第24話 家系図を見る

「本当に沖の小島の神様の声だったとすれば、すごいヒントだと思うぞ」

国津神くにつかみとか天津神あまつかみとかって何だそりゃ」


 時間も時間だったので帰宅後それぞれ自宅で夕ご飯を食べ、今度は竜二の部屋に海人が転がり込む。男子高校生らしい無駄な物の多さ。ごちゃごちゃとして部屋の主以外には何がどこにあるのかさっぱり見当がつかない。


「あ、そこらへん座って」


 そういって指し示されたのはミニテーブルの脇。かろうじてクッションが顔をのぞかせている。周辺の紙だのガラクタだのを押しのけて海人は自分が座るスペースだけは確保した。


「さっきの子供向けの本じゃだめだ。ちょっとまって、一覧表見たいの出すから」

「えぇ……そんな難しい話なのか?」

「見てもらった方が早い」


 そういって携帯端末を二人で見られるようにと壁いっぱいの大きさの透過スクリーンを映し出す。その画面を見て海人は思わず眉間にしわを寄せた。


「なんだこりゃ」

「日本の神様の系図」

「ややっこし……」


 カタカナですべて書いてあるせいか、似たような名前の神様同士だと間違い探しも同然。有名な神々ならばまだしも、聞いたことが無いような神様も多く、区画整備されていない地図でも魅せられている気分になってくる。

 だが目が慣れてくると海人にも『アメ』と名乗る神々とそうではない神々とがいるぐらいの見当は付くようになってきた。アメノなんとかという神様の子どもはやはりアメノなんとか、あるいはアマノなんとかという名前であることが多い、気がする。


「俺も失念してた。日本には二種類の系統の神様がいる」

「アメノなんとかが付く神様とつかない神様?」

「それはあくまで大さっぱな指標だよ。日本には元からいた土着の神様と、高天原に住んでいる神様の二種類がいるんだ」

「知らなかった……」


 そう言われて目を凝らすと、実はこの系図、それぞれの名前の縁取りが三色に分かれていた。


「わかりづれーけど、赤い縁取りが国津神、土着の神様。青い縁取りが天津神、高天原に住んでいる神様。どっちだか分からないのが緑になっている」

「なんで後からとか先とかそういうのがあるんだ?」

「ざっくりいうと、土着の神であった国津神が治めていた国を高天原から来た天津神が譲り受けたという話があるんだ。天孫降臨とか国譲りって言うんだけどな」


 竜二はまろやかに言い換えてあるものの、それはひとくちに言えば乗っ取り行為としか聞こえない。だからそれだけを聞いた海人はさらに眉をひそめてつぶやく。


「侵略?」

「大和王権とそれに平定された地域との関係っぽいから、あながちその解釈は間違いではないと思う。その天津神の筆頭が実は天照大神」

「え」

「一番偉い神様なんだけど、実は土着ではないんだ」

「まじかー知らなかった」


 そう言われると追いやられたようにも聞こえる元々いた八百万の神々が可哀そうにも思えてきた。しかし今はそれに注視している暇はない。

 海で聞こえた女性の声を思い出す。アメのつくのは天津神だから、と、あれはつまり教えてくれたのは国津神であり、そして桜城命は天津神側の新しい神の一柱ということになる。

 思い返せば伴侶を見つけて来いという指令も天照大神から言いつかったと話をしていたので、どうやら桜城命とその親にあたる神が天津神の1人であることはまず間違いないようだ。さて、そこまで分かったとしても、桜城命本人を特定することはまず難しい。なのでこの際特定するとすればそれは親の方が簡単だ。


「天津神で、結構名のある神様が親ってことまでは分かったな」

「母親って言ってたから女の神様だよな」


 そうやって候補を消していくと案外いけそうな気がしてくる。これまで文字通り八百万あろうかという選択肢が一気に十数人にまで絞れたのだ。


「女性の神で、天津神って結構いるんだなぁ」

「母親がいるってことは父親もいるんかな?」

「どうだろう、そこまでは小野さんから話聞いてない」


 それ以上のヒントは今のところない。うーんと腕組みをして竜二と海人はスクリーンに映し出された日本神話の神々の系譜の隅々をにらむ。だが今は、誰も何も教えてくれなかった。

 もちろんこの中に、探している桜木命の母親に当たる女神がいないとう説も考えられる。となると、こんなものをにらめっこしているのも時間の無駄である可能性もあった。


「だめだ、これ以上は今は考えらんねぇ」

「俺もー」


 二人して竜二のベッドに倒れ込む。

 壁に掛けられたカレンダーはまだ11月。あと1カ月の間に、この膨大な神々の中から一柱選ばなければならない。最初は1カ月もあれば行けるだろうと踏んでいたが、やり始めて分かる無謀感。

 辛うじて竜二と隣同士で愚痴を言い合える海人は、まだ自分はいい方だと思えた。今この瞬間も、小春の方は一人で悶々と考え込んでいるに違いない。


「大丈夫なんかな、俺ら。来年、年明けちゃんとこの世にいるのかな?」


 ついて出た不安。竜二に頭を叩かれた。


「頑張るしかねぇ。大事なオカ研部員を桜木命にくれてやるつもりはねぇよ」


 やけにこの時は竜二が男前に見えた。

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