第14話 二人目の協力者

「……追い返されちゃったね」


 公共バーチャル空間にあるカフェ。四人がけのテーブルには、三輪海人と日下部竜二、そして小野小春が私服で座っていた。それぞれの手元にはコーヒーが一杯ずつ。海人は見栄を張っていつも入れている砂糖もミルクも入れずに、黒く反射するコーヒーの水面とにらめっこしていた。

 何もしゃべろうとしない、あるいはしゃべれない海人をちらりと見て、ため息を隠しながら竜二が相打ちを打ちながら返す言葉を探す。普通ならば同じクラスの二人の方が話をしやすいであろうに、いきなりの私服でカフェという展開に、海人は完全に沈黙していた。


「でもさ、小野さんがまさかあんなことする人だとは思ってなかったよ」

「どうしても、しゃべる猫さんにもう一度会いたかったの」


 いつもと違う髪型の小春を見た時、海人はふと『ポニーテールもいいけど髪を下しているのもかわいい』などと考えてしまい、そこからなかなか直視が難しい。

 彼女の手元にはキャラメルラテ。ここ最近新発売されたばかりの味だった。


「既に侵入している人がいるとは思わなかったよ。二人とも行動派すぎない?」

「オカルト研究会の先輩っていうか、葦原先輩に頼まれてさ。なぁ海人」

「お、おう」


 察して話を振ってくれる竜二には悪かったが、どう反応してもいいのか分からなかった。何を言ったらいいのか分からず、手持無沙汰になってコーヒーをちびりと飲む。無論バーチャル空間での飲食は実際に飲んでいるわけではない。脳のいずこかでジワリと苦みを感じた。


「でも小野さん何で猫のこと知ってたの?」

「実はね、前に部室棟に行くとき通用路、ほらこの間二人と会ったあそこね。あそこをたまたま通ったら目の前を独り言を言う猫が通ったのを見たの」

「もしかして葦原先輩に七不思議話したのって小野さんだったの?」

「そんな怪談話をするつもりじゃなかったけど、その雰囲気だと先輩が勝手に七不思議にでっち上げたみたいだね」


 小春の方はけろりとしていたが、竜二と海人はお互いに渋い顔を見合わせた。何のことは無い、小春が見た猫の用務員さんを七不思議に勝手に入れて偵察に行って来いだなんて、先輩も人が悪い。というか段取りやら創作の手順やら、いろいろとオカルト研究会としては間違っている。


「喋る猫を見て以来、毎回通用路を通るようにしているんだけど全然会えなくって。だから何度か休みの日に学校の周りをうろうろしてたんだけど、校庭の奥の方に動く影が見えたの!」

「それで校門越え?」

「そう、ついうっかり頑張って越えちゃった感じ」


 ついうっかりなんて言葉でごまかしてはいるが、完全に小野小春は確信犯の笑みを浮かべていた。クラスでは清楚系で通っているだけに、このギャップはなかなか信じられない。海人は思わず竜二の方に同意を求めるように顔を向けたが、同じように間の抜けた顔をした竜二の横顔を見て声をかけるのをやめた。

 その間も小春は学校にいる時とは打って変わってはしゃいでいる。何とも言えない、楽しそうな雰囲気。つまらなくされるよりはずっといいのだが、特別仲がいいわけでもないクラスメイトの男子とクラスメイトですらない男子の二人組と会って、どうしてここまで嬉しそうなのか、よくわからなかった。


「で、結局あのしゃべる猫って何だったの?」

「用務員さんの巡回用アバターだってさ」

「なぁんだ」


 彼女はがっかりしたように肩を落としてため息を吐く。


「もっとワクワクするようなこと期待してたの?」

「そうだったらいいなって。ファンタジー的な何か……って、ちょっとコレ皆には内緒ね。変な人扱いされそう」


 なんて言いながら笑う彼女はやっぱり楽しそうだった。しばらくは他愛のない話ばかり。どれだけ猫が好きかとか、用務員さんの巡回用アバターがなんでネズミじゃなくって猫なのかとか、そんな話ばかりしていた。

 その間もほとんどの会話の相手は竜二で、海人は時折相槌を挟むだけ。口寂しくなるとコーヒーを口に少し含んでは、脳が感じる苦みに後悔を覚えていた。


「話を聞いているとオカルト研究会って楽しそうだね」

「小野さんも入る? 海人もそのうち入ってくれると思うんだけど」

「おい、俺は将棋部と被ってるから入れないって何度も言ったろ」


 ようやく口を開けば、しゃべる相手はもっぱら竜二。この分だと今度の全国仮想体育競技会までには、どうにか一人でもちゃんとテンパらずにしゃべる練習をしておく必要がありそうだった。


「まぁとりあえず、七不思議の謎の一つは解けたって感じだけど、先は長いなぁ」


 竜二が腕組みをしてカフェの天井を見上げてため息を吐いた。もう休日に学校に侵入する手段は使えない。しかも一番簡単そうな喋る猫の案件が終わったばかり。あとの5つは教職員が見たというだけの、つまり平常の学校では見られない現象ばかりだ。ほとほと先が思いやられる。


「ね、面白そうだから私も協力してもいい?」


 小春はさも当然のように言った。しかし男子二人はまさかという顔をする。


「小野さんが?」

「な、なんで?」

「面白そうだから?」


 そんな理由で?と言いかけて、気が変わらないようにこれ以上追及する文言をグッと口の中に戻す。意外なところから強力な協力者が得られるチャンス。これを不意にすれば、男子二人で入り込めない場所に葦原先輩に入れと強要された場合など大変な惨事が予想される。――たとえば女子トイレとか。


「それに、なんかこう高校生っぽくっていいなーって、話聞いてて思ったの」


 この七不思議を追いかける話のどこらへんに高校生らしさを感じたのか海人には全く理解できなかったが、もはや後には引けなくなっていた。月曜日に今度は葦原先輩を含めて会う約束をしてからカフェから出る。小春と別れるや否や彼は口を開いた。


「俺も、オカ研に協力してやるよ」


 竜二の顔を見ることはできない。十分に分かっていて、にやける口元を隠しながら竜二は答えてくれた。全くいい幼馴染である。


「協力ありがとうな海人」


 そういってポンと肩を叩かれた。

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