第2話 お昼休みと富士山の噴火

 「めっちゃキャラが濃いいのが入ってきたって話じゃん」


 と、お昼ご飯の焼きそばを口に詰め込みながら竜二は言った。昼休み。さすがにバーチャル内では食事がとれないため、昼休みの12時から1時間はオフラインになることが許されている。

 すると、お隣さんの竜二は、なぜか二階の窓から軒を伝って海人の家の方へ入ってきて一緒に昼ご飯を食べ始める。4月の入学以来彼ら二人はこうして各地に散らばっている生徒の中では、珍しくリアルで顔を合わせてお昼ご飯を楽しむ仲だった。


「嫁さがしだってさ。嫁ってお前が女だろ! って感じなんだけど」

「なに、その桜城って子、かわいいの? 美人?」


 口の中に焼きそばを目いっぱい詰め込んでハムスターみたいになった竜二が、目を輝かせた。が、次の瞬間、不意に真面目な顔で手を前へ突き出して、口を開きかけた海人の回答にストップをかける。


「いや、すまん。お前には小野小春という最も可愛いと思うヤツがいたな。愚問だった許せ!」

「うっせーよアホ。口ん中に物入れてしゃべんな」

「いやぁでも、委員長に一目ぼれなんて海人もなかなかアレだよな」

「アレってなんだよ……」

「光源氏的な?」

「うるせぇ、知ったばかりの言葉を使いたがるな! 午前の授業は古文だっただけだろお前」


 海人はばあちゃん特製チャーハンキムチ入りを頬張る。


「まーでも」


 キムチチャーハンを咀嚼して、飲み込む。これだけたっぷりキムチが入ってても、午後の授業も口の匂いなど気にせずにいられるのはバーチャルの良いところだ。

 いつだったか昼に納豆の味噌汁を食べたこともあったが、嫌な顔をしたのは一緒に昼ご飯を食べている竜二だけ。何を食べても気にせずにいられるのは、リアルの学校を知っている海人にとっては、楽の一言しかない。


「桜城命、フツーに可愛い方だと思うぜ。あの変な言動さえなけりゃ」

「お前にしちゃ随分と甘口の評価じゃん」

「それより気になっていることがあるんだけど、桜が舞い散るアバターなんて校則じゃ禁止だよな?」

「ファッションアバターは禁止。っつか、服装とか頭髪部位ならまだしも、なんだよ桜って」

「俺の見間違いかもしれないんだが、桜の背景アバターつけてるような気がしたんだよ。でも俺以外誰も指摘しねっから、見間違いなのかなぁと思ってさ」


 海人は首を捻りながらチャーハンを書き込む。だが、彼は確かに桜の花びらが舞う背景を見ていた。彼女の周りだけに現れる満開の桜。

 あれから午前中気になってちらちらと見ていたのだが、視線に気が付いたのか桜城命と目が合う回数が増えて気まずい思いを何度かした。そうしているうちに徐々に桜は見えなくなっていき、お昼休みになる前にはもう完全に桜は消えていた。

 果たして先生や監視AIの目をかいくぐるファッションアバターを学校に着けて来られるのだろうか、と海人は今度は左に首を傾げる。


「大抵、校門のところでアバターとか不用品オブジェクトは摘発されるから、特別にカスタムした隠しアバターでもない限り校内への持ち込みは不可能だぜ」

「そんなこと出来るのか?」

「俺が中学の頃、アバターいじるのが趣味の奴がいて、そいつはある条件で問題を当てた先生だけが一瞬見えるように設定したお面のアバター作って怒られてた。かなり手が込んでたから摘発まで10日ぐらいかかってたけど」

「お面?」

「10万何歳の閣下の顔になるやつ」

「そりゃ先生も驚くわ」


 しかし、たかだか桜の背景アバターに監視の目を掻い潜れるような性能を持たせる意味が見つからず、海人はうーんと首をもう一度ひねった。転校初日にそんな無謀をする理由の方も不可解だ。分からないなぁと海人が独り言を言う頃には、食べ盛りの高校生2人はすっかり皿を空にして麦茶に手を伸ばしていた。


「そういえばさ、昨日早退したり、今日休みの奴いたろ?」


 ボトルに入った麦茶は海人の家の物であって、実は竜二は勝手に自分のコップを三輪家に常駐させている。勝手知ったる他人の家、彼は窓枠に腰かけてTシャツの裾で汗ばむ顔を仰いだ。


「あれな、昨日富士山が噴火した影響っぽい」

「ってことは、休んでる奴は富士山の周りに住んでるってこと?」


 バーチャルの学校ではプロフィールに出身地や在住を書かなくても良いことになっている。国営のバーチャル空間なのだから安心なはずなのだが、ネットワーク上では個人情報を極力明かさないという旧来の慣習が未だに強く残っている。


「そりゃ風邪とかで全員じゃないだろうけど、今日急に来なくなった奴はそうっぽいぜ。職員室で行政アバターと先生たちが会話してた」

「竜二、お前また盗み聞きしてきたのかよ」


 コップの冷えた麦茶を飲み干して、海人はもう一杯麦茶をコップに注ぐ。それから無言で差し出された竜二のコップにも注いでやった。


「富士山なんて俺みたことねーわ」


 竜二はコップに口を付けながら考え事をしているようで、目線は何となく東側を向いていた。

 竜二はこの瀬戸内の小さな島から外には出たことがほとんどない。両親祖父母そろって島生まれだから、夏休みに田舎に帰る先があるわけでもない。家族旅行に行った事があるのは大阪まで。それより東、特に東京は彼にとってあこがれの地だった。

 だからなのか、日本で一番高い山が噴火したと言われても、どうにもぴんと来ていないらしい。ニュースで映像が流れていても、竜二はどこか他人事というか、他の国で起こっている出来事のような、そんなフワフワした顔をしていた。


「俺は見たことある」

「でかいの?」


 半分ぐらいどうでもよさそうな顔をした竜二から、唐突に問いかけられる。


「めっちゃでかかった」


 当然のように答えてみたものの、海人は富士山を実は遠くからしか見たことが無い。リニアの山梨駅から見えたのだ。トンネルだらけのリニアモーターカーで唯一印象に残ったのが、山梨駅に停車したときの窓の外の風景だった。大きな山が青白く見えたのを覚えている。


「そっかー、でっかいのか」

「うん、でっけーんだよ」

「見てみたいなぁ」

「東京の大学に行けば見られるんじゃないか?」

「富士山を見たいから大学か。悪くないな」


 お互いに顔を見合わせて、にんまりと笑う。富士山がでっかいという認識だけは間違いないようだった。

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