第11話 学校の七不思議

「元々、あの変な転校生について調べようって僕が日下部に言うたんは、七不思議の一つがアバター消失事件と被ったからやったんよ」


 そういうと先輩は先ほどの分厚いスクラップファイルの内側に貼ってある紙を見せた。そこには六つの、海人から見ればただ変なだけの、七不思議が書かれていた。


1つ、満月の夜に屋上へ上がる階段が石畳になる

2つ、美術室の石膏像が会話をする

3つ、しゃべる猫がいる

4つ、学校のどこかに鳥居が建つ

5つ、アバターが消える

6つ、プールに人影が映る

7つ目を知ると現実リアルに戻れなくなる


 どこの学校にも七不思議や怪談の類の話はあれど、これほどまでにもっともらしい七不思議もなかなかない。海人は眉間に寄せたしわを伸ばせないまま、七不思議を穴が空くほど見つめるしかなかった。

 そもそも、なぜ最先端の技術をつぎ込んだはずのバーチャル空間にこんな怪談話が発生するのか、それ自体がまずおかしいのだと突っ込まなければならない。一言で片づけるなら、たぶんバグなのだから。

 ただ、それを海人が口にするには後の二人の目の輝きが邪魔だった。どうしてもこのアバター消失事件を怪異か何かと結び付けて考えたいのか、葦原先輩と竜二は自分の思い通りになるように話を盛りつけていく。


「こんなん普通は無いって思うやろ? でも実際に5つめが発生した。ただのバグで片づけるにはちょっと強引すぎやしないかと思うてな」

「ふつーにバグだと思いますけど……」

「ほな三輪ちゃんコレ知ってたか?」

「まだバーチャルの学校通い始めて一年たってない人は知らないですよ」

「そこがおかしいんやってば」


 言われても分からずにますます眉をひそめる。首を曲げるとパキパキと音が鳴りそうだ。通常のアバターにはそういう機能は付いていないのだが。


「普通はな、怪談とか怖い話とかは、まず先に生徒に広がるもんやん」


 言われてふと思う。確かに美術室の石膏像が動くとか、生物室の人体模型が走るとか、そういった類の話はリアルの中学に入ってすぐに耳にした。クラスには大体1人か2人は噂話好きなやつがいて、どこからかそんな話を拾ってきてはドヤ顔で話をするものだ。ところがバーチャル高校に来てからそれはない。


「4月からバーチャルに通い始めた俺が知らないってのが、たまたまではないと?」

「この七不思議聞いたの、ほとんど先生相手やし」

「って、七不思議作ったの先輩なんですか」

「うん。オカルト大好きやから、聞いた話集めて作ってみた」


 うわぁと海人は天を仰いだ。七不思議はもっとこう、何代も前の先輩から口伝されてくるようなものだとばっかり思っていた。ところが初めて発生源を目撃してしまったわけだ。しかも作った理由はオカルトが好きだから。これだとどれが本当でどれが嘘であるか、本人しかわからない。


「って、え? 先生に聞いた?」

「逆に学生はほとんど聞いてないわ。僕は先生によぉ顔が利くから、なんか先生が困ってることないかなーと思って話聞いたら、これだけ不思議なことがぎょうさんでてきましたよってこと」


 生徒が言ったことにはあんまり信憑性はないが、先生が言ったことなら本当に何かあったのではないかと考えたくなるのは大人の権威の影響だろうか。噂話の出処を知った海人は少し居住まいを正して、腕を組み直した。

 それでも眉唾物なのは間違いない。大体から6個目のプールに人影が写るって何だ、と首を傾げる。


「まぁこれな、詰まるところ普通の学生には噂が広まらない場所や時間にこれらのバグが発生してるってことやろ」

「先輩、バグって言ったら雰囲気台無しっす」

「日下部っちめんごめんご」


 そろそろ令和の時代が終わろうというときに、古風な謝り方をする先輩からは若干昭和の匂いがした。意外と葦原いずもは着物が似合うタイプかもしれない。


「ただこの中で唯一、生徒から聞いたのがしゃべる猫の話や」

「3つ目ですか」

「実際のところ順番はどうでもええねんけどな」


 順番降っておいてそれは無いだろうと言いたいところだが、確かに順序はどうでもよい。大切なのは内容だ。


「普通に学校生活送っていても猫のオブジェクトに遭遇することはまずない。よって今度の日曜日に学校に忍び込んで猫探しするで」


 そう意気込んでいる葦原先輩には申し訳なかったが、海人の脳裏には部活中グラウンドの隅を歩く猫の姿が浮かんでいた。

 あの時将棋の相手をしていた山田だって、猫はなぜかいるって言ってたわけなので、バーチャルの高校生活で猫と遭遇することはあり得る話。よって申し訳なさそうに手を挙げて、先輩に発言の許可を得る。


「俺この間猫見ましたけど……」

「どこで?!」


 黙って聞いていた竜二と、ここまでほぼ不敵な表情を変えてこなかった葦原いずもが同時に海人に詰め寄る。勢いに慌てて手を振る。言われてみるとあれは見間違いだったかもしれないと、そんな気さえしてくるのだから不思議だ。


「見間違いかもしれないんですけど、この間の部活の最中に窓から。たしかグラウンドの隅っこの方を……」


 そういって生物室の窓から外を見た。グラウンドの端は低木が植わっていて、陰になっている。今は特に何かが歩いている様子は無かった。


「よっしゃ、竜二。信憑性高まってきたなぁ!」

「楽しみっすね先輩! 今度の日曜日っていうと、11月3日か」

「え、まじ?」


 この美女も間の抜けた顔をするのだなぁと感慨深く、海人は葦原いずもの顔を見た。慌てた様子で先輩は手帳アプリを起動する。今日は11月1日、霜月だった。


「あかん忘れてた。11月3日から予定詰まりまくってるわ。動かせへん予定やしなぁ」

「んじゃその次にします?」

「いや、26日までは基本出歩けないんや、あかんねん……うーん」


 意図してみるつもりはなかったのだが、海人はちらりと先輩のスケジュールアプリの画面が見えてしまった。11月の前半にはみっちりと赤い文字で予定が大量に書かれている。家庭環境が特殊なのかと海人は一人勝手に納得しておいた。


「日下部っち、三輪ちゃんと二人で行ってこいや。善は急げ、思い立ったら吉日。ただし動画アプリは忘れんなよ」


 これが先輩でもなければ確実に断って逃げ出しているところだが、チケットを融通してくれたこともあってか海人にはどうしてもハイとしか答えようがなかった。仕方なくその場でスケジュールアプリを起動して書き込む。


『11月3日(日) 学校探検』


――高校生にもなってこんなあほな予定が入るとは思わなかった……。


 それ以上の厄介事を押し付けられる前に海人は生物室から出る。こういうことは嫌いじゃない。嫌いじゃないけど、普通の高校生がするべきイベントじゃない。

 海人はどこかでそう思って、そして何も起こらないであろう、何も起こるわけがないとどこか諦めを感じていた。

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