第3話
それは、あまりにも予想外の言葉だった。
「沙希が、ジャガーノート?」
信じられないという表情のままに蓮司はつぶやく。悠人や蓮太郎も同様の表情となっていたが、それを予想していた正臣はタブレットの画面を慣れた手つきで操作し、一つの画像を映し出した。
「これは学園の防犯カメラに映っていた映像からトリミングしたものだ」
タブレットには白金に輝く蛇姫、そして、その鎧が剥がれ落ちた沙希の姿が映し出されていた。
「マジかよ……」
頭を抱えるという、らしくない態度で悠人がそう呟く。
「おまけに最悪な情報がもう一つある」
「もう十分すぎるぐらいに最悪なんだがな」
勘弁してほしいという言葉を発さずに、悠人が制止しようと試みるが、正臣はあえて話をつづけた。
「あの現場には蓮司とは違う、アストラル粒子の反応があった。それが蛇の一族や、魔獣軍団の代物ではないことは分かるだろ?」
冷静なままに正臣は事実をありのままに指摘してみせた。
「つまり、あの子がジャガーノートだった何よりの証拠だったってことか」
「アストラル粒子はジャガーノートにしか発生させることはできない。そして、アストラル粒子そのものを武器にすることができるのは、一条先生と蓮司だけ。それでも、蓮司以外にアストラル粒子を発生させるジャガーノートを生み出せたとすれば、わざわざ奴らが今更になって彼女を連れ戻しに来た理由に納得できる」
「なるほどね、そりゃ奴らが今更になって連れ戻しに来るわけだわ」
悪態と共に、そのまま反吐が出てきそうな態度で悠人はそう言った。
「奴らがどんな手段でゼノニウムを手に入れたのかは分からんが、わざわざこうして戦わせようとしているのも、兵器として利用するつもりだろうな」
「ちょっとまってくれよ。それじゃ沙希は、あいつらの兵器になったってことか?」
かろうじて話に入ろうとする蓮司に、正臣は表情を変えずに頷いた。
「初めから、奴らはあの子を利用することしか考えていない。でなければ、わざわざ十年近く放っておくわけがないしな。過去のデータか何かを精査し、ジャガーノートとしての素質があることを確認して今回の計画を実行したというところだろう。それに、あの子はおそらく洗脳されている」
「洗脳?」
「奴らの常套手段だ。北条夫妻を殺したのはお前か悠ちゃんのせいにして、その敵討ちの為に戦えとな」
その言葉に、蓮司はあの時の沙希の目が憎しみに染まりながらも狂気が宿っていたことを思い出す。
明らかに正気ではない目は、自分を敵と認識しているためだと思っていたが、正臣の説明に蓮司は少しだけ希望が見えたような気がした。
「沙希はあいつらに操られているのか?」
「おそらくはな。ザッハークはミュータントでもある。深層心理を操るなど造作もないことだ。そうやってお前と戦わせて、引き返せないところにまで追い込むことで、完全に蛇の
どうやら、自分のやるべきことが見えてきた。そう思った時蓮司は先ほどまであった憂鬱な気持ちが晴れていくように思えてきた。
「だったら沙希を助けることも……」
「出来るが、それはお前のやることじゃない」
蓮司の発言をぴしゃりと叩くように正臣はバッサリと言い切った。
「蓮司、お前はまだ未熟だ。ジャガーノートとして力がやっと目覚めただけ。そして、お前は自分で言ったはずだ。あの子を殺しかけたと」
冷静な口調で事実だけを話す。ただそれだけだが、それはある意味怒鳴り散らされるよりも蓮司の心に響いてきた。
「ジャガーノートの持つ力は強大だ。それ故に、その力は暴走の危険性がある。そんな状態になる可能性が高いお前を奴らと戦わせるわけにはいかない」
「俺はただ、沙希を助けに行きたいだけだ」
蓮司がかろうじて反論するも、正臣は左右に首を振る。
「ダメだ。お前が行っても助けにならない。あの子もおそらく力が暴走している可能性がある。そこにお前が行くと、さらに暴走が酷くなるかもしれん」
「それじゃ、俺はどうすればいいんだよ!」
正臣の言っていることは正論だ。それは蓮司も理解している。
だが、理解したからと言っても納得することはできなかった。
「俺は死んだおじさんやおばさんに約束したんだ。沙希を守ってくれって! それがあいつを逆に殺しかけて、だから今度こそはきっと……」
「その今度が確実になる保証と算段がお前にあるのか?」
感情で揺さぶろうとする蓮司を制するかのように、正臣は再び正論の刃を振るう。
「暴走している相手に対して暴走する可能性がある存在を連れていって、その結果としてさらに悲惨な結果になれば、それこそお前は北条さんたちにどう言い訳をするもりだ?」
「それは……」
「あの子のことは俺たちで何とかする。お前を戦いには巻き込まない。わかったな」
「分かんねえよ!」
テーブルを思い切り叩きつけ、怒りをむき出しに蓮司は吠えたが、正臣は些かも怯む様子はなかった。
それどころかトレードマークのサングラスを外し、金色に染まった虹彩の瞳はまるで蓮司を射貫くかのような視線を向けてみせた。
「お前はいつから戦士になったつもりだ? 奴らには情けも容赦も存在しないことは、お前が一番よく分かっているはずだぞ。実際、お前は二度も殺されかかった」
ヴェスペとザッハークに殺されかけた事実を指摘され、蓮司は苦い敗北の味を思い出した。
「だけど俺だってジャガーノートに……」
「ジャガーノートとして目覚めたとしても、お前が奴らとやり合うには足りないものが多すぎる」
「次は負けない! 絶対に!」
理屈ではない、執念、いや熱意と言ってもいい。
理屈ではなない感情に訴えかけることで、蓮司は自分がやるべきことを果たしてみせることができると正臣を説得しようとした。
「俺は託されたんだ! 沙希を守ってくれって! だから俺じゃなきゃダメなんだ!」
どのみち、理屈では勝てないならば、自分に託された思いと、体の内側から湧いてくる感情に訴えかけるしかなかった。
しかし、正臣の金色の瞳の前にはそんな蓮司の熱意も、のぼせ上っているだけの子供の発言にしか見せないのか、まったく動じることはなかった。
「お前は北条夫妻が、娘を守るために死んでくれという意味で頼んだと思っているつもりか?」
少し呆れ気味に正臣がそう言うと、蓮司は想像もしなかった言葉が返ってきたことに戸惑った。
「お前も一緒に来たら、間違いなく奴らは経験値が少ないお前から真っ先に集中攻撃を行う。次は躊躇することなくお前を全力に殺しにかかってくるはずだ。俺はお前を死なせたくない」
「でも俺は……」
「俺はお前のご両親からお前を守れという遺言も受けている。そして、俺と凛子、悠ちゃんがここに来たのはお前のおじいさんからお前のことを守るために依頼されたからだ。分かるな蓮司」
冷静に語るが、言い聞かせるかのような穏やかな口調で語る正臣に、蓮司は熱意を伝えようとしていた自分が途端に愚かに思えてきた。
「お前がやらなくてはならないことは他にある。それは、あの子のために戦うことじゃない」
「俺は何をすればいいんだよ」
「それは自分で考えろ。一つだけ言えるとすれば、お前が救うべきはあの子の命だけじゃない」
それが戦うことじゃないのかと言いかけたが、小動もしない正臣の姿に抗えないことを悟った蓮司は「頭を冷やしてくる」と自室へと向かった。
「ちょっと言い過ぎたんじゃないのか?」
悠人が蓮司を心配したが、正臣はサングラスをかけなおし、平然とお茶を飲んでいた。
「アレくらいでちょうどいい。あいつは、一条先生に似ている。いい意味でも悪い意味でもな」
「そりゃ、面はだいぶ似てきてはいるけどよ」
悠人は恩師である蓮也と京香の写真を眺めながらそう言った。
「だが、あいつはまだ蓮也ほど思慮深くはないな」
「蓮太郎先生もそう思いますか?」
蓮太郎のつぶやきに正臣が尋ねると、複雑な表情になりながら蓮太郎は湯呑に日本酒を注ぐ。
「ワシが育てたからかもしれんが、あいつはなんだかんだで自分でなんでも解決しようとする。そうするだけの能力があるからなおさらだ。昨日まではそれを逞しいと思っていたが……」
「今はどうよ?」
悠人の問いに蓮太郎は若干悲しげに首を振る。
「それが今は欠点になっておる。あいつは自分が死ぬことをなんとも思っていない。普通なら、自分よりも強い相手がいたら逃げるか足が竦んで動けなくなる。だが、あいつは構うことなく戦おうとする。相手との実力差があろうとなかろうとな」
「確かに、あいつはヴェスペやザッハークの部下相手にも逃げようとしなかったな」
ヴェスペやアジィ、ダハーカといった怪物と対峙しても、蓮司は逃げなかった。それどころか戦おうとし、しまいにはザッハークや
「蓮也もそうだった。あいつも逃げることはしなかった。あいつにとって後退すら、攻めるための手段に過ぎなかったからな」
蓮也の戦いぶりを良く知る正臣と悠人は、蓮太郎の言葉にそれぞれ実感を込めて頷いた。
「ですが、あいつには一条先生ほどの思慮がありません。一条先生も、初めからそんなものがあったわけではないでしょうが、あいつは一条先生以上に恐れを知らなさすぎる」
「それに関しては、俺たちもあいつと同じ歳の頃には似たり寄ったりだったからな」
下手をすれば蓮司よりも無鉄砲であったかもしれない。そんな過去を振り返りながら悠人がそう言うと、正臣は「だからこそ俺たちであいつを守っていかなくてはならない」と呟いた。
「今なら一条先生の気持ちがよくわかる。俺たちが無茶をすることも、危険な場所に行かせようとしなかったことも。一条先生と同じ視点に立った今だからこそ、俺はせめてそれだけは責任ある大人として果たしたい」
鉄面皮と呼ばれやすい正臣だが、本当は誰よりも仲間思いであり、目上に対する礼儀は無論のこと、目下の人間に対しても強い責任から守ろうとする意志を持っている。
そんな正臣の決意を聞いた悠人は、若干の気まずさを感じながら頭をかいたが、そんな空気を打ち破るかのように電話のコール音が鳴り響く。
蓮太郎がタイミングがずれているような電話を受け取るが、数秒の会話ののちに、蓮太郎は正臣に受話器を手渡してきた。
「お前さんに用事だとよ」
「相手は誰です?」
「出ればわかる。ただ、ろくでもない奴からかかってきたのは確かだな」
不機嫌そうに手渡してきた蓮太郎から受話器を受け取ると「ご機嫌如何かね?」という聞きなれた鼻につくような嫌みががかった声が聞こえてきた。
「最悪に決まっている」
「奇遇だね。私もだよ」
「挨拶は抜きにしろ。蛇の一族には端的に要件を伝えるという発想がないのか? 要件はなんだザッハーク?」
なるほど、たしかにろくでもない奴からかかってきた電話だと実感しながら、正臣はザッハークの意図を推察を始めたのであった。
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