第31話 未知への出発

 VRサロンで話をしてから2日後、12月10日(火)。期末テストが始まった。

 と言っても、勉強に身が入らなかった海人は、散々な結果になるのが見えて途中で問題を解くのすら嫌になっていた。

 それよりも何よりも、小春から渡された住所が気になって頭から離れない。


――神奈川県の、川崎市にある大きい病院の住所だった。


 いきなりログアウトしてしまった小春は、その後も3人の会話ログに全く出て来なくなった。既読は付くものの、反応はない。月曜日は会えるかと思ったら休みだった。

 VRサロンから現実リアルに戻ってきて夜、珍しく音声通話で竜二と相談をした。どうにかして会いに行ってみようという結論に、2人とも簡単に同意した。会いに行く日のは試験が終わったすぐ後の日曜日、12月15日。

 日曜日の方がビジネスホテルが安いだろうということで、日曜日に岡山にあるこの小さな島を出て半日以上かけて神奈川へ行き小春に会い、ホテルに一泊して次の日帰ってくる計画だった。

 海人はすでにじいちゃんとばあちゃんに、病気の友達のお見舞いに行きたいと許可を取り付けてある。竜二はどうにか頑張って親父さんにお願いしている最中のようだ。


――いざとなったら俺一人で行くか。


 と、思ったがやはり竜二がいてほしい、竜二と二人の方が心強いなぁと英語のテストを上の空で終わらせた。

 次の日、東京行きを勝ち取った竜二が、朝登校時に飛びついてきた。どうやら親父さんに『今にも死にそうな友達が東京で待ってるから会わせてほしい』と泣き落としをしたらしい。ただし往復の交通費は自分で出すという約束になったと、通帳アプリとにらめっこをしていた。


「飛行機は直前で高いから新幹線しか手はないな」

「えぇ、せめてリニアで行こうぜ? たった500円しか違わないんだから」

「すまんが俺の懐はその往復1000円ですら厳しい状況にある」

「まじか。ホテル代とかどうすんだ」

「二人でラブホとかじゃだめ?」

「男二人は無理だろ。勘違いされたくない、普通のビジネスホテル取るからな。カスセルホテルはダメってばあちゃんに言われたし」

「値段によっては出世払いにさせてくれっ」

「しゃーねぇなぁ、頑張って安いところ探すぞ」


 休み時間にそんな会話をしていたが、小春は全く近づいてこなかった。

 彼女はひたすら待っていた。海人は近寄りがたい雰囲気に、本当に現実リアルで会った時に話が出来るのか、どうして病院なのか、なんで会って話したいのか、何を言われるのか……色々な思いが混ざって出てこない言葉にいらだちを覚える。


 ――会えば分かる。あと4日後だ。


 もやもやとした気持ちを抱えたまま、上の空ですべての試験日程を終えた。次ぐ土曜日、竜二と荷造りをして船の時間、新幹線の時間を確認する。

 12月15日(日)、朝6時半。竜二の親父さんの車に乗せてもらい、島の北にある唯一の港へ向かった。車の中で親父さんは「この阿呆が東京で迷子にならないようにくれぐれも目を離さないでくれ」と幾重にもいう。まるで竜二が幼稚園か小学生の子供のような扱いで、海人は思わず苦笑した。

 7時5分、白い船体にエメラルドグリーンのカラーリングをされたフェリーに2人は無事に乗る。同乗するのは地元のおばあちゃんたちが多い。日曜日に街の方へと買い出しに行く組だ。


「大荷物もってどこいくの?」

「東京まで。友達のお見舞いにちょっとね」

「あらま、東京かい! えらい遠いところまで行くもんだ。お土産はバナナでええからねぇ」

「遊びに行くわけじゃないよ」

「こぉんな箱でよぉ、12個入りのがあるはずだから」


 友達のお見舞いだと何度言っても、島のおばあちゃん連中は未だ続く東京バナナを諦める様子はなかった。


「海人、出世払いでいい……?」

「しょうがない、東京って言っちゃった俺がまずった……」


 フェリーに揺られ、潮風に吹かれること50分。岡山は笠岡の伏越港ふしごえこうに着いた。おおよそここまでは問題が起こるはずがない。フェリーを使って岡山へ行くのはよくあることだったし、竜二にとっても慣れたものだった。迷子になろうはずもない。

 問題はここからだった。船を降りたら城跡公園を抜けて笠岡の駅へ出る。ばあちゃん連中とはここで分かれた。


「何番線?」

「福山行き、えっと、2番線か3番線」


 8時40分過ぎにきた電車に乗り、まずは西進する。


「なぁ海人。俺やっぱり、東に行くのに西向きの電車乗るの性に合わんわー」

「性に合う合わないじゃなくって、新倉敷より福山行った方が早いんだよ。Googleにもそう言われただろ?」

「そうなんだけど、なんか納得できない」


 まだお互いに軽口をたたくことが出来るのは、見知った場所だから。2人とも余裕がある。15分ほど山陽本線に揺られて福山に着くころには、竜二の方はめっきり口数が少なくなっていた。

 ここから彼は人生数度目の新幹線に乗る。海人はもちろん何度も乗って家族旅行をした経験があったが、竜二にとっては大阪までが限界。しかもそれは小学校5年生の頃のことで、もちろん親がいて迷子になる心配などこれっぽっちもしていなかった頃の話だ。


「竜二、大丈夫か」

「それなりに緊張する」

「順番にトイレ行って来よう、俺先に荷物見てるから竜二先に行って来いよ」


 おおよそ9時を回ったところ。チケットに関しては、すでに自由席をとってあり、スマートフォンをかざせば改札を通ることが出来る。竜二が足早にトイレから帰ってきて、そして背後にある土産物屋を指差す。


「なぁ、なんかお土産。せっかくだから買って行ってやんねぇ?」


 覗き込むと普通のもみじ饅頭と少し変わった生もみじの青いパッケージが目に付いた。


「そっか、ここ広島か」

「俺たち一応岡山県人だしなぁ……」


 ここで広島のお菓子を買っていくのは、何とも負けた気がする。ついぞ失念していたが、そういえば見知らぬ友達に島のお土産の一つでも買っておけばよかったと、2人は顔を見合わせてため息を吐いた。


「んでも小野さんって病院にいるんだろ? お菓子とかいいのかなぁ」

「あ、そうか。どうなんだろ」

「ダメなら親御さんに食べてもらおうか」


 そう言って瀬戸内のレモンを使ったお菓子を選んだ。黄色いパッケージが12月の寒空に少しだけ温かみを加える。隙間の空いていた海人のカバンに菓子折りの箱を詰め込む。

 本来であれば駅弁の一つでも買いたかったが、竜二のお財布のために今回は竜二の母親からおにぎりを大量に持たせられている。売店で買ったのは500mlのお茶だけ。「海人君の分もあるからね」と竜二のカバンの中には、ワカメとカリカリ梅のおにぎりが合計8個も入っていた。

 2人はだだっぴろい新幹線のホームへと急いだ。空は晴れ渡っていて、空気がピンと張りつめている。そこに日が当たって来て僅かばかりに体が温まっていく。


「やべぇ緊張してきた」

「あとは乗ればいいだけだから大丈夫だろ」

「海人は慣れてるかもしれないけど、俺は慣れてないの!」


 俺だって慣れてないけど、と言おうとしたところに新幹線が滑り込んできた。9時台の新幹線は比較的混んでいて、2人並んで座れる場所を探してしばし歩く。きょろきょろしながら竜二が付いて来て、ようやく座れる場所を見つけて座るとはぁーっと大きなため息を吐いた。

 そこからはただ痛くなる腰と尻と、後は時間が立つのを待つだけ。本来であれば4年前にできたばかりのリニアに新大阪で乗り換えて、約2時間の道のり。ただし東海道・山陽新幹線にただ乗り継ぎなくずっと乗っていくと1.5倍ほど時間がかかる。その間、海人も竜二も最初こそ話をしていたが、次第に口数が少なくなって互いに自分のスマートフォンで何やらゲームをし始めていた。


「なぁ、小野さんの病気って何なんだろうな」


 2時間が過ぎて名古屋を越した頃、竜二が口を開いた。もうゲームにも飽きたらしく、スマホを閉じてぼーっと前の席のおじさんの頭を眺めている。


「何なんだろな」


 海人の方は以前読みかけて放置してしまったダウンロード小説を思い出して開いていたが、やはり途中で放置しただけあってイマイチ面白くなかった。


「話って何なんだろうなぁ」

「なんだろな」

「海人は不安じゃないわけ?」


 竜二の声に苛立ちを感じてスマホの時計にもう一度目をやる。11時23分。あと1時間弱で新横浜駅に到着する。お茶のボトルを取り出してテーブルを降ろした。


「竜二、もう飯にしようぜ」

「早くね?」

「おなかがすくからイライラするんだってじいちゃん言ってた」


 竜二のお母さんが作ってくれたおにぎりは、以前朝ごはんに食べて物よりも大きかった。酸っぱいカリカリ梅が妙に美味しい。お茶で飲み込みながら、外に目線をやったが、到着はまだ先。


「竜二、俺さ」

「ん?」


 3個目に手を伸ばしていた竜二は目線だけで海人の方を見る。


「中学ん時、友達とうまくいかなくってさ」

「へぇ」


 わざと興味なさそうな竜二の返事に、少しばかり安心をしながら海人はもう一口おにぎりをほおばった。

 

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