第2話

 怒り狂う沙希に、蓮司は違和感を感じていた。


 荒れ狂う攻撃を回避しながら、彼女と自分には大きな違いがあるのではないかと思い始めたからである。


「死ね!死ね!死ね!」


 魔剣を振るいながら、暴れる沙希の姿はあの時鳥王ガルーダに体を乗っ取られた自分のようにも思える。


 だが、幼い頃から彼女を知っている蓮司には、彼女が自分の意志で戦っているようであり、そうとも言えないような、何とも言えないちぐはぐさをを感じた。


「いつもあんたは私の邪魔ばかりして! あんたが生きているだけで目障りなんだから!」


 ひどい言われ方だが、思い当たる節はいくらでもある。酷いことをしてきた自覚があるだけに、蓮司は思わず動きが止まった。

 

 それを狙いすましたかのように、沙希の両腕から光輪が放たれる。


 しかし光輪は命中することはなく、文字通り空を切って明後日の方向へと飛んで行く。


「やめろ!」


 自分に当たらないとはいえ、気づけば周囲の岩や木が切断され、まるで台風が通った後のような有様になっている。


 冷静に周囲を見渡しながら、蓮司はなぜ正臣が自分を戦わせたくなかった真意を理解した。


 ジャガーノートは兵器以上に危険な、自然災害にも匹敵するほどの力を有している。それを制御する術がなければ、全てを破壊してしまう。


 もし戦うことだけに力を使えば、蓮司は沙希を助けるどころか殺していた。それも、より多くの人達を巻き込んでだ。


「だから、反対されたのか」


 沙希の攻撃を見切り、周囲を冷静に見れるだけの余裕があるからこそ、蓮司は自分がここにいる意味を改めて噛み締めていた。


 喧嘩っ早いが、本当は誰よりも傷つきやすく、それでいておせっかいで優しい。


 そんな沙希をここまでの怪物にしてしまえる力を自分は持っており、その力が決して暴走することはないと信じている人達がいる。


 そして、その人達は自分が彼女を救えることまで信じてくれていることに。


「ああ、ハッキリと分かってきたよ。いろいろと覚悟が決まってたつもりだったけど、俺は根本的に何もまだまだ理解していなかったのかもしれない」


 自分に娘を託してきた北条夫妻、自分を送り出してくれた正臣や悠人、そして祖父。自分をここまで連れてきてくれた凛子のことを思うと、なぜか急に力が沸いてきたような気がした。


「意味わかんない! 殺す!」


 独り言を続ける蓮司に沙希は苛立ちをぶつけるかのように、荒々しく魔剣を振りろすも蓮司は金翅鳥王剣で受け止めて見せた。


「鍔迫り合いなら負けない」


 避けようと思えばいくらでも避けられるが、蓮司はらちが明かないことを悟り、あえて沙希の剣を受け止める。


 そうすることで、自分が持つ違和感の正体を見極めるつもりでいたのだが、予想以上にそれは禍々しさに満ちていた。


「なんだこの剣?」


 白く光る沙希の姿とは対照的に、どす黒く塗装され、不思議なオーラともいうべきものが刀身から柄までを覆っている。


 だがそれ以上にこの剣には沙希とは違う、何らかの意思が感じられた。


「いい剣でしょ」


 唐突に沙希が呟く。


「あんたをぶち殺すために、ザッハークからもらったの。これさえあれば、アンタにも負けない」


「俺に勝ってどうするつもりだ?」


「盛大に殺すに決まってるでしょ! あんたがいたから、私のパパもママも殺されたんだから!」


「冷静になれ! お前にそんな力が初めからあったなら、奴らはおじさんもおばさんも殺されなかった!」


 その言葉が響いたのか、沙希の力が一瞬抜けるのを蓮司は見逃さなかった。


 ほんの数秒程度の硬直であったが、蓮司はその数秒すらも切り裂く勢いで彼女の魔剣を打ち落とす。


「もう止めよう」


 金翅鳥王剣を地面に刺し、戦いの終結を告げた。


「お前がいくら暴れても、おじさんもおばさんも生き返らない。あいつらは初めから、お前を道具にしか思っていないんだ。お前があいつらにどんなことを吹き込まれたかは分からないけど、お前が俺と戦って何になるんだ?」


 蓮司は改めて自分が何故ここに来たのか、その理由を確認するかのようにそう言った。


「俺を殺しても、おじさんもおばさんも生き返らない。仮に生き返らせる力があっても、あいつらが二人を殺したことには変わりないし、そんなことが出来るような奴らが信用できるわけがないだろ」


 驚異的な再生能力や、超能力を持っている蛇の一族は人間には及びもつかないような凄まじい力を持っている。


 だが、その心は冷酷などという言葉が生ぬるく感じるほどであり、自分たち以外の生命に対しては残忍に振る舞うことが出来る。


 暇つぶしに殺しを楽しむような連中が信用に値するわけがない。


 だからこそ、父は奴らとの戦いを選択したのだろう。


「お前と俺が戦って、喜ぶのあいつらだ。あいつらはお前を姫だなんだとちやほやしているけど、お前を言いように使って利用して、道具にしているだけなんだ」


 蓮司の説得に対して、沙希は動きを止めていた。だが、その殺気は減少してはいるが、消えていない。


「だからやめよう。俺はお前を戦うために来たんじゃない。お前を救いに来たんだ!」


 自分が来た目的を蓮司は正直に伝えた。伝わる伝わらないはどうでもいい。これだけは言っておかなければならないという思いを蓮司は伝えたかった。


「……もう遅いよ」


 ぽつりと、掠れたような声を蓮司は聞き逃さなかったが、その瞬間に沙希の白金の鎧をどす黒いオーラが覆っていた。


「だからアンタを殺すの! 殺せばスッキリするんだから!」


 勢いをつけ、叫びながら沙希は再び魔剣を振るう。再度蓮司は受け止めるも、どう猛さがむき出しになっている姿に、彼女が今暴走しているのか、それとも平常なのか、操られているのかが分からなくなった。


 だが、あの時に聞こえた「もう遅い」という一言を蓮司は気になっていた。

 

 何がもう遅いというのか、蓮司が沙希を助けることが遅いのか、戦いを止めることが遅いのか、それともすべてが遅かったというのか。


「そんなことはない」


 魔剣を金翅鳥王剣で弾きながら蓮司はそう言いきった。


「お前はまだ生きてる。俺も死んじゃいない。姿形が変わっても、心まで変わったわけじゃないんだ」


 人間とは違う力と体を持ったとしても、自分の魂と心まで変わってしまったわけではない。


「俺の力は父さんが持っていた力で、それを生んでくれたのは母さんだ。そして俺を育ててくれたのは祖父ちゃんだ。お前も同じだ。蛇の一族として生まれてきても、お前を育てたのはザッハーク達じゃない。おじさんとおばさんのはずだ!」


 父の力を受け継ぎ、自分を産んだ母と、育ててくれた祖父。


 それと同じくらいに大事なものを、沙希もまた持っていたことを知らせるように蓮司は叫んだ。


「そんなお前が、心まで怪物になんてなれないんだ。おじさんとおばさんを助けられなかったことは、お前が言う通りだ。だけど、お前がどう生きるのかまではまだ決まってすらいないんだ。遅いも早いもないんだよ!」


 構わず沙希は攻撃をし続けるが、一切怯むことなく蓮司は全ての攻撃をかわしながら、彼女の心に訴え続けた。


 次第に沙希の攻撃は、当初あった怒涛のような勢いが止まっていった。


「そんなこと分かってる! だけど、もう遅いの! 私は蛇の一族で、人間じゃない! 今更、人間の生活なんてできない!」


 素の言葉が出てくると共に、沙希は装甲を解除する。


「見てよこの体。私、もう人間じゃないんだよ。こんな姿になって、今更どんな生き方ができるっていうのよ! 私にはもう、何にもない。だったらもう、蛇の一族として生きるしか……」


「言い訳すんじゃねえよ!」


 沙希の泣き言に蓮司は激怒する。


「お前が蛇の一族だからってな、俺はお前を見捨てたりしない!」


 その一言に、沙希の動きが止まる。


「俺だってジャガーノートだ。人間じゃない。だけど、ジャガーノートだからって人間として生きていけないことなんてないんだ!」


 自分の過去を振り返りながら、蓮司はそう言い切ってみせた。


 自分もまた人間ではないが、その社会の中で生きてきたという実例があることを。


「お前だって俺と同じだ。俺なんかに出来るんだ。お前にだってきっとできるはずだ。お前があきらめない限り、絶対に」


 蓮司が今に至る道は、そのまま沙希にも当てはまっている。それを伝えることで蓮司は沙希を説得しようとした。


 自分は戦いに来たわけではない。彼女を助けるためにやってきたのだ。


「自分で端から全部諦めるなよ! それでもどうしようもないなら……俺が力になる!」


 その一言に沙希は構えを解いた。


「本当なの?」


「今更嘘なんてつけるか。だから俺はここに来たんだ」


 少々カッコつけすぎたと思ったが、今更恥ずかしがってる場合ではない。

 

 覚悟はとっくに決めているのだから。


「全く、面倒なことになったものだな」


 蓮司や沙希とは違う別の薄暗い声が響く。途端に沙希の全身が黒いオーラに覆われていく。


「蓮司! 助けて!」


 沙希の救いの声に蓮司は身構えた。


「全力で殺し合えばいいものを……手間取らせやがって」


「お前はなんだ?」


「俺? 俺は蛇姫アムリタの剣、ヴィグナーンタカさ。さあ、ここからが本当の殺し合いだ、金色の鳥王ゴールデン・ガルーダ

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