白金の蛇姫
第1話
この人は本当に不思議な人だ。
蓮司は自分が作ったチキン南蛮をつまみながらそう思った。
「あははは、悠さんって本当に面白いですね」
腹を抱えて笑っている公平に、先ほどまで沈痛な表情をしていた杏や啓太も笑みを浮かべている。
「そりゃまあいろんなところ飛び回ってるからねえ。国内だけじゃなくて、国外でもあちこち旅してたから」
それ以上に上機嫌な悠人はケラケラと笑っていた。
「でも、蓮司くんにこんな面白い親戚のお兄さんがいるとは思わなかったです」
杏が悠人にそう言うと、悠人はますます上機嫌になる。
「それは俺も。まさか、こいつにこんな立派なお友達がいるとは思わなかった。こいつ、小さいころは泣き虫でさ」
「ちょっと悠兄! 何言ってるんだよ!」
「小さいころはさ、俺と俺の親友の後を追いかけてきてさ。こいつの両親は共働きで、俺と俺の親友で面倒見てたんだけど、悠兄、悠兄ってくっついてきてね」
面白おかしく話す悠人の口調に、根明な公平は無論のこと、普段はあまり笑わない啓太も噴き出しそうになっている。杏に至ってはついに吹き出してしまった。
「ある時、俺の親友の彼女も面倒見るようになったんだけど、こいつ下手したら俺たちよりもその子に懐いてやがんの」
「マジですか?」
再び公平達が笑うが、対照的に蓮司は顔が真っ赤になる。
「それここで言うことじゃないだろ!」
「ところで、こいつこの学園で彼女いるの?」
食ってかかろうとする蓮司を片腕で制しながら、悠人がそういうと三人が少し暗くなる。
「いると言えばいるんですけど……」
杏がそう答えると、肉食獣が獲物を見据えるような表情になった。
「え、マジで? ちなみにその子美人か?」
「一応美人です」
杏がそう言うとスマホを取り出した。
スマホの画面には杏と共に少し恥ずかしそうな顔をしている沙希が映っていた。
「うぉ! 美人じゃん! お前、いつの間にこんなかわいい子と出来てたんだ!」
「出来てない!」
慌てて否定する蓮司ではあったが、悠人を含めて全員がしらけた顔になった。
「ヘタレ」
「つまんないの」
「むっつり」
同級生たちが一斉にそう答えると、悠人は再び笑い出す。
ただ、蓮司にはその笑い方が獲物を見つけた肉食獣のように見えた。
「しかしまあ、男の子は母親に似ている女を好きになるというが、結構この子、お前のお袋さんと雰囲気似てるな」
ニヤニヤとサディストであることを隠そうともしない悠人は、懐から取り出したスマホを蓮司たちに見せながらそう言った。
悠人のスマホの画面には黒髪のロングヘアの美女の姿があった。
利発そうな眼鏡と全く笑っていない表情に冷たい印象があるが、口元の黒子は女子高生にはない艶っぽさがあった。
「え! この美人もしかして蓮司のお母さんですか?」
公平がやや興奮しながらそういうと、啓太や杏も若干興奮気味にスマホの画面を見ていた。
「そう、コイツのかーちゃん。んで、これが二枚目」
人差し指でスライドをすると、二枚目の写真には一枚目の時のような冷たい無機質な表情とは対照的に、満面の笑顔で長髪の青年と腕を絡ませていた。
「同じ人間の写真とは思えませんね」
「一枚目あんなに不機嫌そうだったのに、びっくりするぐらいデレデレしている」
同じくらいデレデレしている柔道部のカップルたちに蓮司は一言突っ込みたくなったが、自分の母のあまりにも違いすぎるデレっぷりに蓮司は少し退き気味になっていた。
「ちなみに、隣にいるのは蓮司のとーちゃんな」
「お父さんこんなイケメンだったの?」
杏が少々信じられないという顔になるが、それでも父である蓮也の顔と蓮司の顔を比較していた。
「よく見ると似てるだろ。親父さんにはまだまだ及ばないところはあるが、面はだいぶ似てきた」
悠人はそういうと蓮司の頭を力いっぱいガシガシに撫でた。
「よく見ると確かに……」
啓太が目を凝らしながらそういうと、公平もうなずいていた。
「でも、雰囲気はちょっと違うかも」
杏がそう言うと、悠人はカラカラと笑う。
「蓮也さんは文武両道だったからなあ。仕事はできたし、何より強かった。まあ、今の蓮司と比べたら蓮司が可哀そうになるよ」
悠人の言葉に蓮司は何か言ってやりたくなったが、ふと脳裏に今朝見た夢を思い出していた。
優しい笑顔と共に、戦いに赴く時は誰よりも凛々しくなるあの風貌に自分が及ばないのは蓮司自身が一番わかっていた。
「ちなみに蓮司のかーちゃん、京香さんっていうんだが、この人は美人なんだけどスゲー気が強くてね。ちなみに蓮司の彼女っていう子も結構性格きつかったりする?」
悠人がわざとらしいイタズラ口調でそう言うと、杏は「分かりますか?」と率直に答えた。
「口より沙希に手が出るって言われてます」
「何それどういうこと?」
興味津々に悠人が尋ねると杏は沙希の名前を紙に書いて見せた。
「名前が沙希だから、口より先に手が出るっていうあだ名がついてるぐらい短気なんですよ」
杏の説明に悠人はさらに笑い続けた。
「あははははは! マジか! 蓮司のかーちゃんもスゲー性格きっつい人だったからなあ」
「しかも、蓮司くんが作った料理は大好きなんですよ。本人はなぜか自分から買おうとしないんですけど」
「マジか。典型的なツンデレって奴じゃないそれ?」
「ツンとデレの温度差が凄すぎて金属もボロボロになっちゃうぐらいですよ」
杏の解説を聞きながら、悠人はしばし笑いながら再びスマホをいじる。
「なるほどなるほど、ちなみにその子ってさ、こういう共通点あるかな?」
悠人はタッチペンを器用にスマホの画面に走らせると、画面を四人に見せた。
「あ!」
「なるほど!」
「確かにそうかも」
蓮司以外の三人がそれぞれ納得していたが、蓮司だけは苦い顔になりながらテーブルに突っ伏していた。
「京香さんは性格きっついけど美人だったんだが、狙ってる男が無茶苦茶多くてね。特にここがね、大人気だったんだ」
母である京香が映る写真には、沙希との共通点がペイントで囲われていた。
一般女性の平均よりも一回り、いや二回りも豊かに育った胸部。
沙希と京香との共通点とはすなわち「巨乳」であるということだ。
「蓮司はお母さんに似ている人が好きなのか」
「違う!」
啓太が真顔でそう言うのを蓮司は両手を突き出して必死に否定した。
「しかし、口より沙希に手が出るとか京香さんとクリソツだわ。あの人もまあ、鉄火肌のお京というあだ名がある勝気な姉御肌でねえ。下心で言い寄ってくる男は張り飛ばしてたが、今思うとそれが懐かしいよ」
思わず悠人は感涙しているのか目頭を押さえた。
蓮也も京香もすでに亡くなっているが、その思い出は悠人も蓮司も深く共有している記憶だ。
それに、下手をすると幼い頃に亡くなった母としての京香の時代よりも、それより古い鉄火肌のお京と呼ばれていた時期の京香のことを悠人は知っている。
蓮司にとっては優しい母という印象が強く、あまり叱られた記憶がない。
それだけに悠人の語る母の話はいろいろと興味深かった。
無論、冷やかされなければという条件が必要ではあったが。
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「いやあ、いい子たちだったなあ」
蓮司の友人たちと話をした後、食堂を出て、ご機嫌な気持ちいっぱいに悠人はそう言った。
一方で蓮司は少し神妙な表情であった。
「悠兄、あのさ……」
「お、いきなりどうした?」
少しとぼけて悠人が答えると、蓮司は「ありがとう」と返した。
「みんな、ほんとはおじさんやおばさんのことや、沙希のことで不安だったはずなんだ」
理事長と学園長を務めていた北条夫妻が亡くなり、沙希が行方不明になったことはすでに白鳳学園の生徒も教師も全員が知っていることだ。
「傷は癒えたか?」
蓮司の腹を人差し指で悠人は軽く突いた。
昨晩、ヴェスペに殺されかけたことを指摘する悠人に、蓮司は苦笑する。
「俺、本当なら死んでいたんだよな」
「お前が俺と同じジャガーノートじゃなけりゃな。ついでに言えば、あの時俺が助けに来たからお前は生きている」
先ほど啓太や公平、杏たちと馬鹿話をしていたとは思えないほどにシリアスな口調で悠人はそう言った。
まるで、昨日の出来事を忘れさせないように。
「本当なら、俺、あの三人に会えなかったのか」
ヴェスペの
そんな代物が蓮司の腹部を貫いたはずだが、すでに傷はふさがっており、痛みもない。
それでもあの一撃を食らった時は今まで経験したことのない激痛に、蓮司は死を覚悟したほどだ。
「命を拾った気分はどうだ?」
「ありがたみを感じてるよ」
悠人の言葉に蓮司は再び苦笑してそう答えた。
あの時、悠人がいなければ間違いなく蓮司は殺されていたはずだ。
文字通り、悠人に助けられたことで命を拾ったことには感謝している。
「本当なら、弁当を届けることも反対しようと思ったんだがな」
当初悠人は昨晩の一件から、蓮司が弁当を届けることに反対していた。だが、こんな時だからこそせめて旨いものを食べさせたいと蓮司が言ったことから、しぶしぶ悠人は手伝った。
「でも作る時はスゴイノリノリだったよね」
反対していた割には、自分よりも楽しそうに悠人は弁当を作っていた。
悔しいほどに自分よりも旨く、それでいて手早くチキン南蛮弁当を作っていく悠人の手際は、プロとしての実力を感じさせられた。
「そりゃお前、誰かに食べてもらうものを作るのは楽しいに決まってるだろ」
いたずらっ子のように悠人がそう言うと、悠人の矜持ともいえる信念を蓮司は感じた。
「旨いものを食えば、嫌な気持ちも多少は晴れる。解決しなくても、手助けにはなれる。料理ですべてを変えようだなんておこがましいことは考えたくはないが、少し役に立てれば嬉しいもんさ」
普段はあっけらかんとしているが、時たまに真面目でいいことを言う悠人に蓮司は憧れのようなものを抱いていた。
本当なら止めるべき立場なのだろうが、自分を気遣ってくれた気持ちも蓮司はうれしかった。
久々に出会ったが、良い意味で変わっていない悠人に、蓮司は苦笑ではなく笑顔を見せた。
「それに、北条さんの娘さん、沙希ちゃんだったか。あの子はきっと大丈夫だ」
「え?」
「あの子にはなんだかんだで友達がいる。あの子が
流石に沙希が人間ではないことを友人たちには話せなかった。
蓮司自身も沙希が人間ではないことに現実味が沸かないが、それは自分も同じだ。
「俺も人間じゃないしな」
蓮司がそう呟くと悠人は「それは俺も同じだ」と返した。
「だが、人間じゃないからといって分かり合えないわけじゃない。お前、俺があの子たちと変なやり取りしていたか?」
悠人は自分よりも、あの三人組と仲良く話し合っていたことを蓮司は思い出した。
「悠兄は昔から人たらしだったよね」
どんな人でも悠人は相手と親密になれる特技を持っている。
気難しい料理人や偏屈な職人であってもスッと心を開いて仲良くなれるその才能は、ヴェスペを倒すだけの力よりも、料理人としてのスキルよりもはるかに優れた才能ではないかと蓮司は思った。
馬鹿話をし、水素よりも軽いところはあるが、約束は必ず守り、困っていることがあれば相談に乗り、手助けする。
不幸な話も持ち前の明るさではねのける悠人の強さと優しさが、今の蓮司には少しだけ輝いて見えた。
「別にジャガーノートだから、ああいうことができるわけじゃないからな」
ニヤリとしながら悠人はそう言った。
「分かっているよ。だから、そういうところは少しだけ憧れるね」
蓮司が素直に憧れを口にしすると、悠人は照れ隠しなのか、髪をかき分けていた。
「さて晩飯だが、実は何にしようかねえ」
「刺身とか食いたいなあ」
蓮司のリクエストに悠人は少々頭を捻る。
「刺身はまあ、できる奴は持ってきているからな。せっかくだから「寄せ鍋」でもするか?」
「え、夏なのに?」
「夏だからこそだ。暑い時に熱いものを食べるのは健康に良いんだよ」
金属生命体に健康もヘッタクレもあるのかと蓮司は思ったが、その瞬間強い力で思い切り押さえ込まれ、視界が無機質な地面に覆われる。
そして耳を
「クソが!」
悠人の怒声が聞こえ、目線を上げると地面がクレーターのように大きくえぐれていた。
「スゴイ、あれを避けたんだ」
振り向くとそこには黒いゴスロリ姿の少女と、スーツを着た青年の姿があった。
「初めまして、一条蓮司くん。いいえ、こう呼ぶべきかしら?
血色がない冷え切った冷たい目で少女がそう呟いた。
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