第10話 二人だけのオカルト研究会

 あいにくその日は将棋部はなく、逆にオカルト研究会の活動日だった。文化部の部室棟というものは無かったが、どこで活動しているかはなんとなく知っていた。生物室へを足を急がせる。


「竜二、あ、日下部来てますか?」


 何度か竜二から入部に誘われ、将棋部に加入した後も兼部のお誘いをされていたが、オカルト研究会の場へ顔を出すのは初めてだった。一体何をしているのか分からないので少しだけドアを開ける。怖そうな先輩がいたらと思うと、なんとなく恐かった。


「はいはーい、竜二日下部いますよー」


 一気にドアを開け放たれ、誰が訪ねてきたのか丸見えになった。驚いて一歩下がった海人に対して、生物室には上機嫌な竜二と、不機嫌そうな陸上部の女の先輩がいた。


「よう、小野ちゃん狙いの、なんて言うたっけ?」

「三輪です……三輪海人」

「そうだ三輪ちゃんやったな」


 きれいで不機嫌な先輩が不敵な笑みを湛えて足を組み直す。その姿は映画のワンシーンのように優雅だった。


「そういえば自己紹介しとらんかったね。僕は葦原いずも。陸上部とオカ研を兼部しとるんや。よろしくぅ」


 笑うだけなら綺麗な先輩だなと思うのだが、その笑みは魔女のごとき悪役の臭いがする。しかもアバターで活動しているとはいえ初めて見る僕娘ぼくっこ。一度会ったら絶対に忘れられない人物だ。

 ぺこりと会釈はするものの、なんとなく居心地の悪さを感じる。二人だけのオカルト研究部に来てしまった罪悪感が海人を部屋の外へと押し戻す。だがそんなことはお構いなしに竜二は海人を部屋の中へと引っ張り込み、ぴしゃりと生物室のドアを閉めた。


「海人がわざわざ来てくれるってことは、何か情報掴んだってことだろ?」

「そうだけど……。いま一応部活中じゃないのかよ?」

「ええで、三輪ちゃん。あの有名な転校生の話やろ? 僕ら調べてたところやから丁度いい」

「なんで桜城命のことを調べてるんですか?」

「季節外れの転校生やら、人が消えるやら、こんなネタ、オカ研が出張らん理由がないやろ」


 そう言われてしまうとどうしようもない。この情報がどれだけの価値を持つのかもよくわからなかったが、海人は今日の休み時間に男子二人と桜城命の間で交わされたやり取りをざっくりと説明した。

 ログアウトしている様子が無い桜城命は恐らく病院から通っている何らかの病気の生徒だと考えていた。しかし今日の会話からは、東京で行われるリアルイベントに行けるような状態であると自分で言っている。この辻褄の合わない行動と発言の間にはどういう謎があるのか、海人には気持ち悪さだけが残ってなんだか嫌な感じがしていた。


「確かにそれはなんか変だな」

「ちぐはぐやねぇ」


 海人の話を聞いた竜二と葦原先輩も腕組みをして首を傾げる。だがその表情は対照的で、竜二は深刻そうな顔をしているのだが、葦原先輩はどこか楽しそうに口が三日月のように笑っている。しばし、三者三様の沈黙が流れる。

 葦原先輩だけが席を立って、何かを探しに生物準備室へと消えた。


「なあ竜二。もしかしてオカ研って葦原先輩と2人なのか?」

「あれ? 言ってなかったっけ。3人以上いないと部活として認められなくってさ。海人が入ってくれるとすっげー嬉しいんだけど」

「残念だけど丁重にお断りするわ……」


 こそこそと話をしている間に、葦原先輩が何かファイルを持って準備室から戻ってきた。青い分厚い背表紙には大きく『オカルト研究会 会報』の文字。どうしてバーチャル空間にレトロな切抜きスクラップが必要なのかよくわからないが、とにかくそれらしい雰囲気だけは十分に醸し出している。

 その中のどこにあるのか分からなかったのか、ぺらりぺらりとページをめくっていく。その指先は繊細で、うっかりすると性格の悪そうな先輩だというのを忘れそうだった。


「ようやく思い出したんだけど、こんな記事。昔あった事件らしいんやけど」


 2人に見せるようにファイルを半回転させて差し出されたページには、突然アバターが消えた事件のネット新聞記事のスクリーンショットが張り付けられていた。日時は今から10年も前。内容はフルダイブ型MMORPGのゲーム内で、突如として数人分のアバターが消えたというものだった。

 10年前というと海人はまだ6歳。東京都内にまだ両親と一緒に住んでいたが、フルダイブ型のゲームなんかさせてもらえなかった。だからよく覚えていないし、もし本当にこれがオカルト現象だったりしたら、今頃フルダイブ型のゲームは全て禁止になっていてもおかしくない。それどころかこういったバーチャル上の学校、公共施設もないのではないだろうかと思う次第だ。

 竜二の方はなんとなく覚えていたのか、あるいはオカルト好きが生じて調べたのか「ああ」と相槌を打ったものの、でも、と首を傾げる。


「先輩、これって確か運営側の内部犯行じゃありませんでしたっけ?」

「そうやったっけ? よく覚えてへんけど、アバターが消えるって言うとコレを思い出すなぁ。よう知らんけど」

「似てるけど……。なんか違う気がします」


 どうやら葦原先輩と竜二はここ生物室で、謎の転校生の謎を暴いてやろうと考えているらしい。しかもオカルト的な方向で。

 これ以上厄介事に巻き込まれるのもごめんだなと、海人はわざとらしく生物室の時計を見た。時計は4時を少し回ったところを指し示している。今日は将棋部もない。出来ればさっさと帰って明日の小テストの準備でもしておきたいところだった。


「すいません、じゃあ俺はこの辺で」

「ちょい待ちや」


 元運動部、どうしても先輩の言葉には絶対服従。待てと言われたら立ったのに自然と腰を下ろしてしまった。でも顔はちょっと迷惑そうにして、精いっぱいの抵抗をする。


「あんたらちょっと学校の七不思議調べてほしいんやけど」

「「七不思議?」」

「アバターが消えるって言う話、それに入ってるんやわ」


 なんじゃそりゃという眉間にしわの海人と、目を輝かせる竜二。正反対の顔をした2人はにたりと笑う葦原先輩の顔を覗き込んだ。

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