第16話 屋上での話

 それから2週間あまり、竜二と海人と小春の3人は何度も桜城命の動きを目の端に捉え続けていた。しかしどうしてもふと見失う。なぜなのかは分からなかったが、角を曲がった時、トイレに入った瞬間、顔をそむけたとき、様々な場所と時間と瞬間に桜城命は姿を消した。だが、それを不思議に思っている者はおらず、追っている3人だけが毎日額を突き合わせて首を傾げる始末だった。

 七不思議についてはまるで何も進展していなかったが、3人の関係には一つ進展したことがあった。それは相談のために昼休みに屋上に集まること。誰からともなく提案があって、情報交換と相談がてら集まっては雑談をするようになった。本来であればお弁当を持って行くところだが、あいにく食べるものは現実リアルの方にある。

 もとより早食いの男子二人は10分とかからずにお昼を平らげ、いそいそと再ログインして屋上へ向かう。だがどうしてだか小春がいつも一番乗りだった。


「昨日は校門を出て右手の公園、あそこ曲がったところで消えたな」


 屋上からだと学校の周囲がほぼ360度見渡せる。竜二が指差す西側にある公園のオブジェには子供は遊んでいないが、カラフルな遊具が立ち並んでいた。


「今日は私が後ろ着いて行ってみるね」

「小野さんお願い」


 何度も顔を合わせるうちに海人は小春への受け答えがスムーズにできるようになっていった。慣れって怖いなと思う反面、ちゃんと会話が出来ていることが嬉しい。

 屋上に降り注ぐ日差しが弱に設定されたのか、11月に半ばに入ってからはうすら寒いような気がしてならない。だが脳が感じる気温データは、現実に体が置いてある場所が感知されるような設定のため、なんだか不思議な状態になっていた。


「それにしても、葦原先輩は何で一目見て好きなタイプじゃないって言ったんだろうなぁ」


 先輩の言うことは絶対主義の海人であっても、これだけ一人の人間を追い続けているのを指示している本人が参加しないというのは、なんとも不公平な感じがしてならなかった。

 あれから先輩は5回あった研究会には顔を出していない。1回はまたも風邪で休み、あとの4回は毎回違う用事を付けていなくなってしまう。どうやらすぐさま家に帰っている様子だった。


「それね、逆なんだけど、私は実は先輩の好みのタイプらしいの」

「えッ」


 海人が頭のてっぺんを突き抜けるような素っ頓狂な声を出す。声には出さなかったが竜二は目をカッと見開いて振り返る。2人の反応を見て小春は言葉の意味を自分でもう一度咀嚼して、一拍おいたのちに頬を染めて両手をブンブンと振った。


「ちがうちがう! 変な意味じゃなくって!」

「違うって、え、うん。違うと思うけど、どういう意味で好みのタイプ……?」

「なんかね、先輩は波長が合うタイプがいるらしくて、私がその波長が合うタイプの人間なんだって」


 言われて、そうだよね、そうですよねと男2人はほっと胸をなでおろした。どうにも男前すぎる美人な先輩相手では、いかに性別の壁があろうとも分が悪い気がして真っ向から対抗しようとは思えなかった。

 気を取り直した竜二が腕を組んで首を傾げた。わざとらしく咳払いを一つ。


「ってことは、桜城命は葦原先輩とは波長が合わないタイプってことか?」

「波長ってのがよくわからないけど、要は馬が合わないとかそういうこと?」

「そうだと思うけど、私にもよくわからないんだよね。あ、でも三輪君のことも波長が合うって言ってたよ」

「お、おう。それはありがたいんだか何だかな」

「俺のことは何か言ってなかった……?」

「日下部君のことは聞いたことないなぁ」


 竜二からの視線が若干痛い気がしたが、おそらく気のせいだと思って海人は竜二とは目を合わせなかった。しかし何をもって波長が合うというのかは分からないが、どうやら気に入られている様子。

 全国仮想体育競技会のチケットを融通してもらった挙句、小春への下心がバレているので嫌われるよりはマシというところだ。


「そういえば話変わるけど、 全国仮想体育競技会って来週末だっけ?」

「いや今週末、って言うか明日」


 海人は即答する。竜二がふとスケジュールアプリを開いてスクロールした。海人はすでにスケジュールアプリを穴が空くほど何度も見て確認していたので、再度確認するまでもなかった。


「そうそう。明日も三輪君に会えるね」

「二人とも楽しんで来いよ」

「日下部君は来ないの? チケット2枚あるって言ってたじゃない」


 そういえば、と海人は自分のバーチャル端末を開いてチケット画面を見た。小春を誘う口実だったので竜二は2枚確保してくれたわけで、つまり1枚余っている。


「いや、俺はいいよ。バーチャル競技あんまり興味ねーし」

「そっかぁ残念」


 そんな他愛ない話をしているうちに予鈴が鳴った。


「教室帰るか」


 誰からともなく屋上のドアへ歩み寄っていくと、アルミ質の銀色が反射する。内側から扉を開ける者がいた。これから午後の授業が始まろうというこの時間に、なぜ屋上へあがろうとするのか。不可解に思いながらも海人はサッと脇へよけた。

 だが空いた扉の向こうにいたのは桜城命、その人。走ってきたのか肩で息をしている。黒い髪が頬に張り付いていた。今日はまた低いポニーテールだった。


「えっ」


 予想外の人物に普段通りに言葉を発することが出来ない。今は何も悪いことをしているわけではない。むしろこれから教室へ戻ろうとしていたところだ。だが、苛烈な瞳で見上げられると言葉を封じられているかのような圧迫感があった。


「桜城さん、もう予鈴鳴ったよ。私たちも教室帰るところ」


 少々の焦りを見せながらも、小春は冷静を装い話しかける。どうにか桜城命を動かさねば、3人は教室へ戻ることができないのだ。


「ごめん、ちょっと急ぐからどいてもらえるかな」

「お前ら3人、放課後に話がある。他の人間は連れてくるな。連れてきたらからな」


 矢継ぎ早にそれだけ。桜城命は吐き捨てて踵を返した。唖然とする残された3人。どうやら尾行がばれたらしい。

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