第3話

 こいつらの言っていることは嘘だ。


 沙希がそれに気づいたのはある一言が切っ掛けだった。


「君に復讐できるだけの力を与えよう」


 蛇王を名乗るザッハークという男は、どこかほくそ笑みながらそう言っていた。


 自分に白金の鎧と、力の使い方を教え、大好きだった父と母を殺したという蓮司を倒すために協力してくれるという。


 手に入れた力を使った時、自分よりも遥かに巨大な岩を容易く寸断し、大木を切り裂く中で、これほどの力を与えられるのであれば、父や母を救うことはできたのではないかと沙希は思うようになった。


 そして、ザッハークは蓮司と互角に戦うだけの力を持っていることを知った時、その疑問は確信へと変わった。


 ザッハークは両親を殺害した相手として、蓮司と戦わせたのだ。


 ザッハークは初めから、両親を助けるつもりなどなく、自分の力を手に入れることだけを考えていた。


 自分が初めから騙されていたことを知った時、沙希は自分がいたからこそ両親が死んだこと、人間ではない得体のしれない怪物に成り下がってしまったことに絶望した。


 自分がいなければ両親は死なずに済み、蓮司と戦うこともなく、悲しさで心が痛むこともなかったはずだった。


 その痛みから逃げるように、沙希はあえて蓮司と戦うことを選択した。それは、蓮司を倒すためではない。


 蓮司を挑発し、怒りを全てぶつけて暴言を吐いたのも、蓮司に自分のような怪物を殺して欲しいからだ。


 本当は蓮司のせいではないことなど分かっている。恨むなどお門違いだ。


 だけど、もう自分はまともじゃない。


 存在することが罪な怪物だ。ザッハーク達怪物から人々を守ってきた父を持つ蓮司とは違う。


 自分が存在するだけで他人を傷つけ、周囲に悪影響しかもたらさない災厄であるならばキレイさっぱり消えてしまった方がいい。


 それに、どうせ殺されるならば、好きだった蓮司に殺された方が本望だと思っていた。


 だけど、今は違う。


「全く、つくづくジャガーノートって奴らは思い通りにはいかねえぜ」


 魔剣ヴィグナーンタカはややうんざりしたかのような口調でそう言った。


「黙って殺し合いして、鳥王をぶち殺せばよかったのによ。まあ、ザッハークの旦那の保険が効いたということか」


「出るもんが出やがったな」


「ああ、お前らがあまりにもいちゃつくんでな」


 蓮司の挑発に乗りながらも、ヴィグナーンタカは悪態をついた。


「まあ安心しろ。全てはザッハークの旦那の筋書き通りだ。蛇姫様はお前をぶっ殺す。まあ、俺の助力があるが、それはやむなしというところだろ」


「何でもかんでも筋書き通りにいくと思うなよ。それこそ、筋書きのないドラマっていうものもあるんだ」


「ふん、人間らしいくだらない言い回しだぜ」


 ヴィグナーンタカが呆れつつも、自身の力で沙希を動かしながら、蓮司へと切りかかる。


「俺の力を見くびるなよ鳥王。俺の力はザッハークの旦那そのもの。蛇の一族の技術の結晶だ」


 力強くさらに鍔迫り合いを行いながらも、蓮司は密かに笑っていた。


「それがどうした! お前が蛇の一族の技術の結晶なら、俺の金翅鳥王剣はジャガーノートの力と、父さんの思いがこもってるんだ! お前みたいなナマクラが相手なら、思う存分暴れられるぜ!」


 もう手加減する必要性などない。


 沙希の心が蛇の一族に染まっていないことが分かっただけで、蓮司は心の奥底から力が沸きだしてくる。


 一切躊躇することなく、蓮司はヴィグナーンタカへと切りかかった。


「調子乗ってるな」


「お前もな、ヴィグナーンタカ。剣は人が振るうもんだぜ。それが人を操るなんざ、おこがましいんだよ!」


 強い一閃で沙希と共にヴィグナーンタカを弾き飛ばした。


「剣に使われるから仕方ねえだろうが。俺だって不本意さ。蛇の一族の姫君が未だに人間に成り下がろうとしているんだからな」


「沙希はもともと人間だ。体は蛇の一族であってもな」


「ジャガーノートの癖に、人間云々とは笑わせやがる」


「言ってろ! 重要なのは心の在り方なんだよ!」


****


 蓮司が自分の為に戦っている。


 ヴィグナーンタカに体を乗っ取られながらも、沙希の意識だけは覚醒し続けていた。


 蓮司が人間ではなく、自分と同じジャガーノートであることはザッハークから聞かされていた。


 だが、蓮司は怪物である蛇の一族である自分とは違い、純粋なジャガーノートの父と、人間の母親から生まれた。


 蛇の一族の実験体であった自分とは何もかもが違っている。


 蓮司の父は、蛇の一族や魔獣軍団から人々を守り、彼らの野望を幾度となく打ち砕いてきたという。


 蓮司は、そんな英雄の息子であり、沙希は自分が薄汚い存在であることを痛感させられる。


 人間とは思えぬほど真っ白な肌となり、紅の瞳、紫の髪、そして、このジャガーノートとしての力。


 同じジャガーノートであったとしても、自分と蓮司は全く異質の存在なのだ。


 だからこそ、沙希は蓮司と戦って蓮司に殺されるつもりでいた。


 薄汚い自分という存在を蓮司に消してほしかったからだ。


 蓮司に謝ることもできず、自分がいたから父も母も死んだ。


 自分に生きる理由などすでに存在しない。ザッハーク達のように蛇の一族になるのもごめんだ。


 だから、自分のような化け物を大好きだった蓮司の手で殺して欲しかった。


 そのためにあえて蓮司に酷いことを言った。自分への憎しみや怒り、憎悪そのものをぶつけることで、蓮司に躊躇することなく、自分を殺してもらいたかった。


 だけど。蓮司は自分を殺そうとはしなかった。


 それどころか、こんな自分のために戦っている。


 自分を助けるために。


 今更人間に戻れるわけがないが、蓮司は人間ですらない怪物の自分を信じてくれている。

 

 そんなことを思いながら、沙希の体の奥から不思議な熱のようなものが沸きだしてきた。


 体の制御は全てヴィグナーンタカに乗っ取られており、小指一つ動かすこともできない。


 そんな思いの中で、沙希は一つの賭けをすることを決めた。


 ヴィグナーンタカが蓮司を倒したならば、躊躇することなく自害することを。


 そして、蓮司がもしヴィグナーンタカに勝ったならば……。


「私は……生きる」


 命をかけて自分を救おうとしている蓮司に報いるために、沙希は今までの絶望を振り切るかのように、希望を見出すことにした。


 


 

 

 


 


 

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