第15話 芦原いずもの嫌いなタイプ

 あくる日は11月4日。月曜日だというのに芦原いずもは登校してこなかった。同じクラスの先輩によると風邪だという。

 その割に次の日、ゲッソリとした顔の芦原いずもは、一応登校してきたものの疲れ切った顔をしていた。


「大丈夫ですか先輩」

「あー……うん、ちょっと疲れただけ……」


 風邪の疲れ方とは何か違うなぁと思いつつ、日曜日に起こった一部始終を伝える。動画は削除させられてしまったのでなかったが、それでも用務員だという話のオチにある種の納得をして、新しい協力者に満面の笑みを浮かべた。

 学校には侵入と同時にばれたこと、実際にしゃべるキジトラの猫がいたこと、だがそれは用務員さんの巡回用アバターであったこと、そして同じようにしゃべる猫を追っていた小野小春がオカルト研究会に協力することになったということ。海人はまさかこんなことになるとはと思いつつも、小春と特別な接点を持てたことに言い知れぬ喜びを感じていた。顔に出すまいとしていたが、意識していないとどうしても口元が緩む。何度か竜二から肩を叩かれてハッとする、を繰り返していた。


「ってことはあとはもう教職員の世迷い事みたいな七不思議しか残ってないってわけだ」


 お手製のスクラップファイルを手に、葦原いずもは難しい顔をしていた。6つ全てを知ると現実リアルに戻れなくなるという、葦原流七不思議の残りは、『満月の夜に屋上へ上がる階段が石畳になる』『美術室の石膏像が会話する』『学校のどこかに鳥居が建つ』『アバターが消えると現実の意識も消える』『プールに人影が映る』の5つだ。


「先輩、石膏像なら動画録画アプリ仕掛けておけば侵入しなくても見られるんじゃないですか?」


 このオカルト研究会がいる生物室に来てからというもの、小春はクラスの時と打って変わって活発な印象が強い。どうもクラスの中ではクラス委員というお堅い立場からなのか、しっかりしなきゃという自制が働いている様子だった。


「そう思って昔やったことがあるんやけど、何も映らなかったのよ」

「あれ、全部動画確認するの大変でしたよね」


 相槌を打つ竜二は苦笑いをしている。何十時間にも及ぶ美術室の動画を二人で延々と確認した過去があるらしい。


「じゃあプールの方は?」


 今度は海人が映像繋がりということで、大昔の人の姿が映るというプールの七不思議を挙げる。だがこれにも葦原先輩はかぶりを横に振った。


「同じくプールもやったけど空振り」

「手詰まりじゃないですか。あとの石畳と鳥居は侵入しなきゃ確認のしようがない」


 だよなーと竜二も腕を組んだままうな垂れた。せっかく小春という4人目のオカルト研究会の準部員が現れたというのに、これでは手の付けようがなかった。

 沈黙した4人の間に冷たい秋の風が吹きこむ。実際、空気の五感は感じられなかったが、それでも手詰まりのところに冷たい空気が落ち込んできたようだった。

 正直なところ海人にとって七不思議が解決しようが迷宮入りしようがそれはどうでもよいことだった。というか、どちらかと言えば永遠と解決しないでほしかった。小春とようやく作れた接点。無理やり付いていくことになった全国仮想体育競技会よりも、ずっと密度が高いこのオカルト研究会の場を出来るだけ長く続けていたい。そう考えて何が悪いのかと、彼は解決しないことの方を切に願った。


「しいて言えばですけれど……」


 おずおずと小春が手を挙げる。ぴくりと右の眉だけ上げた葦原いずもが、目線で彼女に先を促した。


「アバターが消えるっていう七不思議だけは、当事者と接触できますよね」


 ふと忘れていた桜城命の顔が脳裏に蘇った。浮世離れした、桜を背負った転校生。確かにあの人物ならば学校に忍び込むような真似をしなくてもいいし、わざわざアプリを仕掛けたりする必要もない。直接会って問いただせばいいだけ。


「とりあえず、桜城命の動向を探るぐらいしかできることは無いっか……」


 丸まった背中を伸ばしながら葦原先輩は立ち上がった。竜二と小春は分かりましたと言わんばかりに頷く。解決しなければいいのにと願っていた海人だけが一拍遅れて、頭を縦に振った。


「残念ながら僕は上の学年だから四六時中その転校生を見ることは出来ないので、主体的に観察してもらうのは君たち三人に頼むことになる。けど、いまその転校生って部活探してるんやろ。できれば陸上部にでも誘導しておいてくれへん?」

「それが、残念なんですけど、調理部に決めたって今日言ってきまして……」


 部活の種類と見学方法について教えていたのは確かにクラス委員の小春だった。転校からすでに2週間が経とうとしており、文字通りすべての部活を見学した桜城命は今日の終礼の後に小春をしばらく独り占めにして入部届の書き方を指南させていた。それから、見た目だけの可愛い料理データを作成する調理部にいそいそを行ったのであった。

 いつも中途半端な位置のポニーテールだったのに、なぜか今日は髪を下していて、今日に限ってイメージチェンジなのかなと思ったのを海人は記憶していた。


「はぁ? なんであんな無意味な部活に」

「それがどうもお母さんに食べさせてあげたいとか? 入部届の出し方をさっき教えたばっかりです」

「ほんっと変なやつやな。食べたって味も素っ気も無いやろ」


 芦原いずものため息とともに今日のオカルト研究会はそこまでとなった。めいめいカバンを持った中で、海人だけがレジストリを確認する。置き勉の必要はないので全部入れれば済むことなのだが、どうしてもこの癖だけは抜けない。

 

「海人、行くぞー」


 何度見ても実際の物体が存在しないカバンでは忘れ物がありそうで、背負い直しても重みが足りない気分だった。

 生物室は校舎の一番上、4階にある。他愛もない話をしながら昇降口へと向かう階段には、まだ5時前だからか生徒が何人も行き来していた。部活の最中に何か必要があって階段を昇る者もいれば、これから図書室へ向かう者、あるいは何をするでもなく友達としゃべっている者もいる。

 そんな何でもない放課後の風景を、うわ!という叫び声と幾人かの悲鳴が切り裂いた。

 途端、竜二と葦原は階段を下る足を速め、慌ててその後ろを海人と小春も付いていく。最後には3段飛ばしで着地するが、リアルほどの足への痛みは無かった。

 声の発生源は2階と3階を繋ぐ踊り場。2人の生徒が倒れていた。


「また桜城命……?!」


 思わず声に出してから、しまったと口を押えるが、周囲の見知らぬ生徒たちはパッと海人の方を見た。倒れている片方は下ろした髪が乱れた状態で尻餅をつく桜城命。

 もう一人の男子生徒に見覚えはない。倒れ込んで動かない生徒の方に駆け寄った友達と思しき数人に、海人は見覚えが無いところから恐らく別の学年の誰かなのだろうと推測する。


「あれ、3年生だ」


 ボソッと言った葦原いずもはやけに渋い顔をしている。


「尻餅付いている方が例の桜城命?」

「そうです。もしかして初めて見ました?」

「こんなに近くでは初めて見たけど……」


 眉をひそめるよりもずっと強い目線、まるで睨むかのような。葦原先輩の目線に気が付いたのか、茫然としていた桜城命が、階段の上にいたオカルト研究会の4人組の方を見た。その瞬間、明らかにハッと目を見張る。

 起き上がって何か言おうとしたとき、3人目のアバターがまたも消えた。


「とほかみえみため」


 やはり残す言葉は同じ。にっこりと笑って、何かに満足したようにアバターが光の粒子となって崩壊していく。


「おい! 1年のお前どういうことだこれは!!」


 周囲の三年生たちが寄ってたかって桜城命に掴みかかろうとする。運悪く通りかかった先生が間に入っているが、双方もみくちゃになっていった。


「ちょっと、悪いんだけど」


 その様子を階段の上から見ていた葦原いずもが一歩後ずさる。顔には薄い笑いが張り付いていた。


「あいつの監視は君たちに一任してええかな」

「……先輩?」

「あいつ嫌いなタイプ。見るのも好かんわ」


 そういって足早にもう一つの階段の方へと歩いて行く。その背中を、海人や小春はおろか竜二ですら声をかけられず、見送ることしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る