第18話 ゲームする神様
「さあ、どうする。どちらが私の伴侶として
ずずいと半歩にじり寄る桜城命に対して、海人はぎりりと奥歯を噛む。足元には仰向けに引き倒されたまま、謎の力で動けない竜二、隣には動悸を押えるように胸の前で拳を握る小春の姿があった。
「なんで俺か小野さんがお前の伴侶なんかに……」
伴侶ということは結婚しろと言っているということ。そうでなければ竜二のアバターを消すと脅してきている。
と、声に出してみてふと一つの疑問が湧いた。
「そうだ。どうして俺か小野さんなんだ? お前女なんだから、俺はともかく小野さんは同性だから普通は違うんじゃないのか?」
同性婚の可能性を否定しないわけではない。が、ただそれにしたってなぜ男女二人のどちらかを指定するのか、そしてどうしてこの2人なのかが分からない。
時間稼ぎ。そうだ、疑問をぶつけて時間を引き伸ばして誰かがここへ助けに来てくれることを願おう、と海人は必死に頭を動かし始める。ふとあの紳士的な猫の用務員さんが助けてくれるんじゃないかと、淡い期待が頭をよぎった。
だが、質問した相手と違う方向から声をかけられる。信じられないという顔の小春が隣にいた。
「三輪君には桜城さんが女子に見えてるの?」
「どういう意味?」
「私には桜城さんは、男子に見えてるんだけど……?」
えっという声が竜二と海人の両方から上がった。
「竜二、お前は女に見えてるのか?」
「み、見えてるよ! ショートカットの超絶美女だろ? 目つきの悪い」
「はぁ?それはお前の好みだろ? 黒髪ストレートのポニーテールじゃないのか?!」
「それこそお前の好みだろ馬鹿!」
緊迫した場面なのに、男子高生2人は必死で墓穴を掘りあう。だが表情は必死その物。他方、小春だけが何も言えず、目を見開いて言い合う2人を交互に見やった。
その慌て方が面白かったのか、ここへきてようやく桜城命は笑った。それは自分を認めていなかった者たちがようやく何かがおかしいと気が付いて慌て始めたからなのか、嘲るような笑い方だった。ひとしきり高笑いをした後、自信に満ちたような顔で海人たちに向き直る。
「当たり前だ。私の姿はお前たちのアバターとは違う。己が伴侶を見つけるためならば、その者の好みの姿に見えるようにするぐらいのこと、生まれたての私とて造作もない。どうだ、お前たちの好みの外見は? 私を愛おしいと思って着いてくるのはどちらの人間だ?」
両手を広げてクツクツと笑う。どんなに綺麗な外見をしていようとも、海人にはなぜか受け入れがたいものがあった。好みであったとしても、好きとは全然違う。その決定的な差を理解していないこと自体が嫌悪の原因だと気が付いた時、この自称神様とは上手くやっていけないと確信した。
しかしだとしたら差し出すのは小春の方になってしまう。あるいは竜二か。どちらも失いたくはない。何か手だてはないのかと拳に力が入った。
「……こんなのフェアじゃない」
海人は声を絞り出す。そうだ、まったく対等の条件などではない。
「ふぇあ?」
「平等じゃないって意味だ。神様ってのは、こんな絶対に勝てる無理難題を押し付けるのが趣味なのか?」
「なに?」
桜城命の顔から笑みが消えた。口を真一文字にして、グッと睨み付ける。かろうじてそのまなざしを受け止めて、海人はもう一度口を開いた。
「伴侶に来いと言う割に、俺たちには断る方法が無いじゃないか。これはアンタが勝つのが確定している遊びをしているのと同じだ。神様なのに人間相手に随分と弱気じゃないか」
桜城命は沈黙した。ひどく不機嫌そうな顔をして、一層睨む目に力が入る。目を逸らしたら食われるような危機感を感じながら、それでも海人は睨み返した。本当に相手が神様であれば、実際に神様のようではあるのだが、とんだ罰当たりもいいところだ。
「桜城さん、いいえ、神様って呼んだ方がいいのかな。私も三輪君と同じ意見。私たちには選択肢がないのって、伴侶を選ぶとは言わないわ。それはただ奴隷を連れていくのと同じこと。天照大神様が何と言ったのか分からないけれど、こんな不公平な難題を出して私たちの誰かを連れ去る方法が神様のやることなの?」
小春の口から紡がれた言葉に、桜城命は睨む力を緩めた。アマテラスの名を出したからなのか、目線を逸らして少し考えるように俯く。その間に海人は目線を送ると、小春は力強く、しかし小さく頷いた。
「それにこんな難しいこと今すぐ決められるようなことじゃない。俺たちには時間が必要だ。せめて俺たちに何か抵抗できる条件を出してくれ、考える時間を俺たちにくれないか?」
後から考えてみれば神様に条件を交渉を要求するとはおかしな話だった。だが、相手は今の段階ですら圧倒的に上位に立っている。だとしたら、少々のハンデは背負ってくれてもいいんじゃないのかと心の底から願うしかなかった。
しばらくの間、桜城命は難しい顔をして考えあぐねていたようだった。だが大きく一つため息をつくと、
「よかろう。確かに常世から連れ去ってくれようと言うのに無理強いするのも難ではある。だとしたら、こうしよう。私の正体を当ててみよ。ただし、他の人間に頼ってはならぬぞ」
「正体?」
海人は首をひねった。すると隣にいた小春は分かったような神妙な面持ちでうなずく。
「つまりね三輪君。八百万の神々って、それぞれ何の神様なのか司るものがあるってことなの。例えばさっき話に出てきた天照大神は太陽の神様。他にもトイレの神様とか台所の神様とか、日本には米粒の神様までいるの。だから八百万、たくさんいるって意味なの」
「つまり俺たちはその八百万いる神様のなかで、こいつが何の神様なのかを当てなきゃいけないのか……?」
「さよう、私の正体を見事当てれば、無理強いするのは止めるし、そなたらの友人も返してやろう。正体が分からなければ、どちらかに伴侶となってもらう」
もったいぶった口調で言った桜城命は、しかし名案だと思ったのか力強く笑った。そう、この神様は楽しんでいる。相対する人間側にはそれが良くわかった。
昔から日本の神様は相手を試すようなことをたくさんしてきたものだった。まさしくその気質が現代に復活したというところ。
「期限はそうじゃな……、確か教員がこの間言うておったが期末試験というものが12月の半ばにはあるそうじゃな? それが終わって次の登校日というのでどうじゃ?」
現在11月22日、期末試験は12月10日からの4日間。その後試験休みが3日間あって、テストの返却は12月19日。期間にしておよそ4週間。意外と猶予をくれている。
「分かったわ。それまでにあなたの正体を絶対に暴いてみせる」
答えたのは、渋い顔をしていた海人ではなく小春の方。覚悟が決まった顔をして、真っ向から桜城命を見据えて言い放った。
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