第2話

「それは本当の話か?」


 蓮太郎の質問に正臣は深くうなずく。


「間違いありません。高濃度のアストラル粒子が観測されています」


 正臣がちゃぶ台に置かれたタブレットの数値に指をかざすと、蓮太郎は思わず「いつかこうなるとは思っていたが」とつぶやく。


「ということは、蓮司の力はもう目覚めているということか?」


「間違いないでしょう。この数値、蓮司を除けば発生させられるのは一条先生だけです」


 アストラル粒子が観測されたということは、蓮司が鳥王となった証である。


 すでに、この粒子とは十年ほど関わりを持たずに過ごしてきたが、再びこの粒子との邂逅を果たすとは、一つの因果として結びついているというしかなかった。


「ですが、蓮司が目覚めたのは問題ではありません」


 そう言って、正臣がサングラスをかけなおす。


「問題なのは、目覚めた力を蓮司がコントロールできるかどうかです。一条先生の力をそのまま受け継いだまま制御が出来なければ……大惨事になるでしょうね」


 一条蓮也の教え子だっただけに、その力の強大さを正臣は深く理解している。それだけに、その力が暴走する最悪の可能性を指摘した。


「もっと早く、あいつをお前たちに預けるべきだったのかもしれないな」


 少しの後悔を交えつつ、蓮太郎は湯呑に注いだ日本酒を飲み干す。


「過去は過去です。今はこれからに向けた話をしなければなりません。それに、北条さんの娘さんの件も何とかしなければ……」


 そう言いかけたところで、陰気な顔をした蓮司がやってくる。


「マサ兄、俺……」


 座っている正臣を見下ろす形で蓮司は口を開いたが、正臣は座るように促した。


「久しぶりの再会だが、懐かしんでいる余裕はない。単刀直入に聞く。蓮司、お前は鳥王になったんだな?」


 何もかもお見通しなのかとすら言いたくなるが、蓮司は黙ったまま頷いた。


「初めは無我夢中で、ザッハークに殺されそうになったから、思わず悠兄の言っていた言葉を口にしたんだ。そしたら、体から力が湧き出てきて、気づいたら全身金ぴかの鎧を着ていた」


「それで、お前はザッハーク達と戦ったのか?」


「でも倒せなかったよ」


「当たり前だ。奴は蛇王、蛇の一族の頂点に立つ大幹部。目覚めたばかりのお前が敵う相手じゃない」


 自分を少し諫めるような口調の正臣に、蓮司はうつむいた。


「だが、結果的にそうならなくてよかったのかもしれないがな」


 どこか安堵するかのように答える正臣に蓮司は首を傾げた。


「お前の力が完全に目覚め、全力を出し切った場合、ザッハークどころかあの学園が消滅していたはずだからな」


 予想外の言葉を投げかけられ、蓮司は背筋に冷たいものを感じた。


「お前の力は、いや、俺たちの力はお前が認識している以上に強大な力だ。その気になれば、あらゆるものを瞬時に破壊するころができる。それも極めて広範囲の規模でだ」


 大げさではあるが、鳥王となった時のことを蓮司は思い出すが、あの瞬間、体の奥から今まで感じたことものないほどの圧倒的な力が溢れていった。


「だからこそ、その力は制御できるようならなくてはならない。でなければ、災害を引き起こすだけだ」


 茶碗に注いだ冷酒を飲みながら、正臣はそう言った。


「それよりどうしてマサ兄と凛姉がいるの?」


 先ほどから聞きたかった、二人がここにいる理由を蓮司は尋ねた。


「お前の力が万が一目覚めた場合に備えての対策と、お前の命を狙っているかもしれないという情報が入ったからだ。そして、北条さんの娘さんのことも含めてやってきた」


 久しぶりの再会にも関われず、淡々と正臣はそう答えたが、忙しい中わざわざ来てくれたことに蓮司は驚きと共に頼もしさを感じた。


「実は以前から正臣たちには相談していた。お前の力のことや、お前の将来の話もな」


 祖父である蓮太郎が珍しく真面目に答えるが、一切のおふざけがないことに蓮司はかなり深刻な話となっていることを察した。


「ところで蓮司、お前は鳥王になったんだな?」


 再び問いかけられた質問に蓮司は静かに頷いた。


「そして、スパルナを使ったな?」

 

 使った技の名前まで当てられたことに蓮司は平静を装うことができなくなった。


「なんでそんなことまで分かるんだ?」


「簡単だ。お前が戦った場所でアストラル粒子の反応があった」


 聞きなれない単語だと言わんばかりの蓮司の表情を察したのか、正臣は一瞬咳払いをした。


「解説になるが、俺たちジャガーノートは、アストラル粒子という特殊なエネルギーを動力源としている。そして、俺たちにはそれぞれ固有能力が存在する」


「固有能力?」


「音を操ったり、悠ちゃんのようにエネルギー弾を放ったりと、ジャガーノートにはそれぞれ個体ごとの固有能力があるんだ。それをヴェーダという」


 悠人が放ったシャクラダヌスを思い出しながら、自分にもまたそれに匹敵するような力があることに蓮司は思わず身構える」


「そして蓮司、お前のヴェーダはアストラ、アストラル粒子そのものを自在に発生させ、それを放出することができる」


「つまり、ビームが撃てるってこと?」


「その通りだ」


 若干冗談めいた言い方をしたが、蓮司は正臣がそれに気づいていないのか、気づいているが、あえて無視しているのかの判断がつかなかった。


「お前のヴェーダはかなり希少な力だ。一条先生はその力で数多くの敵と戦ってきた。おそらく、お前もそれはまだ覚えているだろう」


 正臣がそう言うと、蓮司は父が鳥王となった時のことを思い出していた。


 神々しい黄金の鎧と華麗な翼を羽ばたかせ、夜の闇を切り裂いていくかのように戦いへと赴く父の姿はいつも以上に勇ましく、格好よく見えたが、同時にどことなく近寄りがたいものがあった。


「ジャガーノートは皆、ヴェーダを持っているが、お前のアストラはアストラル粒子を自在に発生させ、放出することができる。使い方を間違えれば、山一つ消し飛ぶほどの大惨事も起こすことが可能だ」


 改めて聞かされると、自分が人間ではないことを突きつけられているような気分に陥った。


 悠人も蓮太郎も、自分を気遣ってくれていたのかが分かる。正臣は淡々と蓮司が人間ではなく、ジャガーノートという特殊な存在であることを冷静に解説していた。


「問題なのは、お前はその力をまだ完全に制御できているのかということだ。初めて鳥王となった時、お前は自分でその力を暴発させそうになったんじゃないのか?」


 何もかもお見通しか。


 正臣相手に隠し事などするつもりはなかったが、蓮司は自分の過ちを懺悔するべく口を開いた。


「鳥王となった時、なんでもぶっ壊せるような気分になった。何もかもできるような力が体から噴き出してきた。そして、俺はおじさんとおばさんの仇を討つために蛇姫という奴と戦ったんだ」


「勝ったのか?」


 正臣の問いに蓮司は首を振った。


「戦っているうちに追い込まれて、段々力が制御できなくなった。俺はもう一人の自分に体を乗っ取られたんだ」


 蛇姫の強さに対抗するために力を求めた結果、もう一人の自分である鳥王に体を支配された苦い記憶が蘇る。


「あいつは蛇姫を弄り続けていた。その気になれば一撃で倒せる技を持ってるくせに、戦いを、いや、相手をいたぶることを楽しんでいたんだ。そうやって暴れているうちに、俺はこいつを止めようと思った」


「ちょっと待て、台所で一通り聞いていたが、なんかスゲー嫌な予感がするぜ」


 台所で料理の仕込みをしていた悠人が、露骨に訝しげに蓮司の隣へ座りながらそう言った。


「奇遇だな、俺も嫌な予感がしてきた」


 悠人のように露骨な表情は見せていないが、正臣の眉間もまた微妙にしわが寄っている。

 

 二人は何もかもお見通しであることを悟った蓮司は、自分の過ちを告白することを決めた。


「俺が戦ったのは沙希だったんだよ」


 そう告げた瞬間に、蓮太郎は湯呑を落とし、悠人は不機嫌そうに頭をかき、そして正臣はますます眉間にしわが寄っていった。


「俺は、もうちょっとで沙希を殺すところだったんだ。俺、おじさんやおばさんにあいつのことを頼むって言われたのに……」


 姦計に嵌ったとはいえ、守るべきはずの沙希を殺しかけたことを蓮司は懺悔をするかのように三人に向けて告白した。


「なるほどな、奴らがやりそうなことだ」


 表情を変えぬままに悠人がそう呟くと、正臣は黙って頷いた。


「だが、それで一つだけ納得できたことがある」


 頷いた後に正臣は淡々とそう言った。


「お前が戦った蛇姫、彼女もまたジャガーノートだったということだ」


 正臣がつぶやいた言葉に全員が驚愕していた。








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