第27話 カラスと猫

 すぐさま三人は手帳アプリを開く。


「大丈夫、今度の土日午前中なら私、空いてるわ!」

「俺は元々用事なんか入ってねーからいつでも平気! 海人も大丈夫だろ?」

「うん、俺も土日はどっちも大丈夫!!」


 よし、と三人は顔を見合わせて頷く。皆まで言わなくても、お互いに何をしようとしているのかは分かっていた。


「じゃあまずは土曜日の朝9時に正門前集合でどう?」

「オッケ!」

「書いておこう」


 それぞれ自分のスケジュールに異口同音に書き込む


『11月30日(土) 猫の用務員さんに会いに行く』

『12月1日(日) 予備日』


 相談してどうにかなるかは分からなかった。ただ、今の困った状況をとにかく大人の誰かに知らせておくことが出来るというのは、大きな進歩だった。

 少しだけ心の荷を降ろすことができそうで、三人とも先ほどまでの表情から一変して生気が戻ってくる。


「とはいえ、一週間あるから尾行は続けた方が良いわよね。なるべく桜木さんの情報は集められる限り集めましょ」

「そうだな~情報がたくさんあった方が推理しやすくなるもんな」


 こうなると俄然やる気が湧いてくる。海人は思い切り立ちあがって深呼吸をする。一週間後までに、出来る限りのことをやらなければならない。となるとまずは、探しに行きたいものがあった。


「んじゃあ帰る前に、踏み台のオブジェクト回収しに行くよ。俺が蹴っちゃったやつ、回収出来てなかっただろ? また使うかもしれないし」

「芦原先輩にもらったやつか。俺も探しに行くわ」


 校門を出てすぐに帰宅ログアウトせず、話しながら自然なていを装って裏門の方へと歩いて行った。ところが、裏門周辺をいくら探しても、踏み台にした男子高生を支える強度の段ボール箱のオブジェクトは見つからなかった。

 そこから3日間、通常授業と差し迫る期末テストの勉強をしつつ、視界の端にはいつでも桜木命を捉える続ける学校生活が続いた。ピンと張りつめた緊張の糸は、夜10時を過ぎたあたりで限界に達してしまい、海人は連日のように机の上で突っ伏した状態で寝てしまっていた。

 ばあちゃんからは、そんなところで寝たら風邪をひくよと心配されたが、じいちゃんは何かを感じたのか「大事なことをやっているなら頑張らせてやれ」と言ってなぜか羊羹をくれた。甘い夜食を食べながら、海人はふと猫の用務員さんのことを思い出す。


「猫、って思っていいんだよな」


 やけに紳士的だったキジトラのむっちりとした猫アバター。許可されるのならば撫でてみたいと思ったが、どう考えても許してくれそうにない面構えをしていた。

 長いようであっという間に土曜日になり、朝9時に正門前に集合した三人は真剣な面持ちで猫を呼ぶ。


「用務員さーん!!」

「猫の用務員さーん!!!」


 しんと静まり返った学校に、けたたましい三人の声がこだました。だが、猫は出てこなかった。


「出勤日じゃないのかな?」


 不安そうに竜二が学校の中を覗き込む。もう一度、柵を乗り越えたかったのだが、どうやら対策が取られたらしく校門の上には透明の障壁が設置されていて、乗り越えられないようになっていた。もちろんあの後何度も探しに行った段ボール箱もない。


「猫と言えばこれしかないわ」


 小春が自分のストレージから何かを取り出す。それは平たい円筒形をしている手のひら大の物だった。


「猫……缶?」

「しかもこれ、マグロの香り付きなの。高かったんだから」


 意を決したようにそれを開こうとしたとき、後ろから声がかかる。


「残念だけど、今日はカラスなのでね。猫缶では、少々役不足なのだが」


 黒い影がコンクリートのテクスチャーの上に立っている。黒光りする姿。見た目はカラスだったが、猫と同じく口は動いていない。


「用務員、さん? ですか?」

「そうだよ。君たち、また不法侵入する気かい? 今度やったら先生の方に伝えると言っておいたはずだが、何をしているのか説明してもらえるかね?」


 現実リアルでは不吉、ごみ漁りをすると嫌われがちなカラスが、この時ばかりはやけに頼もしく見えた。小春は取り出していた猫缶をストレージに仕舞い、竜二も会えたことに相当ホッとしたのかその場に腰を下ろす。

 ともすれば海人も涙腺から液体が出てきそうなほど、この時は安堵が強かった。


「俺たち、用務員さんに助けてもらいたくってきたんです」

「助けて欲しい?」

「ヤバいことに巻き込まれてて、でも他にには頼ったらいけないって約束させられてて」

「それで猫の用務員さんだったら、人間じゃないから頼っても大丈夫って思って」

「今日はカラスなのだが、猫の方がお好みかね?」

「いえ、人間じゃなければ何でもいいんです、奇想天外な話なんですがちょっと聞いてもらえますか」


 ふむ、と紳士的なカラスは目を凝らすように三人を順々に見る。品定めをされているようだったが、今はこのカラスに助けを求める以外に、打つ手が見当たらなかった。

 

「生徒の安全を保守するのが用務員の務めだ。よろしい、話を聞こう」


 言うや否や、カラスはするりと姿を尻尾の長いオスのキジトラの猫に変え、三人の前に座った。その目線に合わせるように、小春と海人も腰を下ろす。

 誰から、何から話をしたのかは定かではなかった。三人はとにかく今置かれた状況、そして自分たちの推測の全てを猫に語った。猫は時折、瞳孔を丸くしながら、軽く相槌を打ちつつ話を聞いてくれた。ゆらゆらと左右に揺れる尻尾はメトロノームの様に正確に時を刻む。10分あまりをかけて話した内容に、猫の用務員さんは、見えない額のしわを更に深くした。


「神様ねぇ……」

「俺たちどうしたら桜木命の正体を暴けるのか、もう手立てが分からなくって」

「どうしたらいいと思いますか用務員さん」


 海人と竜二は金の目の猫にずいと詰め寄る。小春は静かに後ろに控えて様子を伺っていた。

 猫の用務員さんはしばし3人の様子を見ていたが、目を細めて小春を注視する。コホンと一つ咳払いをして立ちあがると、静かにしていた小春の足元に擦り寄って行った。


「小野小春さんだね。対処についてはこの二人に伝える。君はいったんログアウトしなさい」

「え、でも」

「私は用務員システムエンジニアであると同時に、この学校の職員の一人だ。全生徒の情報は分かっている。君に必要なのは休息だ」


 尻尾を立ててすり寄る姿は、本当に現実の猫にそっくりだった。その長く太いシマシマな尻尾に、小春が手を添えても怒るわけでもなく額を擦り当てるだけ。

 しばらく考え事をしていた彼女は、不承不承と言った感じでハイと頷く。


「あと三輪君と日下部君。明日の午後、別のVRサロンで話をしよう。その方が良い気がする、場所は後でメールを送っておくので確認するように」

「今日この後はダメなんですか?」


 竜二はようやく掴んだ逆転の機会を逃すまいと食い下がる。しかし猫の用務員さんはたった20㎝の柵の隙間をすり抜けて、学校の中に入って行ってしまった。


「残念だが私は今から仕事なんだ。休日出勤というやつさ。明日は休日なのでね、明日で我慢してくれたまえ。その代り、今夜のうちにその『桜木命』という生徒の情報を引き出しておくよ」


 では、と猫の用務員さんは学校の茂みの中へと消えて行った。

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