第5話

 蛇姫アムリタの両腕が白金に輝くのと同じタイミングで、鳥王ガルーダとなった蓮司の両腕もまた、黄金に輝いていた。


 そして、オーラを宿した腕が互いにぶつかり合い、激しいエネルギーの嵐が奔流となって周囲を巻き込んでいく。


 十秒ほどのぶつかり合いの果てに、両者は互いの力が拮抗していることから互いに後方へと下がり、距離を取る。


『少しは楽しめそうだな』


 内なる声がそう呟くが、蓮司の気分は対照的に恐れを感じていた。


「こいつは強力すぎる」


 蛇姫アムリタの力を相殺し、ザッハークをも切り裂く光の矢を放てるようになったが、これでは蛇姫アムリタと変わらない。


『甘いことを言っている場合じゃないだろう』


「バカ言うな、戦いを長引かせるわけにはいかない」


 一刻も早くこの戦いを終わらせなければ、下手をすると生き残っているのは自分と蛇姫アムリタだけということになるだろう。


 そんな蓮司を思考ごと切り裂くかのように、蛇姫アムリタは光輪を連射させてくる。


 地面と校舎を切り裂きながら、蛇姫アムリタは一切の手加減をすることなく、攻撃をし続けていった。


「やめろ!」


 蓮司は再び右手で鳥を象り、光の矢、スパルナを放った。


 しかし、蛇姫アムリタは先ほど蓮司がやってみせたのと同じく、自ら放った光輪でスパルナを相殺してみせた。


 光の輪と光の矢がぶつかり合い、互いに消滅した隙を狙いすますかのように、距離を詰めた蛇姫アムリタの拳が飛んでくる。


 それを読んでいた蓮司は手の甲で受け止め、蛇姫アムリタの足めがけて下段蹴りを放った。


 肉がつぶれる音ではなく、金属同士がぶつかり合う独特の甲高い音が鳴り響く。

 

 音は響くが、大したダメージは与えることはできていない。人を蹴った感触ではなく、人の形をした怪物を蹴ったことを、蓮司は改めて認識する。


 互いに仕切りなおすかのように、蓮司も蛇姫アムリタも再び距離を取った。


『まだるっこい戦いだな』


 もう一人の自分が呆れているが、スパルナにしても使いすぎれば周囲をがれきの山にしてしまう。


 昨晩の悠人も地を穿つ太陽の弾丸シャクラダヌスという強力な技を使ってはいたが、決して連発しなかったのは威力が強いために、相手もろとも周囲を破壊してしまうからだ。


 スパルナは地を穿つ太陽の弾丸シャクラダヌスに比べればジャブのような攻撃ではあるが、それでも調子にのって連発すれば、同じ結果になることに変わりはない。


『さっさとケリをつけるつもりじゃなかったのか?』


(できるならな)


蛇姫アムリタの攻撃を捌きながら蓮司はそう言った。


『お前は小心過ぎる。あんな化け物一匹仕留めることに対して余計なことを考えすぎだ。なんのためにスパルナを教えたと思っているんだ?』


(だからといって、お前には任せられない)


 力は借りたが、だからといってもう一人の自分に戦いをすべて任せるつもりなどはなかった。


 またあの時のようにこいつは周囲を滅茶苦茶にしてしまう。あの時死人はでなかったが、今の状態であれば確実に死人が出る。


『そうかい、そいつは残念だ』


 もう一人の自分の声を聞いた瞬間に、蓮司の全身が硬直した。指一本も動かせず、その場に立ち尽くしてしまう。


 攻撃してくれと言わんばかりの隙を蛇姫アムリタが見逃すはずもなく、光の輪がほぼノーモーションで放ってきた。


 しかし、その光輪は文字通り一蹴され消し飛ばされてしまう。


「調子に乗るなよ蛇が」


 鳥王ガルーダがそう言い放つと、背中の翼を広げる。金色の翼が一瞬光ると同時に、鳥王ガルーダ蛇姫アムリタを蹴り飛ばしていた。


「蛇は蛇らしく地面を這いずり回ってりゃいいんだ。それが生意気にも足が生えたからといって、強くなったと思っているつもりか?」


 蓮司の声ではあるが、先ほどまでの蓮司とは明らかに違い、侮蔑が混じっている。


 それを裏付けるかのように立ち上がった蛇姫アムリタの腹部に向けて、力任せに拳を打ち込んだ。


 ダメージに蛇姫アムリタがよろけたところに、今度は片足立ちの態勢で連蹴りを繰り出す。


 一発一発の威力は溜めが無い代わりに半減しているが、繰り出されるスピードは蹴れば蹴るほどに加速し、止まることを知らないかのようにクリーンヒットし続けていく。


 機関銃を連射しているかのように命中し続ける蹴りに、蛇姫アムリタは全く対処できないのか、反撃することができずにいる。


「この程度で死ぬなよな。久しぶりに遊べそうなんだ」


 鳥王ガルーダは装甲の下で薄ら笑いをしていた。いくら攻撃をしても簡単に死なないことに対して恐怖ではなく喜びを見出している。


 子供が珍しいおもちゃで遊ぶのと同じように、鳥王ガルーダは明らかに遊んでいた。


 一分も経過してはいないが、体感した側は永劫に感じるほどのラッシュに、流石の蛇姫アムリタも動きが弱弱しくなり、膝をついていた。


「なんだよ、力がある割にはトロいんだな、蛇姫アムリタ


 追い打ちをかけるように、鳥王ガルーダは弱り切った蛇姫アムリタの顔を蹴り飛ばした。


 力なく蛇姫アムリタはサッカーボールのように転がっていく。ダメージが酷いのか、立ち上がろうとすることもできずにいた。


「まさかこれで終わりじゃないだろうな? なぶり甲斐があるのに、こんな中途半端でいいと思っているのかよ」


 不満げな鳥王ガルーダではあったがが、その物言いはザッハークやヴェスペにも劣らないほどの残酷さが溢れていた。


(いい加減にしろ。遊んでいる場合じゃないだろうが)


 体を鳥王ガルーダに乗っ取られてはいるが、それに抵抗するかのようにそう言った。


「ふん、甘いことを言うんじゃねえよ。お前はこいつに憎しみを持っていたんじゃないのか? お前の親代わりだった二人の仇なんだろ?」


 強い憎しみを持っていたことは否定しない。北条夫妻を殺した蛇の一族ナーガ魔獣軍団ベスティ・ヴァッフェには今もなお、怒りが湧いてくる。


(あいつらと同じことをやろうとするな。止めを刺すなら一気にさせ。お前にはその力があるだろう!)


 強い憎しみがあっても、それでも蓮司は彼らと同じように残忍なやり方に嫌悪していた。

 相手が残忍だから、化け物だから何をやってもいい道理などない。


 自分自身もまた、つまるところ化け物だからだ。


「つまんねえことを言うな」


(何?)


「せっかく遊べるだけのオモチャがあるんだ。遊ばなきゃもったいないだろう。前に暴れた時のクズ共は、なぶり甲斐が無さ過ぎたが、コイツは久しぶりに楽しめる相手だ。こんなオモチャ、なぶり殺しにしないとつまらねえ」


(お前は何を考えているんだ?)


「俺は自分の本能に忠実なだけだ。この力で遊べるだけ遊ぶ。相手の事情もお構いなしに一方的にやり込めることができるのに、楽しまない方がどうかしている」


 半笑いで答える鳥王ガルーダに、今更ながらに蓮司は自分がいろいろな意味で甘いことを思い知らされた。


 化け物と戦うために、それ以上の化け物を目覚めさせてしまった。彼ら以上に残酷で無慈悲な怪物を。


「ま、お前は黙ってみていろ。俺がお前にこの力をレクチャーしてやるからな」


 薄ら笑いが混じった鳥王ガルーダの口ぶりに蓮司は絶句する。


 コイツは敵討ちなどみじんも考えてなどいない。親代わりの北条夫妻の死も、沙希を連れ去ったことも、コイツは何も感じてなどいないのだ。


 アジィやダハーカ、ヴェスペ、そしてザッハークのように殺しを楽しみ、戦いで遊んでいる。


 その目的を正当化こそしても、暴れるだけ暴れることしか考えていない。


「さて、もう終わりならこれでケリをつけてやろうじゃないか。俺にも一応、慈悲の精神があるのでな」


 欠片ほどの慈悲も感じぬ口調と共に、鳥王ガルーダは両手で印を結んだ。すると、スパルナとはけた違いのエネルギーが光となってあふれ出ている。


「こいつはさっきまで放ったスパルナとは比べ物にならないほどの威力でな。苦痛を感じる前にキレイさっぱり消滅できるんだ」


(やめろ! そんなものを使ったら蛇姫アムリタだけじゃなく、学園まで消える!)


「甘いことを言うな。お前がやろうとしている復讐を実行してやろうというんだ。多少の犠牲は許容しろ」


(そんなことができるわけないだろうが!)


「お前が望んでいることを実行しようとしているだけだぜ」


(俺はこんなこと望んでいない!)


 自分が望んでいることは、相手をなぶり殺しにすることではない。ましてや、周囲をひたすらに破壊することなど望んだことはないことを蓮司ははっきりと叫んだ。


「お前がやろうとしていることは何なんだよ」


(俺が望んでいるのは、おじさんとおばさんの敵討ちだ。そして……」


 沙希を助け出すことを口にしかけた時に鳥王ガルーダがあざ笑う。


「笑わせやがる。お前が望んでいることを一言で俺は言い当てることができるぜ」


(何?)


「お前が望んでいることは、復讐だよ」


 嘲笑から一変して、冷え切った言葉を鳥王ガルーダは蓮司にぶつけた。


「親代わりの夫婦を殺され、幼馴染を攫わられて、お前は憎しみを持ったはずだ。あいつらが憎くて憎くてたまらないだろ」


 ふざけた口調ではあるが、鳥王ガルーダは蓮司の心を抉っていく。


「そして、その仇が今目の前にいる。手加減する必要がどこにあるというんだ?」


(だからって、学園まで巻き込む意味があるのか?)


「お前がやろうとしている復讐の方がよっぽど意味がねえよ」


(何だと!)


「お前が復讐して、あの二人が蘇るのか?」

 

 その言葉に蓮司は口ごもる。死んだ人間が蘇ることなどありえない。


 二人の仇を討ったとしても、あの二人が蘇るわけではない。そんなことに気づいていないわけではなかったが、必死に育てた沙希を奪われ、理不尽に殺されたことがあまりにも哀れに思った。


 だからこそ、その無念を晴らしてやりたいと蓮司は考えた。

 

「あいつらは娘可愛さにお前を売った卑怯者だぜ。そんな奴らに義理立てする必要なんて一切合切ないんだよ。お前がやろうとしていることは無意味だ。まだ、俺みたいに戦いを楽しむ方がよっぽど建設的だ。お前はあまりにも間抜けすぎる」


 馬鹿にしている鳥王ガルーダに蓮司は何も言い返すことができずにいた。

 

 鳥王ガルーダが言う復讐という言葉に、自分がやろうとしていることが何なのかが分からなくなった。


「だが安心しろ。お前の望みはかなえてやるよ。この蛇野郎をキレイさっぱり消滅させてやるからな」


 目の前に横たわる蛇姫アムリタに向けて、鳥王ガルーダは両腕に溜めたエネルギーを一気に解き放とうとしていた。


 自分がやろうとしていることも、結局は鳥王ガルーダと同じく単なる殺し合いに過ぎないのではないか。


 その行き着く先にあるのは、無意味な破壊ではないのかと自問自答をし始めるが、その隙を突くかのように蛇姫アムリタが飛びかかる。


「甘いな」


 鳥王ガルーダ蛇姫アムリタの不意打ちにも、ひるまずに引き絞った弓から放たれた矢のような上段蹴りを彼女の顔面に放つ。


 何かが砕けたかのような音と共に、蹴り飛ばされた蛇姫アムリタの装甲が瘡蓋かさぶたのように剥がれ落ちていった。

 

 光を反射しながら、はがれていく白金色の装甲の下には、紫色に染まった長い髪と、青白いほどに白い肌、そして、ルビーをはめ込んだかのような紅の瞳をした美しい少女の姿があった。


 その姿に蓮司は絶句してしまう。


 髪と瞳の色が違えども、その姿は自分が取り戻そうとした少女と瓜二つであった。


「なかなかの美人じゃないか。盛大かつ派手に殺してや……」


(止めろ!!!!!)


鳥王ガルーダの行動を押しとどめようと蓮司は叫んだ。もうこれ以上、この化け物に好き勝手させるわけにはいかない。


 こいつが殺そうとしているのは、自分が取り戻そうとしている少女なのだから。

 

 体の支配を鳥王ガルーダから奪い返そうとした時、蓮司は腹部に強い衝撃を受けると同時に宙を舞っていた。


 宙に浮いた体が激しく地面と激突した時、気づけば全身を覆っていた金色の鎧は、砂金のように細かく崩れて消えていった。


「時間切れかな? 一条蓮司くん」


 距離を取って戦いを眺めていたはずのザッハークが、蛇姫アムリタの傍に立っていた。


蛇姫アムリタの正体はまさか……」


「気づいたかね。君の想像通りだよ」


 瞳と髪の色こそ違えど、顔の作りだけは依然と変わらない。そのことを確信しても、事実という鋭い刃が蓮司の心に突き刺さっていた。


 自分は、沙希と戦い彼女を殺そうとしていたということを。

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