捜索 side江嶋

 扉を二度ノックする。


「すみません、入部を考えているものなんですけれど。」


 流れるように嘘をつき、返事を待つ。


「拓馬は写真部に入部しようとしてるのか、知らなかった。」


 隣にいた吉野が声をかけてきた。嘘だと気が付いているのにも関わらずこういうことを聞いてくるのがこいつらしい。


「嘘だよ。」


「だろうな。知ってたよ。」


 自分がノックした扉の向こうにいるであろう写真部の面々に聞こえないように小声で答える。


「はいはい、今開けますね。」


 扉が開いて眼鏡をかけたショートカットの女子生徒が出てきた。恐らく写真部の部員だろうと思われる生徒に本日の目的を遂げるための嘘を重ねる。


「こんにちは、一年A組の江嶋というものです。入部しようか考えてるんですけどお話し聞かせてもらえませんか?」


「おっいいですね。どうぞ入ってください。」


 部室としてあてがわれた地学準備室へと入室する。特別棟四階の教室は西日が差していた。冬になるととたんにやる気を失う太陽には困ったものだが、冬にやる気をなくす自分と同族意識のようなものが芽生えていた。自分のやる気がなくなるのは太陽がやる気をなくして日本が寒くなるからなのだが。

 写真部員の女子生徒はもともと座っていたと思われる椅子に座った。地学準備室は来客を想定していないらしく、ソファなどの家具はなかったが、角椅子が置かれていたためそこに座る。


「あ、自己紹介を忘れていましたね。二年C組の足立霞あだちかすみです。ようこそ写真部へ。それで、隣の子は?」


「一年A組、吉野圭介です。付き添いです。」


「へえ、二人ともA組。頭いいんですね。」


 そう言って感心したような態度になった。


「落第寸前ですけどね。」


 私は正直に言う。入学してしばらくの間は気まぐれに真面目に勉強に励んでいたけれど、最近のテストの結果は散々だ。この前私のクラスの世界一適当な担任からこのままの成績で行けば来年のクラスはB組以下のクラスだと言われた。成績順にクラス分けされているなんて話を聞いたのはその時が初めてだったのでかなり驚いたのを覚えている。というか、そんな大事な話なら最初に言え。


「クラス降格は別に珍しい話じゃないし、別にいいんじゃない?」


「お前が降格するなら僕も降格するよ。」


 吉野がそう言った。嬉しい話ではあるけれど、吉野の成績で降格は無理だろう。入学からトップに等しい成績を取り続けているこの男は紛れもない天才だった。他人の気持ちを察する能力に疎い部分はあるけれど、それ以外で弱点らしい弱点はなかった。


「二人は仲がいいんだね。これは江嶋君も勉強頑張らなくちゃだ。それで?入部希望なら写真部は緩いから入部届だけ出してくれればいつでも入部できるよ。」


「ほお、そうなんですね。」


「というか、江嶋君は入部する気なんてないでしょ?」


「そんなことはないですよ。」


「いいよ、別に。ちょうど暇だったし、お喋りの相手にも困ってたんだよね。それで?何の用なの?」


 見え透いた嘘がばれていたため私は単刀直入に聞くことにする。


「写真部の方が撮った写真を見せてほしいんですよ。作品見学ってことで。」


「なんだそんなことか。お安い御用だよ。とは言ってもそこまで昔のものは残ってないけど。」


「いえ、直近一年間くらいのものが確認出来れば十分です。」


「おっけー、そうしたらそこのパソコンにデータで入ってるから見ていいよ。」


 先輩は机の上に置かれた一台のノートパソコンを指さした。


「じゃあ、拝見させていただきます。」


 私はそう言って机の上に置かれたノートパソコンを開いた。そのパソコンはかなり古いものであるということは電子機器にそこまで詳しくない私でもわかった。どうやら学校の備品であるらしく、キーボードの下には何やら番号が書かれたシールのようなものが貼られていた。

 電源ボタンを押して起動させる。立ち上がるまでに少々時間がかかりそうだと思ったため、ほかに聞きたかった質問を足立先輩にしておくことにした。


「写真部って部員はどれくらいいるんですか?」


「うーん、二十人はいないくらいかな。実際活動している人の数ならもっと少ないけど。」


「幽霊部員ですか?」


「そうだね。さっきも言ったけどうちの部活は緩いからさ。とりあえず所属だけしておくって子が多いんだ。活動に関しても別にノルマみたいな作品提出はないからね。」


「じゃあ、その中で二年B組の人って何人いますか?」


 先輩は少しだけ考える。きっと名前は憶えているがクラスまでは咄嗟に答えることができないのだろう。


「多分だけど、二人だね。河野くんと大森さん。」


「河野って、河野涼こうのりょうですか?」


 隣にいた吉野がそう聞き返す。こいつが名前を憶えているなんて珍しい人間だ。


「そうそう、彼も幽霊部員なんだけどね。」


「吉野はなんで河野先輩のことを知ってるんだ?」


「確率研究会の会長なんだよ。」


 確率研究会というのは吉野が所属する団体の名前だ。名前だけ聞くと日夜数学の勉強に明け暮れているように聞こえるが、その実情は麻雀やポーカーなどで遊んでいる団体だ。確率の要素が絡めば何をしていてもいいらしい。僕はその手のギャンブルチックなゲームが好きではないため興味はなかったが、吉野は私が部活に顔を出していて喫茶店に行くことができない日なんかはその活動に顔を出しているらしい。上手くやれているのか心配だったが名前もちゃんと憶えているらしく、少しだけ胸をなでおろす。


「お前が先輩の名前を憶えてるなんて珍しいな。」


「あいつ、ポーカーが上手いんだ。僕でも勝てない。だからだよ。」


 そう言った吉野の顔色は変わらない。一時期自分が一番であることに執着していたが、今はそれもないらしい。


「なるほどな。お前が勝てないということはよほど強いみたいだな。」


 吉野は黙ったまま頷いた。

 目の前のパソコンを見るとパスワードの入力画面が表示されていた。


「先輩、パスワード打ち込んでください。」


「アルファベットで『写真部』って打った後に今年の西暦だよ。」


「教えちゃっていいんですか?」


「別にいいよ。見られたくないものなんてないし。」


 セキュリティ管理がずさんすぎる。まあ、部活動のパソコンなんてそんなものなのかもしれないが。


「せんぱいにはなくても他の人にはあるのでは?」


 吉野がそう言う。


「君の『せんぱい』という単語からは敬意が感じられないね。」


「払ってないですからね、敬意なんて。」


 顔色も変えず、悪びれるでもなく吉野は言い放つ。


「そう言うのは口に出さないんだけどね、思ってても。まあ、君たちよりも一年年上ってだけで敬意を払われても困るからいいけど。

 写真部にはそれぞれ個人用のアカウントが割り振られててそっちのアカウントに見られて困るようなものは保存しておくことになってるから大丈夫だよ。」


「なるほど。」


 私は先ほど教えてもらったパスワードを打ち込んでロックを解除する。個人用のアカウントがあるとなれば目論見は外れるような気がしているが。

 デフォルトのままのデスクトップ画像が現れた。その中の写真フォルダを見ていく。コンテスト用に撮られた写真は拙いものから上手く撮られたものまで千差万別で、真面目にやっている人間と適当にやっているものの差のような何かを感じた。写真にはそれぞれ撮影者と撮影日時が名前付けされている。素人目に見ても上手に取られている写真は大森先輩の名前か足立先輩の名前が記されていた。足立先輩は動植物や空の写真、風景の写真などが多い。対して大森先輩は人物写真が多いような気がした。


「探し物は見つかった?」


「いいえ、残念ながら。」


 私は正直に答える。そして正直に探し物のことを聞くことにした。


「この中とか、河野先輩か大森先輩が撮った写真の中で。森田七瀬っていう人の写真あります?」


「・・・君たちは、いったい何を探しているの?」


 足立先輩は突如として顔色を変えた。


「それは言えないです。あるんですか?」


「実物を見せることはできない。けど、あると思うよ。河野君のフォルダにも、大森さんのフォルダにも。」


「へえ、何か訳ありって感じですね。それがどうやって撮られた物か教えてもらえません?」


「もしかして、河野君について調べてる?だとしたらご退席願わないといけないんだけど。」


 以前として足立先輩の顔は険しいままだ。どの発言が彼女を警戒させたのかはわからない。だが、河野先輩のことについては触れないほうがよさそうだと思う。恐らく何かやましいことがある。だからこそ怪しいのだがここは我慢だ。


「いいえ、七瀬先輩が何か困っているらしくてそれについて調べてるだけです。河野先輩に関しては特に何も調べてないです。」


 目の前の先輩は何かを考えこんだ。


「悪いけど、やっぱり帰ってもらおうかな。河野君の撮ってるものについては何も話せないことになってるんだ。幸ちゃん、いや大森さんは七瀬って子の写真を撮ってあげてたよ。ミスコンのための写真をね。そっちのデータはミスコンが潰されて行方不明らしいから、もしかしたらフォルダにあるかもね。」


「わかりました。何か気に触ることをしたなら申し訳ありません。」


 申し訳程度謝罪をしておくことにした。


「いや、いいんだよ。君たちには期待してるよ、ミスコンクラッシャーのお二人さん。」


「俺たちのこと知ってたんですね。じゃあ、最後に一ついいですか?大森先輩にも話を聞きたいんですけど今どこにいるかわかりますか?」


「幸ちゃんはインフルエンザでここ十日間学校休んでるから家にいると思う。」


「そうですか、ありがとうございました。」


 私たちはそう言って地学準備室を後にした。


 _____________________


「ミスコンクラッシャーだってさ、拓馬が文化祭で踏みつぶしたUSBの中に佐々木の相談を解決するためのヒントがあったのかもな。」


 喫茶店に向かう道で吉野が笑いながらそう言った。


「覆水盆に返らずだな。こんなことになるとわかっているなら踏みつぶしたりしなかった。」


「いや、それでも拓馬は踏みつぶしたと思うぞ。」


「そんなことはない。」


 嘘を言った。多分私はこうなるとわかっていてもUSBを踏みつぶしただろう。案外こいつは私のことを理解しているのかもしれない。まだ出会って一年もたっていないというのに。


「なんで今日は一緒に来たんだ?別にお前は関係がないって言ってなかったか?」


「拓馬と行動していたほうが面白いことが起きそうだからだよ。」


 それを聞き笑う。私の不運というかトラブルに好かれる質のことも把握されているらしい。

 だが、私も吉野圭介という人間のことをわかっている。昨日起きた出来事への疑問をぶつける。


「なあ、吉野。佐々木のこと、本当はちゃんと名前知ってただろ?」


 歩きながら聞く。入学当初のこいつなら本当にクラスの人間の名前など微塵も覚えていなかっただろう。でも、今のこいつが佐々木の名前を憶えていないとは思わなかった。佐々木はクラスでも目立つ部類の人間だ、面倒見がよく、周りの人間から話しかけられていることも多い。行動こそ春と一緒のことこそ多いが周りの人間からは信頼されている。


「ああ、憶えてたさ。」


「じゃあなんで嘘ついたんだ?」


「僕はあいつが嫌いなんだ。ああいう八方美人は。」


「八方美人ね。そう見えないこともないが普通にいい奴なだけじゃないか?」


「傍から見てればその二つに大差はないよ。僕は人間の善性をあんまり信じてないから『八方美人』と呼んでいるだけ。」


「へえ、でも別にいいんじゃないか?八方美人でも。お前は困らないだろう。」


「確かに僕は困らないさ。でも、あいつの善行には動機がない。頼まれたからやっているだけだ。動機がない善行に価値はないよ。きっと本当に困ったときに自分勝手にふるまうタイプだ。矜持もルールもない人間っていうのは一番退屈なんだ。だから嫌い。」


 吉野はそう言った。矜持やルール、そんなものがある人間のほうが稀であると僕は思うが。


「お前の人を見る目は乏しそうだな。」


「そうかもしれない。他人をちゃんと見るようになってまだ日が浅いからな。」


 そう言ったきり、吉野は黙った。私も特に話すことがなかったので黙り込んで今日会ったことを振り返る。そうして、私は顎に手を当てて考える。足立先輩の言葉の意味を。吉野に尋ねる。


「足立先輩の言葉覚えてるか?」


「『期待している』ってやつか?」


「ああ、俺と吉野はいったい何を期待されているんだろうな。」


 もしかしたら佐々木の一件以外にも厄介な何かに首を突っ込んだのかもしれない。そう思った。

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