校生男子にはやや物足りない量だった。

 お腹がいまいち満たされないことと、考えごとが全くまとまらないせいで、海人はしばらくベッドの中で寝返りを繰り返す。そのうちに夢うつつ、桜木命の嫌な顔が出てくる夢だか現実だか分からない夢を経て、気が付くと朝7時だった。

 朝ごはんを同じようにコンビニで買って、8時前の新幹線に滑り込む。同じようにチケットは自由席。2号車へ行くと、運よく2列シートの2席共が空いている場所があった。


「俺窓際!」

「とりあえず朝飯にしよう……」

「おうおう、だな!」


 竜二は海人を押しのけて窓際の席に入り込み、ちゃっかりテーブルを出して買い込んだおにぎりを出す。押しのけられた海人は渋々廊下側の席に座って、朝ごはんのサンドウィッチを出した。


「そんなんで足りるのか?」

「元々、朝パン派だったんだよね」

「へぇ~俺パンだと何か物足りねぇや」


 2人はもくもくと食べ、食べ終わると不意に睡魔に襲われた。昨晩桜木命の夢にうなされたこともありうとうととするが、頬杖をついたものの何度もかくんかくんと何度も落ちては目が覚める。

 窓際に座った竜二は窓枠に頭を預けて小田原を過ぎる前にすでに寝こけていた。


「調子のいい奴だなぁ」


 窓際に座ったのは、行きにほとんど見えなかった外の景色を見たいからかと思っていたが、そうでもないのかどうなのか。海人は一人、座ったまま背筋を伸ばして頭を振り、睡魔を払う。窓の外には黒い雲を背負った富士山が見えた。

 

「ほら、でっけぇのが見えてるぞ」


 軽く竜二の肩を叩いてみたが、全く反応は無かった。

 首を右に思いっきり曲げた状態で目が覚めた時には、危うくどこか別のところへ来てしまったかと思って慌てた。すでに新神戸を過ぎていて、両わきを緩やかな山に挟まれたところを新幹線は進んでいた。

 竜二はすでに起きていて、スマートフォンを使って必死に調べものをしている。


「起きたか」

「首痛てぇ……」

「あと40分ぐらいで福山着くぞ」

「もうそんなところまで来たのか。よく寝た」


 遅れも何もなく新幹線は福山駅に滑り込み、降りそびれないようにと二人は扉の前に並んだ。もうそこからは、ほとんど勝手知ったる地元に近い。

 昨日はあれほど緊張していた竜二も、迷わず自分たちの住む島への帰路を進んでいく。改めて海人は自分の家が、じいちゃんとばあちゃんと住むあの島なのだという感覚を確かめる。


――東京じゃなくてもネットさえあればどことでも繋がるんだよなぁ。


 福山から笠岡駅までくると、もはや見知った地元という感じだった。時刻は11時半を回ったところで、島へ渡るフェリーの次の便は14時。城跡公園の近くにあるラーメン屋に入って、2人して一番安い笠岡ラーメンの並を注文する。

 食べ終わってもまだ時間を持て余し、ふらふらと公園内を散策して時間をつぶした。その間も話題はやはり桜木命だった。


「あいつが見ている方向に何があるのかって言うのが問題なんだ」

「多摩川だと思うんだけどなぁ……」

「それが何なのかさえ分かればなぁ」


 リミットまであと3日。それは期末テストが返ってくるという意味でもあったが、今はもう点数のことなど頭にない。とにかく小春が幽世あちらに行かなくて済むように、ただそれだけのために必死で桜木命の言動を思い出す。

 フェリーに揺られて島に着くや否や、東京バナナを待っていたばあちゃんたちに怒られてもそれは変わらなかった。互いに家の前で分かれて帰宅してじいちゃんとばあちゃんに無事を報告してもなお、海人の頭の中を占めているのは小春の言葉と桜木命の笑い声。


――思い出せ、何でもいいから思い出せよ……。


 ただ何も思い出せず、用務員さんともう一度会って小春の状態を伝えて、どうにかしたいと窮状を訴えても、それは変わらなかった。きっかけになりそうな些細なことも思い出せず、ただただリミットだけが近づいてくる。


「くっそ、何か無いのか」

「落ち着けって。最初っから全部もう一度整理するぞ」


 竜二はここへ来て手書きのノートに書きだすまでに至っていた。


①桜木命は生まれたての八百万の神・アメノサクラギノミコト

②桜木命の母親よりも父親の方が天照に近い(父親が天津神?)

③桜木命の母親の神木は花だが、それ自体を司る女神ではない

④桜木命は父親が嫌い

⑤桜木命の本体は日本中探しても1個しかないもの

⑥学校の位置から西南西の方向に大事な人(母親?)に関する何かがある


 手がかりは以上。6つのヒントをためめつすがめつしたが、それ以上に何を思い出せるわけでもなく、また何か思いつくことも無かった。

 無情に時間が流れ、何の成果も無いまま12月19日(金)。二学期の期末試験の返却日が訪れてしまった。

 小春と海人はテストを返されながら、担任の名越先生から「どうした?体調わるかったのか?」と心配されてしまう始末。隣のクラスの様子は分からなかったが、それでも竜二のテスト結果が芳しくないのは、すでに予想の範囲内だった。全てのテストが返却され、後は明日始業式という段になって、ようやく勿体付けたように桜木命が声を掛ける。


「さて、答えを聞こうかな?」


 答えなど出ていない。それでも助けたいと思った以上、海人は小春を庇う。


「屋上行こうぜ」

「よかろう」


 テストを仕舞い込み、竜二と合流して4人はあの満天の夜に包まれた静かな屋上に再び集まった。

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