第19話 消えた人の行方

「なぁ、俺からもちょっといい?」


 今まで仰向けに引き倒されたまま、事態を静観していた竜二が久々に口を開いた。


「もし2人がアンタの伴侶になるのを断ったら俺のアバターが消されるわけでしょ? 消されたらどうなるの? 俺死んじゃうの?」

「竜二を殺すぐらいなら俺が行くから」

「いや、そうじゃなくって」


 竜二は絶望とは違った顔をしていた。


「桜木命、っつか神様? 殺すとは言ってないんだよね、って言ってるんだ。これまで3人消えてるわけだけど、もしかして死んでないんじゃないのかと思って。俺たちから見たら消えてるイコール殺されたと思ってたわけだけど、もしかして違うんじゃないの? なあ神様?」


 神様と連呼する割に、敬っている風ではない、ぶっきらぼうな言い方。竜二はひっくり返ったままの体勢で、鷹揚に問いかける。

 言葉を聞いた桜城命は初めて竜二に対して興味深そうな視線を送った。


「人間とはみな阿呆かと思ったが、頭が切れる者もおるようじゃな」

「お褒めに与かり光栄っす」

「お前たちの言うVRバーチャルリアリティーとは、八百万の神々が住まう幽世かくりよ現世うつしよが繋がった場所。今でこそ誰もが入ってくるようになったが、昔は巫女などの一部の特別な力を持つ者を介してしか入ることが出来ぬ領域であったと聞く」


 海人には何を言っているのかピンとこなかった。だが漠然とというのが今なら信じられる気がした。

 実際に、今立っている場所が、あまりにも現実離れした光景だったからかもしれない。どう考えても通常のエンジニアが作り出した学校空間とは思えなかった。


「太古より人々は特別な力を持つ者や巫女を通して我ら神々の住まう世界と通じ、信仰し、恐れ敬って、その恩恵にあずかってきた。だがその道も次第に途絶えて久しく、近頃ようやく道が開かれたときお前たち人は私たちのことをすっかり忘れていた」

「今の日本人はほとんど神様なんか信じちゃいないからな」

「嘆かわしいことにな。だがお前たちは体の奥底、いや魂というべきか。奥底深くには神代かみよの記憶が残されている。八百万神々が持つ力の一端に意図せずして触れると刻み込まれた記憶が甦る、らしい」

「らしい?」


 竜二に聞き返されて桜城命はコクンと頷いた。伝聞調で語られたその情報はどうも要領を得なかったが、どうやら本人も正確に理解しているわけではないということか。うーんと首をひねりながら桜城命は再度口を開く。


「なんといえばよいのかな。誰しもが神代かみよの記憶を有しているらしいのだが、その記憶を自ら引き出すことが出来るものは、ほぼおらぬそうじゃ。それを私にぶつかった拍子に触れる神力で思い出すらしくて……、まぁ思い出すと常世とこよに居ることに耐えられなくなった魂が幽世かくりよへと飛ぶ。事故だったので飛ばされた三人は向こうかくりよでちゃんと世話をしておる」

「それが『とほかみえみため』?」

「さよう。あれは我ら八百万の神々への祝詞のりとじゃ。先祖の記憶を思い出した者が謳うにふさわしい言の葉というわけじゃな」


 うんうんと頷く桜木命は祝詞の意味を噛みしめるように、もう一度ゆっくりと口に出して唱える。


『とほかみえみため』


 言葉が力を持つ瞬間、桜木命を彩る桜が強く輝いた。生暖かい風に舞う桜吹雪は大きく形を変え、鳥を模して飛び立つ。桜の花びら一枚一枚が光を放って、一羽の鳥が光を放ちながら満月に向かって消えて行った。

 その瞬間、夜が空ける。

 校庭でNPCアバターを交えて練習をする弱小野球部の声が響き、校門を出て帰っていく生徒たちのざわめきが戻ってくる。もはや生ぬるい風は吹いていない。弱に調整された11月の弱い日差しが、全く温かみも無く4人を照らしている。


「さて、それでは約束を違えるでないぞ。私の正体を当ててみよ。期限は期末テストが終わって次の登校日、他の人間に助けを求めてはいけない。見事私の正体を当てられたら、どちらかを伴侶にするというのは見送ろう。しかし当てられなければ、小野小春、三輪海人、いずれか私の伴侶として幽世かくりよに来てもらう、しっかりと支度をしておくがよい」


 呆けている三人を置いて、桜木命は颯爽と立ち去って行った。

 幽霊を信じるかと問われたら海人は信じないと答えることにしている。だが、神様を信じるかと聞かれたら、今なら信じたくなくても信じざる負えないと答える。これまで妖怪だの霊力だのというオカルトはどれも妄想の産物だと思って横置きして生活してきたのだが、そうもいかない。

 桜城命が去った学校の屋上は、オレンジ色の夕日に照らされていた。呆けた表情で座り込む海人と竜二、そして俯く小春。三人の影は長く伸びていた。


「どうしよう……」


 ポツリと小春がつぶやいた。本当に、それぐらいしか言えない様子だった。


「神様の正体なんてな……。どうやって調べりゃいいんだ」


 海人は肩から力が抜けて、茫然とオレンジ色の空を見上げる。何時なのか分からなかったが、そろそろ帰宅ログアウトしなければいけないのだが、全く動く気が起きなかった。


「他の人に頼らないっての、無理じゃね……?」


 竜二もまた頭を抱えていた。この中で一番オカルトに精通している彼ですら、皆目見当がつかないのか溜息すら出て来ない様子だった。

 茫然自失。三人はお互いにあらぬ方向を見ながら、どうしてこうなったのか、あるいはどうしたら助かるのかと、回らない頭で何度も思い返す。だが誰も打開策を打ち出せないまま、一段と影が長く濃くなっていった。


「おい、お前たち何してるんだ。さっさと下校しろ」


 見回りの先生に見つかってようやく重たい腰を上げた三人は、「じゃあ」「うん、またね」とお互いに気のない挨拶だけを残してようやくログアウトした。すでに時計の針は18時を回っていた。

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