第32話 友達のリアル
中学時代、海人は別にいじめられていたわけではない。馬が合わないという方が正確だった。
「なんかこう、俺がやろうっていっても、周りは白けてんだよな」
「海人がやろうって言うの、めずらしくね?」
「俺が声かけるとみんな嫌がるから、高校では大人しくしてよって思っただけ」
「あーそういう。高校デビュー的な?」
「それは意味が違うけど」
んで?と首を傾げつつ、それでもおにぎりを食べる手を休めることなく竜二は先を促す。外の景色は飛ぶように東京に近づいていく。降りるのは神奈川県だったが。
「うーん、なんつーのかな。俺、なんか特別なことって普通は嫌がると思ってたんだよね」
「出る杭は飛び出る的な」
「出る杭は打たれるな」
「それ」
真面目に取り組むと友達は失笑する、かといってその友達に合わせて手を抜くのも海人にとっては苦痛だった。何となく居心地が悪い。それが現実のせいなのか、そういうお国柄なのか、あるいはただその時たまたま集まっていたメンバーのせいなのかは判然としなかったが、とにかく海人にとっては
「ああ、だから
「それもちょっとある。でもそういう出張るのやめるんなら、俺のこと知ってる人がいない学校に行きたいなってのもあってさ」
「
「普通にしようって思ってたんだけど、なんか最近全然普通じゃなくって」
最後のおにぎりを食べながら、海人も前の席に座っているおじさんの頭を見た。このまま何事も無く大人になったらあんな風になるんだろうか、と思いつつ。
しかし今のままだと普通にはなれない。普通とは一体なんだったのか、分からなくなって普通のおじさんの後頭部をしげしげと眺める。
「なんか、こんなことしてていいのかなぁって、時々分かんなくなるんだ」
「はぁ。哲学か?」
「こんな話したの竜二だけだからな。内緒だぞ」
いいよーとのんきな返事をしながら竜二はバッグのさらに奥からコアラのマーチを取り出す。
「食えよ、元気出さねぇと。小野さんに会いに行く顔じゃない」
「サンキュ」
1個もらって模様を見ると、おんぶコアラが付いていた。
12時半を過ぎたころ、新横浜に着いた。新幹線から降りると竜二は絶句していた。
「お祭り……?」
「定番のネタなのかもしれないけど、これ普通だから」
「海人はずっとこんなところで中学まで暮らしてたのか?」
やけに低い天井の低い横浜線乗換口の改札を通る。日曜日の新横浜は、遊びに出てきた人が確かに多い。
「まぁ、うん。ちょっと場所は違うけどこんなもんだった」
なんとなく雰囲気を思い出しながら歩いていく海人に対して、竜二は完全に借りてきた猫のようになって静々と海人の後ろを付いていく。手元のスマホで行先を確認するのも海人、竜二は足早にどこかへと向かう周囲の人々に、一々びくびくしながら挙動不審に辺りを見回していた。
「5番線。快速桜木町行き」
「お、おう……」
「鈍行の方が良い?」
「いや、快速でいいよ。任せる」
黄緑色のラインが入った電車に乗ると、座る場所はもちろんなく、2人はドアの横に並んで立つ。日曜日昼間の電車は親子連れが多く、車内は賑やかだった。
たった一駅乗り、菊名駅で降りる。初めて降り立った首都圏に、竜二は目を丸くした。
「東京すげぇ……」
「ここ、横浜だけどな」
「ほぼ東京だろ?」
「横浜の人は首都は横浜だと思ってるぐらいだし、別にいいと思うけどな」
地図アプリを開いて、JRの菊名駅から東急東横線の菊名駅まで歩く。狭い商店街の間の道を北へ向かっていく。途中で『横浜銀行』の文字を見た竜二は「横浜……」と感慨深げにしていた。
少し迷いながら東急東横線の菊名駅に着くと、スマホにチャージした金額を使って今日何度目かの改札をくぐる。次に乗るのは車体に赤いラインが引かれた電車。これで渋谷方面行に乗れば、目的の病院の最寄駅までたどり着く。
ここまで来てようやく海人は緊張らしい緊張を覚えていた。
「小野さんに連絡しておこっか」
いつも3人で使っていたトークルームには、今朝フェリーに乗った時と福山で新幹線に乗った時に連絡をしていた。既読は付いているものの返事はない。
『もうそろそろ元住吉駅着くよ』と送信してポケットに戻し、電車の外を流れる風景に目をやる。1年ぐらい前は毎日似たような風景を見ていたはずなのに、今見るとなんだか不思議な感覚がして海人は目を細める。無性に島の、じいちゃんとばあちゃんたちがいる、猫が多い風景が懐かしくなっていた。
「体調悪いのかな」
「どうなんだろうな」
なんやかんやと話をしているうちに4駅、目的の元住吉駅にあっという間についた。と、同時に海人と竜二のスマホが鳴る。2人は慌ててポケットから端末を出してトークルームを開いた。
『ごめん、面会時間15時からなの』
え、と固まってから、病院のホームページを確認すると、確かに面会15時からと書いてある。
「あっちゃー。やっちまったな」
「この辺で時間潰してからいくか」
駅を降りたところには商店街があり、時間を潰すには十分すぎるほど色々ある。竜二の財布を気にしてマクドナルドに入り、2人してコーヒーを頼んでそれから約2時間弱延々と無駄話をしていた。
どちらからともなく「行こうか」と席を立ち、寒空の下を歩いていく。関東の12月は乾いていて風も冷たい。マフラーに顔をうずめて歩く先に見えたのは背の高い病院だった。しばらく立ち止まって白い建物を見る。その背を竜二に押されて一歩前に出る。
「見てたってしゃーねー。小野さんが待ってる」
面会の手続きをして最上階へ行く。廊下を行き交う他の面会者も、また忙しそうに動き回る看護師たちも、大荷物を抱えた高校生男子二人組には目もくれない。それが逆によかった。
1106号室、プレートを確認する。しっかりとそこには小野小春の名前がある。扉を目の前にして、海人は腹の底から這い上がってくる得体のしれない緊張で足が震えた。
「海人」
「あ、ああ……」
肩を叩かれて、拳を握り直す。コンコンコンと3つ叩くと、中から知らない大人の女性の声がした。
引き戸を開ける。そこにはアバターの小春に良く似た、しかし違う、母親がいた。
「はじめまして、三輪海人です」
「日下部竜二です」
「はじめまして、遠いところからわざわざありがとう。小春の母です」
快活そうな雰囲気がとても良く似ている。ぺこりと頭を下げると、その向こう側、ベッドに誰かが横たわっているのが見えた。
「小春、三輪君と日下部君が来てくれたわよ」
手招きされておずおずとベッドに近づく。
そこには眼球だけでこちらを見るだけの小春が、体を拘束された状態で寝ていた。彼女は精一杯、痙攣する口角を上げていびつな笑い顔を作っていた。
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