第26話 忘れ物
「あれどういう意味?」
「どっちが偉いとかって、何の意図がある質問だったんだ?」
放課後、帰宅する生徒と部活動の準備をする生徒が入り乱れる教室。海人と小春は隣の組へ行き、1人別のクラスである竜二の机の周りに集まっていた。
「んー、前に奴のお母さんは天津神だろうって予想したろ? あれが違ってたんじゃないかと思ってさ」
と言って、先日海人の部屋でリストアップしていた国津神と天津神の関係図を教室で開こうとした。海人と小春が慌てて押し込めて、竜二をそのまま生物室へと連行する。幸い、今日は葦原いずもは今日は学校を休んでいた。
荷物を持って部室に駆け込みながら、海人は思わず背後を見やる。もちろん人はいない。―――大丈夫か、と確認をしなければ、今学校の中はどこでも安心ならなかった。
ようやく部室の中で展開された日本神話の相関図には、先日海人と竜二が入れたはずのチェックが全て消えていた。
「悪いな、可能性が出てきたんで、チェック全部外した」
「それはいいけどどういうことだよ?」
「さっきの質問は父親の方が天津神であるって意味だよ。しかも仲が悪い」
仲が悪いのはどこまで評価しうる情報なのかはさておき、今まで母親の神様の方が天津神であると考えていたので全く真逆の事実だった。
あーと目を開きながら口も一緒に開けた小春が、ポンと手を叩いた。
「そっか、お父さんが天津神で天照大神に近いから呼ばれただけで、お母さんの方は全然関係ないってこと?」
「そう、母親の方の神様は国津神か天津神かすら分からないレベルだ」
言われると、なんだか絞り込みが出来てきていただけにため息も吐きたくなる。海人は天井を仰いだ。ヒントがかかれていればいいのにと思いながら。
「振り出しかよ……」
「間違った推理を続けなくてよかったって思おうぜ」
なぜだかこういう時に限って、竜二はポジティブだ。言われて海人も小春も、落胆した表情が無くなりはしないが少しだけ薄れる。
今度は男神でアマやアメが付く天津神をピックアップしていくが、女神よりもはるかに多くさらに混乱の度合いを深めていく。
「少なくとも、直接天照大神が声を掛けるぐらいの格の高い神のはず。だとしたら、古事記に名前しか出てこないような神ではないと思うんだがなぁ……」
「日下部君の言うことは最もだけど、それで可能性を削除しても……相当残るね」
「もう少しなんかマシなヒントを引き出せればよかった」
互いに責め合うこともできず、かといって何が出来るわけでもなく、完全に手詰まりになりお互いにそっぽを向く。
その中で、海人は『最近出来たものとは一体なんだろうか』ということが気になっていた。神様と言えばメジャーなところだと太陽だの月だのと、非常に抽象的な物しか思い出せなかった。
ところが桜木命の回答は『どこにでも存在する物ではない』とのこと。つまり何か地域的、あるいは一点しか存在しない物だということになる。
「ご神体になっているモノって、普通は社の中って何が収められてるんだろう?」
「普通は鏡とか、剣とかそういう物じゃないのかな? 俺も見たことはない」
「ってことは最近作られた刀とか調べた方がいいってこと? そんなこと無理だよなぁ」
いつだったかNHKで見た『現代の刀匠が作る刀』などという番組が頭の中に蘇った。人間国宝の刀鍛冶のおじいさんが、玉鋼から作る刀はとてつもなく美しい曲線を描いて輝いていた。
もしあそこに神が宿ると言われても、今なら不思議とは思わない。刀や鏡というのはそれだけで価値がある物なのだと、今更ながらに知る。
「確かに、トイレとか踊りとか戦いとか、抽象的なものの神様って線はない。そういうものには、日本はもう神様はあらかたいるから」
「ごめん、俺の質問無駄だったのか」
「いや、確実性が増したってことでヨシにしておこうぜ。八百万って言うだけあって、何にでも神が宿るのが日本だからなぁ。それこそこ、この鉛筆でもな」
そう言って、机の下から典型的な緑色の鉛筆のオブジェクトを取り出した。どこにでもあるような鉛筆オブジェクトはもちろん、ノートのオブジェクトに書き込むことが出来る。ついでにチビたりしない。そしてそこからデジタルデータに変換したノートを作成することが出来る。
果たして鉛筆型にする必要性があったのか?と生徒たちの間ではもっぱら批判の的だが、なぜだか日本のVR学校現場では未だに手でノートを取るという習慣が続いていた。
「そういうのって付喪神って言うだっけ?」
「そそ、小野さんの言うとおり。付喪神って言うだけあって、一応神様の分類だけど」
「んでもさ、付喪神って確か古い物に宿るんだろ? 新しく生まれたから過去のことを知らない、っていうのはちょっと違うんじゃない?」
「あ、そっか。んじゃあ付喪神の線はなしだね」
「もっと神様っぽい物は? 勾玉とか、刀剣とか」
「そんなの高校生の俺たちがわかりっこない、そんなものの神様だとしたらお手上げだな」
はぁーともう一度三人が天井を仰ぎ見る。
「ってか、普通鉛筆のオブジェクトなんて置き忘れないだろ……誰だよソレ忘れたの」
竜二が、「あ」と乾いた声を出した。
「これ置いたの俺だわ」
「はぁ?」
「ほら、この間、俺と海人で学校に忍び込んだ日。小野さんが一人で校門超えた日」
「うん、あの日?」
「一応言い訳するために、鉛筆オブジェクト置きっぱなしにしたの忘れてた。誰も拾わなかったんだなぁ~よかったーラッキー」
苦笑いをしながら竜二は鉛筆オブジェクトを自分のストレージに仕舞う。海人は飽きれ顔でその様子を見ていた。ちゃんと前もって言い訳の打ち合わせをしていったのに、全くもって何の意味もなさなかった。せっかく仕込んでおいた忘れ物すら、今思い出す始末。なんだかイライラが募ってくる。
ところが、その様子を見ていた小春は少しだけ違っていた。真剣な面持ちで何かを必死に思い出そうとしている。
「小野さん?」
彼女はしばらくフリーズしたまま、手を前に出して二人が声を掛けることすら制止させる。そして深い沈黙の中で必死に何かを考え込んでいる様子だった。
静まり返った生物室で、海人は竜二と顔を見合わせる。小春に声を掛けられる雰囲気ではない。かといって彼女が何を考えているのか、ただならぬ空気を感じて思わず息を飲む。
「あの、ね。ちょっとこれは、上手くいくか分からない賭けなんだけど」
フリーズから約2分。再起動した小春は、とても慎重に言葉を選んでいた。
「桜木さんは『他の人間には助けを求めるな』って言ってたわよね?」
「確かそうだったと思うけど、竜二どうだった?」
「言ってた。確かに『他の人間には』って言ってたよ」
物覚えのいい竜二が言うのであれば間違いはない。海人も記憶の糸を手繰り寄せたが、なんとなく桜木命が言った言葉を思い出して、誰にも相談できないどうしようという気持ちになった事だけは思い出せた。
「相談するの、人間じゃなければいいんじゃない?」
「例えば?」
「……猫とか」
三人の頭に、同時にあのキジトラの妙に英国紳士風な猫の用務員さんが浮かんだ。
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