捜索
翌朝、私は剣道場に顔を出していた。朝の練習は任意なので人は少ない。進学校ともなれば部活動に熱心に励んでいるような人間も少なく、朝の練習に顔を出すような人間は、私と七瀬先輩くらいなものだった。先に到着していた七瀬先輩に挨拶をする。
「おはようございます、先輩。」
「おはよう、楓。」
道着を纏って先に竹刀を振っていた先輩が手を止めて私に挨拶を返す。私と先輩の朝稽古はそこまで激しいものではない。二人で稽古をすることもあったが、朝からハードな練習をこなすことは少なく、素振りや走り込みと言った基礎練習をすることが多かった。
「先輩、あの件なんですけど。とりあえず今日からいろいろと調べてみます。ちょっと時間がかかるかもしれません。」
「うん。なんだか、厄介なことを相談してしまってごめんね。」
「全然大丈夫ですよ。」
友人に相談してしまったことを明かすべきかどうか考えたが、最終的に大事になっていなければ問題ないだろうと思いやめおくことにした。
「楓ならそう言うと思った。だから相談したんだけど。」
「今度飲み物でもおごってくれればそれでいいですよ。気にしないでください。」
「そっか。じゃあ、そうするね。」
先輩がそう言って笑った。なんだか少しだけその笑顔が恐ろしく見えたのはきっと気のせいだろう。
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その日の放課後。私たちは写真の撮影場所を探していた。とはいっても江嶋は「別のアプローチをしてみる」といって別行動をしているため、春と私のツーマンセルで捜索を行っていた。
「うーん、この写真はこの机から撮られた感じで間違いなさそうだね。」
誰もいない二年生の教室で春が言った。
写真が撮られたであろう場所を調べはじめてわかったことは、場所の特定はそこまで難しくないということだった。ほとんどの写真が七瀬先輩のクラスのどこかから撮られたものであり、犯人はおそらく二年B組にいる。
「ありがとう、春。次の写真ね。これもこの教室で撮られた物かしら。」
中庭で友人と昼食を摂る写真を見ながら私は春に尋ねた。
「ここまでほとんどそうだし、そうな気もするね。」
そう言って二人で窓際に移動して中庭のほうを向く。
しかしどうだろう、連絡路が邪魔になって中庭に設置されたテラス席を視認することはできなかった。
「違うみたいね。」
私は携帯に保存された写真を見ながらどこから撮られたものなのかを考える。二年B組の人間が犯人だと推測するならばA組やC組などの別教室から撮られたとは考えにくい。
「うーん、とりあえず連絡路で視界が遮られてるから連絡路まで行ってみる?」
「そうね、そうしましょ。」
春の提案に従い、私たちは教室を後にした。
連絡路は二年生の教室がある三階の一つ下の二階にあるため教室を出て二階へと向かう。時刻はすでに午後5時を過ぎており日は落ちている。校内の電気こそ消えていないものの、白い蛍光灯が照らす廊下は少しだけ不気味だ。
春もそう思ったのか、それとも沈黙に耐え切れなくなったのか私に声をかけた。
「楓ちゃん、ごめんね。たっくんに話がばれちゃって。」
「ううん、彼も手伝ってくれてるし気にしなくていいわ。意外と優しいのね江嶋は。吉野とは大違い。」
階段を下りながら春と会話をする。
「たっくんは正しさと平等の味方だからね~。だからこそ逆に手伝ってくれるとは思ってなかったんだけど。吉野君は何というか、興味がないことにはとことん興味がないんだよ。あれでも結構改善されたんだけどね。」
「あれで?」
「うん、あれで。最初なんてたっくんの名前も憶えてなかったんだよ?ずっと出席番号で呼んでたんだから。」
春は笑っていたが、私からすれば信じられなかった。よくもまあ江嶋もそれを許したものだ。
「でも、吉野君もやる時はやるから安心してよ。」
「そうなの?」
「うん、あの子の才能は本物だよ。本人はそうは思ってないみたいだけどね~」
「才能があってもあんなに性格が悪いんじゃだめじゃない?」
「吉野君が特別性格が悪いわけじゃないよ、楓ちゃんにはわからないかもだけど。言動が素直すぎるだけだよ。」
実際のところ、吉野圭介の評価は私の中でかなり低かった。弱いものを助けるのは当然だ。それを「自分が困らないから」という理由で切り捨てる。私からすれば信じられないことこの上なかった。
会話をしているうちに連絡路にたどり着いた私たちは窓からテラス席を確認する。夜になってしまっているので正確なことは言えないけれど、おそらくこの写真はここで撮られたものではない。なんというか、距離が近すぎる。この距離でシャッターを切れば本人たちにもばれてしまうし、あの写真のような広い画角にはならないだろう。
「ここも違うらしいわね。」
「そーだね。とりあえず、今日は暗いしここまでにしよっか。」
春はそう言った。撮られた場所がわかっていない写真は残り二枚だ。テラスで写真を撮る写真と、下校中に撮られた後ろ姿の写真。もう一度捜索を行えば、何とかなりそうではあるので焦らなくてもよいだろう。
「たっくんが、喫茶店集合って言ってるんだけどどうする?」
春が携帯のメッセージを確認しながらそう言った。
「うーん、今日は授業の課題も残っているし。どうしようかしら。」
「じゃあ、一緒に喫茶店でやるってどう?」
「いいわね、そうしましょう。」
そう言って私たちは女子更衣室に置いていた鞄を取りに向かった。
鞄くらいなら持ち歩いても良かったのだが、身軽なほうがいいだろうということで私のロッカーに春と私のカバンを置いていた。
私たちは三階にある女子更衣室に向かって歩き出した。鍵を開けて更衣室に入ると、先日ベンチに置いてあった紙袋がそのまま放置されていた。中身はタオルが重なっていると思われた。
「この紙袋、この前からあるんだけど先生に届けたほうがいいかしら?」
「どうだろ~、たまたまかもしれないし、届けなくてもいいんじゃない?穴とか空いてるから意外と普段使いなのかも?」
春にそう言われたため私はそれについて深く考えることをやめ、ロッカーの鍵を開けて鞄を取り出す。私のロッカーの近くには七瀬先輩のロッカーが見えた。しっかりと鍵のかかった南京錠がぶら下がっていた。ストーカーとやらはこのロッカーに写真を置いたりして何がしたかったのかと今更ながらに思う。
そのとき、私を待っていた春が窓から外をのぞき込みながらつぶやく。
「あれ、」
「どうかしたの?」
「うん、あのね、楓ちゃんちょっとこっち来て。」
私は窓の外を見る春の隣で同じように外を見た。
「これって。」
「うん、多分あの写真の画角と一緒、だよね?」
事態は混迷を極める。完全に予想外だ。
もしかするとストーカー野郎は野郎じゃなかったかもしれない。
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