第25話 質問を許そう

「お母さんがどんな人なのか聞きだす方法はないかなぁ」


 11月26日火曜日。

 前日体調を崩して休んでいた小春が今日は学校にきた。そして2人から話聞いて、彼女は天を仰いで大きな声で言い放った。昼休みの終盤、屋上へと上がって作戦会議をするのが日課は続いていて、今日も今日とて昼食後に三人顔を合わせてはため息を吐く。

 あと2週間で期末試験なので学校中の空気は徐々に重たくなっている。その空気に従うように、各々おざなりに英単語帳を持っていたが、誰も真面目に見てなどいない。なんとなく範囲のページに指を挟んで閉じたり開いたりを繰り返すだけだった。


「そうだよな。この間話を聞いたこと以外にヒントが無いともうお手上げだ」


 さもありなんと竜二も頷く。


「でも問題はどうやって聞き出すかよ? 別にお母さん以外でも何でもいいから、ヒントになるようなことを見つけないと……」

「先輩からはまだ尾行解除命令出てないし、とりあえず尾行してでも情報を集めてみるか? あぁ、でも芦原先輩また休みらしいんだけど、どうしたんだろ心配だな……」

「単語帳片手に? それじゃ勉強にならんねホント。まぁ、あいつの正体見破れなきゃテストも何もあったもんじゃないんだけどさ」


 テストに身が入らない言い訳はいくらでも思いつく。だが、どうあがいてもやらなければいけない。


「そういえばだけど」


 フェンスに寄りかかっていた小春が顔をあげた。上履きの爪先でトントンと二回、コンクリートの床を蹴る。苛立ちにも似た、彼女もまた焦っている様子だった。


「調理部の友達がぼやいてた。桜城命めちゃくちゃだって」

「部活でもなんかやらかしてるって?」

「らしいよ。お母さんのことを聞いたらめちゃくちゃ綺麗だとか優しいとか花のようだとか上機嫌だったのに、お父さんのことを聞いたらいきなりキレだしたんだって」

「そんなに親父のこと嫌いなのかぁ」

「ああ、嫌いだね、親父は大っ嫌いだ」


 心ここに非ずだった三人に雷に打たれたかのような緊張が走る。フェンスから身を起こし、声のする方へ目線を滑らせる。三人があがった時には閉じたはずの屋上の扉は、大きく開け放たれていて、にっこり笑った桜城命が立っていた。

 今日の桜木命も、海人には黒髪ポニーテールの美少女に見えていた。きっと竜二には竜二の、小春には小春の理想の相手として、桜木命は心の写し鏡のようにそこに存在しているはずだ。

 少しだけ、どんな姿かたちなのか小春に聞いてみたい気持ちが鎌首持ち上げたが、いやいや待てそれどころではないと内心でブンブンと頭を振るって邪念を取り払う。


「やぁごきげんよう。進捗いかがかなと思ってね」


 ひらりとふるう手はたおやかだった。桜の花びらがふわりふわりと舞う様子が見て取れる。季節外れの桜がこんなにも恐ろしい物だとは、今日まで知り得なかった事実だ。新発見と思ってもいい。

 三人が硬直しているのを面白がるように桜城命はゆったりと歩みを進めた。


「いやね、あんな風に焚きつけられてしまったことを天照大神様に怒られてしまってね。でも神様は誓約うけいをしたら守らねばならないし、これも試練だとか言われてさ。全くたまったもんじゃないよ」


 くすくすと笑って見せる様子に全く焦りはない。これは挑発だ。桜城命はやれるものならばやってみよと煽りに来たのだ。

 そうとわかるとなんだか腹が立った。神様なのだから有利なのは当たり前、それなのにわざわざ挑発しに来るとは度量が小さい。……とでも言ってやればいいのだろうけれども、海人にはどうにも声が出なかった。

 そうしても口を開いたり閉じたりしているうちに、他の二人よりも明らかにムッとした様子の小春が一歩前へ出た。


「笑って見ていればいいわ。三人寄れば文殊の知恵っていうぐらいなんだから、絶対あなたの正体暴いて見せるんだから」


 強い口調、どこからその自信が湧いてくるのか不思議なほど小春は華奢だ。だがよく見れば握った拳が少し震えていた。無理ある強がりをしているのはきっと桜城命からはバレバレのはず。それを庇えない自分もまた情けないと海人は俯き加減になった。


「無理をせんでもよい。なに、ヒントでも出して差し上げようかと思ったんだが、いらないかな?」


 言い切る前に三人が目を剥いて桜城命を凝視した。必死の形相とはまさにこれのこと。その瞬間、時が止まったかのような、緊張の糸がぴんと張り詰める。


「……くれ。ヒントくれるなら、欲しい」


 海人だった。喉から声を絞り出すかのように、つぶれたヒキガエルの声のように、憎々しく思う気持ちが前面に現れた声だった。

 それが痛快だったのか、はたまた愉快だったのか、桜城命は高らかと笑った。カッカッカッと女子校生らしからぬ様子で笑い、口を形の良い弓型に笑わせた。


「素直でよい。ではそれぞれ一つずつ、はいかいいえで答えられる質問を許そう。私は嘘を吐かない、そう約束しよう」

「その保証は?」

「これは誓約うけいの一つだ。真のことだけを言うとしよう」


 と言われて、さてパッとヒントを引き出せるような質問が瞬間に浮かぶわけでもなく、海人はおもむろに腕を組んで右斜め上、虚空を見上げて深呼吸した。


「さぁさぁ、誰からでも好きに質問するがいい。なんなら相談しても良いぞ?」


 よっぽどの自信でもあるのか、桜城命は腰に手をやって悩ましげな三人を右から左へ、左から右へとにんまり笑いながら見やる。時刻は12時45分。あと10分で予鈴が鳴り、15分後の13時から午後の授業が始まってしまう。何と厄介な時間にチャンスが来たものかと海人は舌打ちをした。

 海人と同じく小春は腕を組んで下を向き、竜二は左手を右ひじに当てて右手で口元を覆っていた。だが彼の目線は桜城命の表情を捉えていて、他の二人が虚空とにらめっこをして考え込んでいるのと違い、本人から何かを読み取ろうとしているような様子だった。

 沈黙が一分ほど続く。何も言わず考え込む三人にしびれを切らしたのか、桜城命はつまらなさそうに大仰なため息をついてフェンス際まで歩いて行ってもたれかかった。その背には「つまらん」というセリフが書いてあるかのようだ。


「分かった、私から質問する」


 意を決したように小春が手を揚げた。なんやかんや、なぜか彼女が先陣を切ることが多い。見た目に反し、彼女は意外と活動的だった。

 竜二は明らかに何か企んでいる様子で手を挙げない。となると海人と小春が先陣を切らなければならないから、せっかくの質問をトップバッターで不意にしてしまいたくなくて挙手を躊躇し続けていたのだ。


「小野小春、私に問うことを許そう」

「あなたのお母様についてなんだけど、あなたのお母様は花のような人だって言ってたけど、何かの花を祀る神様なの?」


 なるほど、と海人は思った。これでハイと答えたとしたら、桜城命も草木の神々の一柱という可能性が高い。花のようだと何度も言っていたということからして、それは子供の立場からみても相当強いイメージなのだろう。

 さてどうなのだと桜城命の表情を見ると、不敵に笑っていた。たっぷり三拍余裕を持って答えるに。


「いいえ、と答えても良いのだろうかなこれは」


 クイズ番組の答えを出し渋る司会者さながら、桜城命はひきつけてから突き放す。いっそ「答えはCMの後」と言い始めそうな勢いだ。


「そっかぁ、違うのかぁ」

「違う違う。母上の神木は花であるが、花自体を司る方ではない。残念であったな」


 クツクツと笑って残り男2人を交互に見た。


「次はどちらじゃ?」


 ちらりと竜二を見たが、まだ動かない。となると、次の質問は自然と海人がするしかなかった。


「じゃあ俺」

「三輪海人、私に問うことを許そう」

「んーっと……そうだなぁ」


 何も焦らすのは答える側だけの特権ではない。桜城命はどうもこのやり取りを楽しんでいる様子。だとしたら、やり返してやろうと海人はゆるりと腕組みをしなおした。


「桜城命、あんたの本体は日本中を探したら、同じような物がたくさんあるようなものか?」


 ふと思いついた疑問だった。例えばだが、先ほど否定された「花の神」これが実在するならばそれは憑代となるべき同種の花は日本のどこにでもあることになる。しかしこの間話かけてきた沖の小島の神様のように地形が憑代であるならば、どこにでもあるものではない。

 つまりこの質問に「はい」と答えれば桜城命は一般的な何かあるいは抽象的な物・事、「いいえ」と答えれば地域的な何かの神様であるということになる。……と、精いっぱい考えたつもりで海人は桜城命当人の表情に探りを入れた。

 あまり表情は変わっていなかった。この程度では見破れないとタカをくくっているのだろうか。


「その質問の答えはいいえだな」

「そっか……」


 つまり一般的かつ抽象的なものではないらしい。分かっただけでも良しとしようと海人は1人頷いた。それからちらりと竜二の方を見る。真打はコイツだ。言われなくても分かっているのか、桜城命の目線を受けただけで竜二は口を開いた。


「そしたら、あなたの父と母のうち、父の方が偉い神様か? 偉いってのはこの場合は、天照大神にどちらが近しいかという意味で答えてほしい」


 桜城命のぴくりと表情が動いた。今までのにやけ顔からスウっと笑みが消える。


「はい」


 焦らしも貯めも無く、即答。意外にもこの質問は今まで余裕しゃくしゃくだった桜城命の核心部分に触れるものだったらしい。対する竜二はようやくニンマリ笑って見せた。


「なるほど、ありがとさん、神様」


 と、言ったところで予鈴が鳴った。互いに無言のまま屋上の扉へと向かう。表情は見えなかった。

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