第2話

「こんにちわ、一条蓮司くん」


 ゴスロリ姿の少女がどこか残忍な笑顔で長い舌を出していた。


「誰だお前ら」


 蓮司が口にする前に悠人が立ち上がりながら問いかける。


「あらごめんなさい、まだ名乗っていなかったわね。私はアジィ、隣にいるのはダハーカ。よろしくね」


 アジィとなった少女が答える姿には人間らしさを感じない。隣のダハーカという青年からも普通の人間らしさが感じられなかった。


 人の姿をしているが、目は普通の人間とは違い冷え切った瞳をしている。


「お前らが蛇の一族ナーガか?」


「あらあら、もう私たちのこと知っているの?」


 蓮司の問いにわざとらしい口調でアジィはクスリと笑う。


 だがそんなアジィとは対照的になるように蓮司は珍しく怒りをむき出しにしていた。


「なんでおじさんとおばさんを殺した!」

 

 自分の親代わりというべき北条夫妻を殺した一味であることを確認するかのように、蓮司は怒声を上げた。


 それでもアジィは蹴落とされることもなく、その怒りをまるで受け流すかのように再び笑った。


「決まっているじゃない。私たちの姫様を連れ去ったからよ」


 冷え切った瞳で見下しながらアジィはそう答える。


「相応の制裁を下したことが何か問題か?」


 どこか悪ふざけに話すアジィとは対照的に、ダハーカと呼ばれた男は冷え切った口調でそう言った。


「我々の同胞をあの夫婦は勝手に連れ去った。だから殺した。それの何かおかしいのか?」


 冷静というよりも冷血なダハーカに思わず、蓮司は自分の血が沸騰するような気分になった。


 この二人が、沙希の両親を殺したこと。自分の親代わりの恩人を殺した悪魔のような存在であること。


 許せない。許してなどおけない。あの二人の仇を取るという行動を選択するまで一秒もかからないことだが、蓮司が怒りをぶつけようとする前に蛇の一族ナーガを名乗る二人の顔面に石がめり込んでいた。


「ペラペラうるせえ蛇どもだな……」


 ダハーカの冷たい口調やアジィの侮蔑が入った口調よりも、はるかにドスが利かせて悠人がそう呟いた。


 頭に血が昇っていたはずの蓮司はその一言に少しだけ冷静さを取り戻す。


「今の今まで放っておいてなにが同胞だ。笑わせんじゃねえよ。あんまり舐めたことばかり言っていると、お前らが大好きな酒に漬け込んでナーガ酒作るぞ」


 料理人らしい発想で、この二人以上に残忍なことを悠人は口にしているが、それはこの二人に対して一切の手加減も容赦もするつもりもないからに他ならない。


「この……!」


 顔面に突き刺さった石をアジィは怒りで握りつぶした。


 先ほどまであった余裕がすべて虚栄だったのかと思えるほど、憤怒がむき出しになっている。


「本性出やがったな蛇野郎」


「私の顔に傷をつけるなんて……」


「傷ついて困る面なら、化粧の代わりにワックスがけする方がお似合いだぞ蛇女。テメエらこそ、ただで済むと思うなよ」


 アジィの怒りよりも熱く、それでいて静かに燃えている悠人の言葉にアジィは少女の姿から蛇の姿へと変わる。

 

 黒いゴスロリ衣装が引き裂かれる様は、脱皮というよりも、蛹から蝶が生まれる姿に似ていた。


「初めからこうするべきだったわね」


「血気にはやるなアジィ」


 顔にめり込んだ石を取り除きながらダハーカがアジィを諫める。


「相手は金色の獅子王ゴールデン・ルーヴェだ。単純な力で倒せる奴ではない」


 顔面に石をぶつけられても平然としながら、ダハーカは冷静さを保っていた。


 感情が欠片も感じない無機質な表情のままに語る姿は、残忍そうなアジィよりも不気味さを感じる。


「いくらガルーダがガキであったとしても、奴は別格だ。容易く殺れる相手ならば、とっくの昔に誰かが殺している」


「ずいぶんと高く評価してくれるじゃねえか」


「俺は任務に私情を挟まないのでな」


「そうかい、なら、そいつをお前の墓に刻んでおくぜ」


 一呼吸をつきながら、悠人の体が昨晩のように、金色に輝いていく。


共振開始レゾナンス・レディ!」


 黄金の鎧を纏った金色の獅子が、日の光に照らされながらその姿を顕現させる。


「お前らに一つだけ忠告しておいておく」


 怒りを抑えるように悠人はそう呟いた。


「仕事はできるだけ選んだ方が身のためだ。自分の器量に似合わないことをやってると、手柄を立てる前に墓が建つぜ」


 悠人の軽口に返答するかのように、ダハーカの口が一瞬光ると同時に、灼熱の火の玉が吐き出された。


「ふん!」


 空を切るかのように振り出された金剛杵ヴァジュラがダハーカの火の玉をラケットにあたったピンポン玉のように弾き飛ばされた。


「火遊びは終わりか?」


金剛杵ヴァジュラを回転させ、悠人はアジィとダハーカに向けて突きつけるかのように構えてみせた。


「蓮司、動けるか?」


 戦えなかった昨晩と違い、何とか蓮司はとっさに悠人の後ろに下がっていた。


「なんとか」


「ここは俺が何とかする。お前は逃げろ」


「え?」


 あまりにも意外な言葉であっただけに、蓮司は少々間の抜けた返事をする。


 アジィやダハーカのような怪物を見ても、獅子王レーヴェとなった悠人がいることを除いても、蓮司に恐怖は無かった。


 昨日自分を殺そうとしたヴェスペに対しても、蓮司はあの時逃げるという選択肢を選ばなかった。

 

「でも……」


「お前にはまだこいつらとやり合うには早すぎる。それに、こいつら相手なら俺一人で十分だ」


 そう口にした瞬間に、再びアジィの鞭のような右腕が迫ってくる。


 しかし悠人は金剛杵ヴァジュラが糸を手繰り寄せるかのように絡めとった。


「甘い!」


 アジィの腕を絡めとった後に、悠人は両腕で金剛杵ヴァジュラをつかみ、そのまま反動をつけながら全身を回転させる。


 車輪に絡んだ糸が無理やり引っ張られるように、アジィは引き寄せられたと思った瞬間に、ダハーカめがけて反動を利用される形で投げ飛ばされた。


「ダハーカ!」


「ふん!」


 ダハーカはそのままアジィを抱きかかえるが、大きく姿勢を崩しながら距離を取る。


「蓮司、早く逃げろ」


 悠人が再び逃げるように指示するが、蓮司は逃げようとはしなかった。


「早く行け!」


 促すように足で蓮司の尻を軽く悠人が蹴ると、蓮司はハッと我に返った。


「逃げられるか?」


「何とか」


「早くしろ。こいつらは、俺ほどやさしく扱っちゃくれないぞ」


 悠人は二体の怪物とは反対の方向を指さした。自分がいれば足手まといになるという理性を優先させた蓮司は「ごめん!」と謝りながら逃げることを選択した。


「さて、これで心置きなくお前らをぶっ飛ばせるぜ」


 蓮司が避難したことを確認しながら、悠人は金剛杵ヴァジュラを振り回しながら、蛇女と蛇男へと歩み寄る。


「逃がしちゃってよかったの?」


「お前らこそ、あいつを追っかけなくてよかったのかよ」


 アジィの挑発的な態度に悠人はさらに挑発的な言葉を投げかけた。しかし、それに返答するかのようにアジィは再び鞭を振るう。


 再び金剛杵ヴァジュラで絡め取るが、今度はダハーカが動きを止めた悠人に向けて火の玉を放つ。


 おそらく本来はアジィが獲物の動きを封じ、ダハーカが止めを刺すセオリーなのだろう。

  

 だが、悠人は躊躇することなく金剛杵ヴァジュラから手を放し、火の玉を躱した。


「我々は敵前逃亡などしない。この状況、どちらが有利なのかは明らかだからな」


 無機質な態度をダハーカは崩さないでいたが、二対一という数的有利な状況を指摘するところに、悠人はアジィと同じ蛇の一族ナーガであることを感じた。


「それに、あの子はどの道死ぬんだからね」


「面白い冗談だな。お前ら蛇の一族ナーガじゃそういうギャグが流行ってるのか?」


「ヴェスペがうんざりするのもわかるわ。あなた、本当に品がないのね」


「相手によりけりだ。それに、お前らに品格をとやかく言われると、ヘンタイのロリペド野郎に子供の権利条約を守れと言われるぐらい気分が悪くなるわい」


 悠人の毒舌にアジィが大きく口を開き、怒りをむき出しにしながら舌を出して威嚇する。


「戯れるのはそれぐらいにしろアジィ」


 窘めるダハーカにアジィは舌を引っ込めた。


「へ、舌が長い割には口は回らないみたいだな。もっとスネークジョーク聞かせてくれよ。ツッコミなら強烈なのをぶち込んでやるぜ」


「貴様こそ、ガルーダを追いかけた方がいいぞ」


「なんだ、そっちの蛇女よりも笑えるな。座布団あげようか?」


「一つだけ言っておく。俺たちだけが、この田舎に来たと思っているならばそれは誤りだ」


「あの蜂野郎のことを言っているのか?」

 

 昨日、渾身の一撃でヴェスペを撃破したが、死体を確認したわけではない。生きている可能性を考慮したが、悠人の返答にアジィが腹を抱えて笑い出した。


「あはははははは、見当違いにもほどがあるわ」


「何?」


「まあいいわ、あなたに一つだけヒントをあげる」


 先ほどの憤怒の表情とは対照的なふるまいで、アジィはわざとらしい生意気な態度を取った。


「私たちはね、蛇王様の両腕と言われているの」


 蛇王という言葉に悠人は手放した金剛杵ヴァジュラを拾い上げる。


「蛇王の両腕だと。まさかお前ら、ザッハークの部下か?」


「そうよ、偉大なる蛇王ナーガラージャの一角を担うザッハーク様の忠実なる臣下が私たちってわけ」


 アジィが自慢しながらそう告げると、助走をつけて跳躍し、悠人めがけて飛び蹴りを仕掛ける。

 

 金剛杵ヴァジュラでアジィの蹴りを防ぎ、反動で再び弾き飛ばすが、アジィは悠人をダハーカと挟み込むように距離を取った。


「あの子の運命はすでに、ザッハーク様の手中にあるのよ。それに、あの子には生贄になってもらうんだから」


「生贄だと?」


「私たちの姫様が、真の力を得るためにね。あの子はいわば、当て馬、噛ませ犬として頑張ってもらわないと」


 悠人は自分の判断が甘かったことに気づいた。蛇の一族ナーガの中でも、選りすぐりの強者が蛇王ナーガラージャだが、その強さは文字通り規格外の化け物だ。


 悠人も何度かやり合ったことがあるが、蛇王ナーガラージャ達はいずれも手ごわい強敵だった。


「お前ら、一体何を企んでいるつもりだ?」


「ふふふ、決まっているじゃない」


 無邪気な悪意とも言うべき、アジィは残忍な笑顔を見せる。


「私たちの姫様に目覚めてもらうためよ。人間ではなく、私たち蛇の一族ナーガとしてね」

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