第4話

「これが、ジャガーノートなのか」 


 全身が金色の鎧に覆われ、まるで体が燃えているのではないかと思えるほどに、自分の中から力があふれている。


 この力の溢れるがままに蓮司はザッハークとの距離を詰め、勢いよく右腕の拳をザッハークに叩き込んだ。


 肉がつぶれ、骨が折れる感触と共に顔面に拳が突き刺さる。


 ザッハークの態勢が崩れた瞬間を見逃さず、空気を切り裂くかのように繰り出された回し蹴りが胴体に直撃した。


 体重を乗せて、全ての力を連動させた回し蹴りの衝撃がザッハークの体を10mほど滑空させる。


 だが空中で姿勢を取り、ザッハークは地面を両足で削り取りながら身構えた。


「まさかこの状況で鳥王ガルーダになるとはな」


 つぶれた顔面を再生させながら、予想外のことが起きたことにザッハークは苦笑した。


「この力があれば、あいつを倒せる」


 この力がいったいどんな代物なのか、ふと蓮司は興味を持ったが、それ以上に目の前にいる敵に向けて追い打ちをかけた。


「まぐれは続かんよ」


 ザッハークが右手を突き出すが、蓮司は身をひるがえし、見えない力を回避する。


 背後からすさまじい音が聞こえてきたが、強く握りしめた拳を腹部に突き出す。


 嘔吐するザッハークの胃液にも構わずに、ボディブローを何発も何発も蓮司は繰り出した。


 たまらず沈む込むザッハークの顎に膝蹴りを決め、引き絞った弓から矢を放つがごとく、回し蹴りで胸部を蹴り飛ばした。


 だらしなく倒れこむザッハークの姿に、蓮司は見下す形で息をついた。


『お前にしちゃ上出来だ』


 再び聞こえてきた声に答えず、蓮司はこの蛇の化け物にどうやって止めを刺すかを考えていた。


『しかしもったいないな。昨日の段階で目覚めてりゃ、あの二人も助かっただろうに』


(黙れ)


 無言でつぶやきながら蓮司は『声』を黙らせようとした。


『事実を指摘しているだけだ。蛇王ナーガラージャであろうが、お前の力にはかないっこない。お前にはその力があるんだよ。このクズ共を一掃するだけの力がな』


 今更手遅れだ。時間は過去になど戻らない。この力があればと思って昨日に戻れるならば、いくらでもやってやる。


 だが北条悟おじさん北条都おばさんは死んだのだ。


 この残忍で無慈悲な蛇の一族ナーガに殺された。


 だからこそ、今自分が二人の仇を取る。ただそれだけのことだと気持ちを切り替えた瞬間、蓮司は気づけば空を飛んでいた。


「やはり、まだまだ未熟だな」


 右手でサイコキネシスを発動させ、蓮司を弾き飛ばすとザッハークは再び残忍な笑顔になった。


 弾き飛ばされ、受け身に失敗した蓮司は地面を無様に転げる。


「力はすさまじいが、心に隙がある。これが獅子王ルーヴェならば、私の息の根を止めていただろうに」


 『声』との対話による隙を見せてしまったことに、蓮司は後悔したが、かろうじて立ち上がり構えを取った。


「それでも、あの状況から自分の力を目覚めさせたことについては賞賛するべきかもしれんな」


 ダメージを感じさせぬ物言いに、蓮司はこの蛇王ナーガラージャの肉体が再生し始めていることと、自分が止めを刺し損ねたことを理解した。


「であれば、君には一つ褒美をやろう」


「褒美?」


「ああ、君が望んでいることの一つを叶えてやろう」


 口は笑っているが、ザッハークの目は善意など感じさせないほどに冷え切っている。


 ろくな提案ではないし、同時にそれは自分への罠なのかと蓮司は一層警戒した。


「気張らなくてもいい。君は今、復讐を望んでいるだろう? だからそれを叶えてやろうと思う」


「あんたを殺していいってことか?」


 口にした以上に、殺すという言葉が心に重くのしかかってきたが、自分が北条夫妻の仇を取りたいことに変わりはなかった。


「あの夫婦を粛清するように命じたのは私だが、実行したのは別の者でね。君に実行役と戦わせてあげよう」


「実行犯はあの二匹じゃないのか?」


 残忍そうなアジィと、冷徹なダハーカの顔を思い出しながら蓮司は尋ねる。


「まさか、あの二人がやるならばあんな無様な形にするわけがない。完全に息の根を止めて、死に際の遺言など残らないようにしているだろう」


「自慢になってないぜ」


 悠人ならば何かもっとうまい反論や皮肉を言えたかもしれないが、今の蓮司にはその程度の言葉しか投げつけることができない。


 口を開けば開くほどに、憎しみが増していくだけだ。


「無論あんな醜態は恥でしかない。本来ならば、私の手で処罰を下さなくてはならん。だが、君の奮闘ぶりに対して褒美をやろう」


「そんなもんいらない」


「君の親代わりであったあの夫婦を殺した実行犯を倒せるというのにかね?」


「ああ、お前をぶっ飛ばした後にそいつも始末すればいいだけの話だろ」


 そう言い放った瞬間に、蓮司は両足に力を込めて跳躍する。その落下する力を利用しながら、ザッハークめがけて飛び蹴りをしかける。


 しかし、蓮司の蹴りは金属音と共に阻まれた。


「何?」


 ザッハークを庇うように、白金の鎧の戦士が蓮司の蹴りを受け止めていた。ザッハークを文字通り蹴り飛ばすだけの衝撃を、両腕を使って防御している戦士の姿に蓮司はそのまま後ろに飛んで距離を取る。


「なんだこいつ」


 日の光に照らされ、白を基調とした装飾に思わず蓮司は目を奪われた。


 ザッハーク達にはない気品さと犯しがたい神聖なオーラは、どことなくジャガーノートに近い。


蛇姫アムリタ、辛抱しきれなかったか」


 ザッハークが問いかけるが、白金の戦士は無言のままであった。


「紹介しておこう金色の鳥王ゴールデン・ガルーダ、彼女は白金の蛇姫プラチナム・アムリタ。私の部下で、そして君が相手をするにふさわしい相手でもある」


 勿体ぶった上に、嫌みなほど鼻につく言葉に蓮司は心で舌打ちをしたが、自分が相手をするにふさわしい相手という意味が気になった。


「何しろ、私たちの同胞を攫った北条夫妻を粛清したのは彼女なのだからな」


 あっけらかんと、そしてあからさまに蓮司を煽ってはいるが、その言葉が真実であったとするならば、今目の前にいるのが自分が取るべき仇であるということになる。


蛇姫アムリタ、君にチャンスを与えよう。鳥王ガルーダを倒せ。それが君が果たすべき使命だ」


 無言のまま蛇姫アムリタは頷くと、蓮司に襲い掛かってきた。


 空間を切り裂くような鋭い拳や蹴りが飛んでくるが、かろうじて初動を見切りつつ、体を捻りながら躱すも、直撃していればただでは済まない威力であることには変わりない。


 昨晩襲ってきたヴェスペよりも動きが鋭い。


 本気ではなかったとはいえ、あの時のヴェスペは鳥王ガルーダになる前の自分でも、かろうじて避けることができた。


 だが、こいつは違う。蛇姫アムリタはザッハークの力をはねのけた自分が避けることに精一杯であることに蓮司は気づく。


 単純な強さという意味ならばヴェスペよりも上なのかもしれない。


「こいつがおじさんとおばさんを……」


 蓮司は冷静に強さを分析しながら戦術を組み立てようとするが、ザッハークの語った「仇」という言葉が気になり始めた。


 それが事実であれば、強かろうが弱かろうが関係がないはずだ。有無を言わずに倒してしまえばいい。


 沙希を連れ去り、血がつながっていないとはいえ大切に育てた二人を殺したのであれば、手加減する必要もない。


「手加減しているつもりかね?」


 再び挑発してくるザッハークに気を取られた蓮司は、蛇姫アムリタの蹴りをまともに受けてしまった。


 腹部を蹴られたはずが、衝撃が背中に突きつけられるとともに、体が鉄筋コンクリートでできた校舎の壁に叩きつけられた。


「がは!」


 壁に叩きつけられた衝撃よりも、蹴られた腹の方が遥かに痛い。昨晩といい、つくづく鋭い一撃を食らう腹だと思ったが、その隙をつくかのように蛇姫アムリタの両腕が光った。


 あまりにも一瞬のことではあったが、両腕が光った瞬間に蓮司は考えるよりも先に痛む体を動かし多少無様な恰好でその場から身を避ける。


 明らかに食らってはいけない攻撃が来るという予感がした。


 拙い自分の判断が正しかったことを証明するように、蛇姫アムリタの両腕から放たれた光の輪が、その場をズタズタに切り裂いていた。


「忠告しておこう。彼女とはあまり距離を取らない方がいいぞ。彼女は遠距離攻撃も可能だ。うかつに距離を取れば、この学園すべてが彼女に切り裂かれるだろうね」


 一昔前に見た巨大ヒーローの技を彷彿させるような光輪だが、威力はそれに負けず劣らずということか。


 うかつに距離を取れば、ザッハークが言うよりに自分だけではなく、白鳳学園すべてが蛇姫アムリタによって切り裂かれてしまう。


 何より、蓮司には遠距離攻撃する手段がない。


 徒手空拳で戦わざるをえないのであれば、圧倒的に不利な状況だ。


 さらに向こうにはザッハークが控えている。あえて手出しをしてこないが、サイコキネシスで動きを封じられたところにあの光輪を食らえば間違いなく死ぬ。


 自分が生き残ったとしても、あの得体のしれない光輪を無差別に放たれてしまえば、この学園にいる全ての生徒と教師が皆殺しにされてしまう。


 やはり、蛇姫アムリタを今ここで倒すべきだ。


『力が欲しいのか?』


 再び聞こえてくる声に蓮司は舌打ちをした。


(お前と構っている場合じゃないんだよ)


『お前だって気づいているだろ。このままあいつが暴れればどっちみち無事ではすまなくなる。ここにいる全員があいつに殺されるんだぜ』


 そんなことはわかっている。徒手空拳ならばともかく、今の自分には蛇姫アムリタと渡り合うだけの飛び道具が無い。


『奴と格闘したいならすればいい。だが、それで奴を確実に始末できると思うか?』


 これが剣道や空手の試合ならば今のままでもいいのだろう。だがこれはそんな生易しいことではなく、れっきとした殺し合いだ。


 再び蛇姫アムリタの両腕から光輪が発射された。連続で三つの光輪状のカッターが、地面と校舎を切り裂き、何本かの植木をも切断していく。


『あーあ、このままじゃみんな死ぬな。お前が本気ださないばっかりに、あいつらにみんな殺されるんだな。おじさんとおばさんを助けられなかったように』


 みんなが死ぬ。悔しいがこのままでは現実となってしまう。


 自分に力がなく、北条悟おじさん北条都おばさんを助けられなかったように、今度もまた大勢の命が失われてしまう。


 しかも、憎むべき仇の手によってだ。


「力を貸せ」


『どういうことかな?」』


「お前の力を貸せ。あいつを倒したい」


 蛇姫アムリタを仕留めるだけの力があるならば、今ここで使わずしていつ使うというのか。


 そのためならば、自分を縛っている理性を捨てるしかない。


 かつて先輩たちを半殺しにした時のように、残酷で残忍にならなければ、この怪物たちを倒せない。


『いいぜ、存分に使えよ』


 もう一人の自分が薄ら笑いで答えるとともに、蛇姫アムリタの光輪が蓮司に向けて発射された。


 しかし、その光輪が蓮司に命中することはなく、黄金に輝く光の矢によって相殺されてしまった。


「なんだと?」


 ザッハークが驚愕するが、蓮司は右腕をザッハークに向けた。


「スパルナ」


 手のひらで翼を象った光の矢は、蛇王ナーガラージャの胴体と顔を引き裂いていた。


「奴も、蛇姫アムリタと同じ力が使えるだと?」


 目覚めたばかりのジャガーノートにそんな力がないはずだが、何事にもイレギュラーは存在する。


 そしてそのイレギュラーは間違いなく、自分たちにとって不運というべき代物だろう。


 引き裂かれた胴体と顔を強靭な治癒力で再生させながら、ザッハークは膝をつく。


「なかなか、計画通りにはいかぬものだな」


 これで勝負は再びわからなくなったが、一つだけ言えることがある。


 それは、自分たち蛇の一族ナーガが好んだ熾烈な殺し合いを楽しめるということだ。


 第二局面が始まることにザッハークは顔をにやつかせていた。

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