第4話 竜二の情報網

「マジで消えたんだよな?」

「アバター崩壊って言うのか? ぱぁって光の欠片みたいになって消えたんだ」


 海人たちはその場で体育の中止を申し渡され、教室に帰された。ぶつかった桜城命はポカンとしたまま、教師に連れていかれ、帰ってこないまま。

 その後、何事も無かったかのように5限目の生物の授業を受け、放課後の部活動は無かったため、足早に帰宅ログアウトした。本当に最初っから何もなく、普通の1日であったかのように、10月21日の学校は終わった。

 だが案の定、オカルト研究会所属・日下部竜二はしっかりというべきかちゃっかりというべきか、情報を仕入れてきていた。鼻の穴を大きく膨らませているのはビッグニュースを掴んだとき。スパイには向かない奴だよなと海人は苦笑いした。

 帰宅する前から竜二は「お前んちすぐ行くから!」と興奮した様子だったのだが、本当にログアウトした途端、屋根伝いに海人の家に飛び込んできた。この分では今日の釣りはお預けのようだ。今はばあちゃんが友達からもらったというカステラを片手に、海人のベッドに腰掛けている。


「その消えた女子?」

「北条さつき」

「そそ、その北条が消えたのってどうやらアバターだけじゃないらしいんだわ」

「は?」


 アバターだけじゃないって、と言いかけてその先の意味が海人には分からなくなる。

 アバターは要はネット上の情報だ。仮面だ。だからいくらでも作り直せるし、よしんば消えたとしてもそれは情報がクラッシュしたかロストしただけの話。だが、アバターだけじゃないというのは、では他にどんな情報が消えたのか?という点で躓いて海人は頭を傾げた。


「俺も耳を疑ったんだが、どうやらリアルの方の北条さつきも意識が消失したままらしんだわ」

「え、北条って病気だったの?」

「ちげーよ。VRからログアウトさせても意識が戻らないんだってよ、意識消失ってやつ」

「はぁ?」


 身振り手振り、興奮しながら竜二は会話を続ける。


「どうもな、あの北条さつきってのは東京都内に住んでいるらしくて」

「ってことは、体が不自由か、あるいは登校拒否とかでこっちバーチャルに通ってるってタイプなのか」

「登校拒否タイプらしい、中学の頃いじめられてたんだってさ」


 身体的・心理的な理由でリアルの学校に通えない学生は、その多くが出身地を伏せている。少なくともバーチャルの中だけは普通の学生でいたいという気持ちの表れなのかもしれないが、確かに北条さつきは学生証画面に出身地を空欄にしていた。

 ではいったいどこで出身地なんか情報を拾ってきたのかというのはさておき、竜二はそれなりに情報通であるらしい。と同時に危ないことをしているんじゃないかと海人は眉をひそめる。心を読んだのか、表情を読んだのか、竜二はにやっと笑って手を振った。


「北条さつきとリアルで会ったことがあるやつ直結したヤツが一個上の学年にいるらしくて、俺の先輩が出身地聞いたんだよ」


 で、と話を戻そうとする竜二は、もう一つカステラに手を伸ばす。全部で6切れなので残りの一切れは海人の分のはずだが、黙っていると食べられそうだったので急いで最後の一切れを手に取った。


「つまり、北条さつきは不登校から通っているタイプだったから、病気が原因で意識消失したわけじゃない」

「それがいきなり?」

「おかしいだろ? で、先生たちもさすがに慌ててるらしくて、俺たち生徒には隠しているみたい」

「んまぁそりゃおかしいわな……」

「だろ~」


 確かに妙なことだとは誰が見ても思うだろう。しかし、ただの高校生でしかない海人にとってみれば、クラスメイトの一人が意識が無くなったところでどうすることもできない話だった。クラスメイトが次の日からいないのだと思うと悲しい気持ちはあったが、だからと言って何が出来るわけでもない。わざと一歩引いた傍観主義者の海人からしてみると『だからどうせよと?』というところ。

 だがそこを無駄に掘り下げてくるのが竜二のいいところでもあり、悪いところでもある。


「だからさ、海人。そのぶつかったっていう桜城命についてなんか情報ない?」


 竜二の今日一番の目的はソレ。はぁーっと大仰にため息をついて見せて、海人は彼が引き下がるのを少し期待したがこれは効果がなさそうだ。


「ねーよ。どうせ消えた時の話は俺以外の奴からも聞いてるんだろ? だとしたら見たり聞いたりしたことはそれと一緒だ。ってか竜二おまえ、そんなことよりテスト返却の方を心配しろよ」

「人間一人消えた方がすげー重大ニュースだろ?!」

「重大かもしれないけど、俺たち高校生が何かできるわけじゃないだろ」


 海人はそこで話を切り上げた。テスト返却当日からすぐに英語はすぐに授業を始めるタイプの教員だったおかげで、すでに宿題が出されている。海人の方は、早めに忘れないうちに宿題はそつなくこなしておきたいタイプ。


「つれない奴だなぁ。でも俺は知ってるんだぞ海人。お前はそうやってめんどくさそうな顔をしてクールぶってはいるが、心にあつーい正義感の強い男だってことをさぁ!」

「へいへい。何とでも言え」

「なんか情報掴んだら俺に一番最初に教えてくれよな、幼馴染」

「なーにが幼馴染だ。この間の3月に俺がここに着た時は小さい頃遊んだの覚えてなかったじゃないか」


 3月に祖父母の元に預けられた海人は、それ以前幼い頃に両親に連れられてこの瀬戸内の小さな島に何度か遊びに来たことがあった。お盆や年末年始に竜二と遊んだはずなのに竜二は全く覚えておらず、3月に再会したときには「初めまして、俺隣に住んでる日下部竜二な! バーチャルの学校は小学校から通ってるからなんかワカンネ―ことあったら俺に相談していいぜ!」と言って周囲を呆れさせたものだった。


「俺たちただの高校生の生活に、そうそう大きなアクシデントが何度も起こるなんてありえないって」


 と、海人は半ばあきれ気味につぶやいて、竜二を自分の家に追い返しておいたのだった。


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