第20話 朝、パンを食べながら

 海人は元気がない姿を見せて祖父母にとやかく言われるのと面倒だと、いつも通りに振る舞うように心がけた。だが何かおかしいと思われたのか『学校で何かあったのか?』と祖父から聞かれて、つと返答できずに唇を噛む。

 答えられない様子を見た祖父は『悩んだときは一杯飯食って、しっかり寝て、頭を整理するのがいい』と言って、さっさと引き返していってしまった。深く追求してほしい、そうして根掘り葉掘り自分たちが困っている現状を察してほしいと思う反面、そうか今は休むべきなのかと今日は全てを投げ出すことを決めた。

 ごろりとベッドに横になって、天上の木目を見る。小さい頃はこの天上の模様がお化けみたいで怖かったなぁと思いだすと、日本にはどこにでも神様や妖怪の目があるように思えて今でも恐ろしいもののように感じられた。


「じいちゃんの言うとおり、とりあえず休んで、頭整理しよう」


 あえて口に出して言い聞かせる。目を閉じるとすぐさま眠りへと落ちていく感覚に襲われ、自分でも分からぬうちに相当疲弊していたのだなと分かった。

 次に目を開けるとすでに朝日が昇っていたが、いつもより随分と早い様子だった。夢はあまり覚えていない。ただ何となく、桜城命の言葉がぐるぐるしているところをみると夢の中でもあの胸糞悪い神様に悩まされていたのかもしれない。

 コンコンと窓を叩く音がした。


「起きてんじゃん」

「竜二早いな」


 鍵を開けるとするりと竜二が部屋の中に滑り込んでくる。


「お前よく寝られたな。神経図太い」

「じいちゃんに悩み事があったらしっかり食って一杯寝て頭整理しろって言われて、昨日は寝たんだわ」

「いいよな、お前ホントそういうところちゃっかりしてるわ。俺なんかほとんど寝られなかったんだぜ」


 言う割に竜二は元気そうだった。目の下にクマもできていなかったし、どうせこいつはこいつで悩んで寝られないふりをして実際にはいびきをかいて寝ていたに違いないと海人は苦笑した。


「んで。こんな朝早くからなんだよ」

「うん、俺色々と考えたんだけどさ、昨日桜城命と実際に話をしてみてあいつ色んなヒント残して行った気がするんだ」

「もしかしてあいつの正体が分かったのか?!」

「ごめん、それはわかんねぇ」

「おーいー」


 期待させておいて、というよりも勝手に期待して海人はがっくりと肩を落とす。だが明らかに前日と竜二の表情は違っていた。


「でもほら、期末試験が終わるまで猶予とチャンスをくれたんだ。何とか抗ってみようぜ」

「俺たちだけで頑張ってみるか」

「三人寄れば文殊の知恵って言うしさ」


 そう言われて海人は小春を思い出す。蒼白になったままログアウトして行った彼女が今どんな様子でいるのか、心配でたまらなかった。


「そうだ、俺たち三人いるんだ。小野さんにも頑張ろうって連絡いれておいてくれよ」

「海人が言っておいて」

「はぁ? 何で俺が」

「だって今日、一緒に仮想体育競技会見に行く日だろ?」


 ハッと息をのむ。


「まさか忘れてたのか?」


 ブンブンと頭を縦に振った。携帯端末からスケジュールアプリを呼び出して今日を見る。確かに今日、11月23日は競技会だった。10時にVR競技場前で集合と書き込んだのは紛れもなく海人自身の指だ。


「まぁ時間はあるし、朝飯でも食ってもう一度あいつの言動を一から洗い直そうぜ」


 そう言って竜二は携帯端末を海人の目の前に突き出した。デジタル時計は05:56。まだアラームすら鳴らない時間であった。

 海人はベッド降りて一度顔を洗いに行く。農作業をするために起きていたばあちゃんとじいちゃんに、おはようと声を掛けると意外な早起きに目を丸くしていた。それから竜二がすでに上がり込んでいることを伝えると、パンでも食べろと買い置きのパンを袋ごと寄越される。それを持って2階の自室へ行くと、竜二も自分の家からすでにパンをかっさらってきたところだった。


「そういえばあれから色々思い返してみたんだけどさ、桜城命って最近出来たばっかりの物の神様なんじゃねぇかな?」

「なんで?」


 竜二が食べているのはチョココロネだった。島に一軒しかない商店で買える食料品には種類に限りがある。このチョココロネは島の特に子供に人気の商品で、入荷する金曜日に買いに行かないとほとんど買うことができない。


「だって昨日話してたとき、生まれたばっかりって言ってたからさ。あと巫女さんの話の下りとか、全部伝聞調だったろ?」

「……お前よく気が付いたというか、思い出したというか」

「三人の中じゃ一番頭がいいって言われたからな」


 ふふんと鼻を鳴らして見せるも、海人の記憶が正しければ『頭が切れる』だったかと思う。ただ、こう見えて竜二は地頭が良い。機転も利くし、咄嗟にあれだけ枝葉を広げて相手に話をさせられたのは不幸中の幸いだった。

 対する海人はメロンパンを頬張る。本当は竜二が食べているチョココロネが欲しかったのだが、どうやらばあちゃんが買いに行ったときには売り切れていたらしい。口の周りにチョコの髭を書きながら食べる竜二を、少しだけ羨ましい気持ちで眺めた。


「とりあえず、俺たちは絶対にあきらめないって小野さんに言おう。竜二が気が付いたことも含めて」

「期末の勉強なんかしてる場合じゃない気がするな」

「命の危機か勉強か。天秤に掛けるものが大逸れてて困ったもんだな」


 桜城命の謎かけに負ければ勉強もへったくれもない。かといって命がけで情報を集めて考えなければ勝てるような相手とも思えない。しかしそうやってよしんば勝てたとしても、さんざんなテスト結果が返ってくると思うと憂鬱以外の何物でもない。

 難儀なことに変わりない。しかし海人は、これまでの普通の高校生であることがかき消されて、次第に普通じゃなくなっていく感覚に喜びを覚えている自分に気が付いていた。


――こんなん普通じゃない。普通の高校生はこんなこと悩まない。異常事態をもっと深刻に受け止めるべきだ……。


 普通であるべしと心に誓っているはずなのに、普通じゃないことを楽しんでいる自分がなんとなく許せなかった。

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