第22話 神様の成り方

 海人が現実リアルに戻ってくると、竜二はまだ地元図書館から帰って来ていなかった。

 16時。まだ夕食までには時間がある。自宅から自転車に乗って10分のところにある公民館に併設された小さな図書館へ向かった。

 島民憩いの場である公民館には、まだたくさんの爺さんたちがたむろしている。お茶をすすったり持ち寄ったせんべいを食べたり将棋を指したり。おばあさんたちは家に帰って食事の支度に取り掛かるこの時間、とにかく爺さん率が高かった。


「おや、三輪んとこの坊主。めずらしいじゃねぇの」

「さっき竜二も来たぞ。どうしたいきなりお前たち、勉強でもちゃんと真面目にする気になったか」


 ワハハとオーバー古希の爺さんたちが笑う。

 どうやらネット上の学校というのが爺さんたちにとっては遊びのように見えているらしく、どうにもヘッドギアでバーチャルの高校に通っていると言っても信じてくれないのだ。だから現実で机に向かっている姿や図書館に顔を出すとようやく真っ当な勉強をする気になったのかと毎度のように茶化してくる。


「勉強っつか、調べもの」

「お前たちの言う学校の宿題か何かか?」

「うーん、そんな感じかな」


 違うとは言えば根掘り葉掘り聞かれそうで、真正直には答えられない。人の口に戸は立てられないとはよく言ったものだが、この爺さんたちときたら扉は開けっ放しだ。ちなみに婆さんたちの口には扉は付いていない。


「なぁ、じっちゃんたちさ、神様ってどんなものが成るんだ?」


 堪え切れなくなった言葉が海人の口をついて飛び出た。他の誰にも頼れないと決めていたのにどうにも我慢できなくなったのか、あるいはネットとは程遠い現実だけで生きているこの爺さんたちになら聞いても大丈夫とどこかで安心していたのか、疑問がポロリとこぼれた。

 その瞬間、爺さんたちのおしゃべりに一拍、間が空いた。それからドッと笑う。


「なんだい、そんなことを調べて来いって言うのかい、その何とかって学校はよ」

「こりゃぁ大変な調べものだなぁ海人」

「俺、これでも真面目なんだけど……」


 わるいわるい、と口では言うものの、爺さんたちはお茶に手を伸ばしながらガタガタと笑い合っている。皆、若いころから漁師や体力仕事の人たちばかりなので、年を食っていてもしわがれたところはあんまりなく、基本的には騒々しい。

 その中の1人、西田の爺ちゃんと呼ばれる爺さんが立ち上がって公民館の窓を開けた。そしてちょいちょいと海人を手招きする。窓の外には瀬戸内の綺麗な夕焼けが映る海。オレンジ色が広がっていた。


「例えばおめぇ、あそこ見えるか?」

「沖の、あの小さい岩?」

「あれだって神様だ」


 え、という声は息をのむ音にかき消された。

 遠目に見えるのはこの小さな島から30mほど離れたところにある岩。岩と言っても高さ5mぐらいある小さな島みたいなもので、松が一本上に生えている。


「そうさ、あっこにはしめ縄巻いてあったろう?」


 釣りをしに行ったとき、そういえば何であそこにしめ縄が巻いてあるのかと、竜二に問いかけたことを思い出す。竜二も知らないと言っていたが、しめ縄があるところと言えば神社、つまり神様関連の場所だ。


「あそこはこの島の神様がおられるところで、でもあそこにはお社を建てることはちょいと無理だ」

「そうか、だから神社はこっちの島にあるのか」

「そういうこった」


 海人は何か大きな発見をしたように感動している自分に気が付いた。別に何が解決したわけでもないのに、何やら一個腑に落ちたような安堵感を覚えていた。


「日本人は不思議なところに神様を見出すよなぁ……」

「そうだな、違いない。……いや、そうだな。海人の言うとおり、人間が神様を見つけたからお祀りしているのかもしれないな」


 なにか西田の爺ちゃんが含みのある頷きをしているので、海人は首を傾げる。


「いやな、あんな岩、どう見たって岩だろう? 別に何が特別ってわけでもない」

「でも神様なんでしょ?」

「人間がそれを神様と思ったら、それは神様になるってことさ。だから日本では全ての物に神が宿る、八百万の神ってのはそういうことだから、海人の言う『神様を見出す』ってのはあながち間違いじゃぁねぇなと感心したわけさ」

「でもそれだと何でも神様になっちまう……」

「それじゃ困ることでもあるんかい?」

「いや、うーん……」


 大いに困っている現状、「違う」とは即答できずに言葉を濁す。その些細なためらいを見抜いたのか西田の爺ちゃんは介達に笑った。


「お前たちみたいなだのだのと若い奴らは知らんのだろうが、日本の神様は誰に頼ってもいいし、たくさん頼っても大丈夫だ」

「別の神様を頼ってもいいってこと?」

「勉強なら学問の神様、商売のことなら商売の神様ってな。もし神様のことで困ってるんなら、他の神様にお願いごとをしてみちゃぁどうだい?」


 そうしてみると言いたい、でも言えない、でも……何か抜け道でもないものかと考え込んで返事を保留する。そうして海人が考えているうちに、扉続きになった図書室から竜二が出てきた。

 一冊の本を片手に、また爺さんたちに茶化されている。顔をあげて見回し、窓際に立つ西田の爺ちゃんと海人を見つけると、パッと花を咲かせたように笑ってこちらに小走りによってきた。


「海人も来てたのか。早かったな」

「閉会式まではいなかったから。なんか見つかったか?」

「イマイチ」


 ほら、と差し出されたのはまさしく日本の神話について書かれた本。もちろん小学生向け。これならこれまで興味が無くて触れたことが無い分野の話であってもなんとか理解できそうだ。とりあえず相手取っているものの正体を、大雑把に勉強しようという目的を達することは出来る。


「ネットでも借りられるけどな」

「一緒に見るなら断然、紙の本だろ」

「竜二って時々古臭いことするよな。西田の爺ちゃんありがと、竜二と一緒に調べて見る」


 このやり取りを聞き届けてから、西田の爺ちゃんはにこやかに笑って手をひらひらとさせながら元の席へ戻って行った。

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