回想

「楓。少し、話があるんだけど。」


「な、なんでしょうか。私としてはその、なんというか服くらいは着たいと言いますか、着てほしいと言いますか、えっと、あの、」


 下着姿の先輩の姿に赤面し、あわてふためく私を見て先輩は笑った。先輩の下着は薄い水色でそれを見た私は


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「ちょっと待て。その下着にまつわる話は必要なのか。」


 私が春に相談していると部外者の横やりが入った。


「回想中に割り込んでこないで。というか盗み聞きしないで江嶋。」


「いや、盗み聞きするつもりがなくても聞こえるんだよ。そこまで赤裸々に先輩の下着を見た感想を語る必要はあるのか?」


「言われてみればないわね。じゃあ飛ばすわ。」


 気を取り直して回想である。


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 制服を着た私と先輩はロッカー脇のベンチに座って話をすることにした。


「実は私のロッカーにこんなものが入っていて。」


 私はそれを確認した。そして鳥肌が立った。まさかそんなものを現実世界で見ることになるとは思わなかったからだ。

 それは先輩の写真だった。しかし、友人と仲睦まじくとった写真などではない。自分で自分の写真を撮った加工マシマシの自撮りなどでもない。

 下駄箱で靴を履き替える先輩の写真や、教室で居眠りをする写真、休み時間の様子と思われる先輩が友人と中庭で話している写真、夜道を歩く先輩の後ろ姿などの写真が十数枚、それは言わば盗撮だった。

 私は驚きの声とともに先輩に問うた。


「これって、もしかしてストーカーですか?」


「うん、多分。」


 先輩は言った。まさか、こんなに身近にストーカー行為があり、その被害者がいるという事実に悪寒がした。自分もおそらく無関係ではいられない場所でフィクションのような事実が起きていた。


「警察に言わないと。」


「私もそれを考えたんだけど、実害は出てないの。それにこれ。」


 そう言って先ほどの教室内で友達と笑う写真を指さした。


「この写真からわかるように、多分学内の人なのよね。」


 確かにそれは、明らかに校内から取ったと思われるアングルな写真だった。


「だとしたら先生とかに言ったほうがいいんじゃ。」


「できれば大事にしたくないの。同じ高校の生徒で、もしも仲のいい人だったらって思うと怖くて。」


 恐怖より相手への配慮が勝つとは優しい人だと思った。


「だから楓に探してほしいの、犯人を。」


 先輩はそう言った。


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「っていう話なんだけど。一緒に犯人捜ししてくれる?」


「いいよ!」


 楓は元気よくそう言った。


「いや、ちょっと待てよ。」


 またしても江嶋が横から口を出してくる。


「なに?江嶋には頼んでないけど。」


「今の話、漏れはないのか?」


「ないわよ。一字一句残らず。そこの隣の吉野君と違って記憶力はいいの。」


 興味なさげにそっぽを向いていた吉野君がこちらを向いた。


「そうかみつくなよ。僕も記憶力はいいほうだ。覚えるべきこと、ならな。」


「へえ。その自己評価、見直したほうがいいんじゃない?」


「ふぇえ、楓ちゃんと吉野君がバチバチしてるよ~たっくん止めて!」


「まあ、落ち着けよ二人とも。吉野も名前くらいは覚えたらどうだ。」


 吉野君、いや吉野はこれ見よがしに肩をすくめて見せた。その動作すらむかついたが、私は大人だから耐える。大人だから。しかし、吉野を睨んでおく。彼はそれを鼻で笑った。


「それで、なんで江嶋は割って入ってきたの?」


「いや、なんでってそりゃ。おかしくないかその話?」


「どこが?」


「いや、まあ佐々木がおかしいと思ってないならいいんだ。何でもない。」


「そう言われると気になってしまうけど。」


「いや、気にしないでくれ。それで、その盗撮写真とやらを見せてくれないか?」


 そう言われた私は携帯に送られていた七瀬先輩の盗撮写真を春と江嶋に見せた。

 その中の一枚の写真を見た江嶋は顎に手を当てて考えこみ、春は私のカメラロールをスクロールしてまじまじと見つめ言う。


「盗撮された写真に対してこういうのも不謹慎かもしれないけど、この写真とっても上手に取られてるね。」


「そうなのよね、盗撮の癖に脅えがないというか。先輩を良く撮るために努力されているかのような写真なのよね。気持ち悪い。」


 春の評価は正しかった。写真に写る先輩はほとんど笑っていて、その自然な笑顔は写真を取られる時の恥ずかしさや緊張を感じさせない写真だった。

 唯一先輩の顔が判別できない通学路で撮られたと思われる後ろ姿の写真も、暗がりを歩く先輩をネオンライトが照らし、夜道の暗さや寂しさをよく表現できている。プロがとったと言われても素人の私ならば判断がつかないくらいの良い写真だった。


「まあ、とりあえず先輩が困っているようだからストーカー野郎を捜してあげないと。」


「当てはあるのか?犯人について。」


 考えこんでいた江嶋が私に声をかけた。


「いや、特にないわ。江嶋も手伝ってくれるの?」


「まあ、手伝おうかな。暇だし。」


「たっくん部活は~?今日もさぼりでしょ?」


「春、知らないのか?冬は寒いんだ。とても走る気にはならない。こんな寒空の中寒風に抱かれて走るより佐々木の助けになってやったほうがいい。」


「顧問の先生に怒られるよー?」


「怒られたら怒られたでその時反省するよ。とりあえず、俺は佐々木を助けてやることにする。」


 興味なさげにカウンターに座っていた吉野がこちらを向く。


「正気か?そんな見ず知らずの先輩を助けるなんて。」


「正気だよ。それに俺が助けるのは見ず知らずの先輩じゃなくクラスメイトの佐々木楓だ。」


 その言い回しにどことなく疑問を感じた。


「・・・なるほど。だとしても、そいつがこれから困ることで僕らは困らないぞ。」


 吉野は江嶋を見ながら言った。この男は性格が悪いのだと私は理解した。絶対にそりが合うことはない。二度としゃべりたくないほどの嫌悪感を抱いた。


「だとしても見過ごせない。俺の目に留まった以上はな。嫌なら別に吉野は何もしなくていい。」


「そうか、じゃあもう何も言わない。」


 吉野はそう言って引き下がった。


「佐々木、俺にはある程度その写真がどのようにして撮られたものなのか想像がついてる。お前に当てはあるか?」


「教えなさいよ。当てなんてないし。」


「まだ駄目だ。どのようにして撮られたかはわかってるけど、なんでそんなことをしたのかが全くわからない。当てがないならとりあえず、正攻法で調べていこう。画角がわかるならどこから撮られたかを調べよう。」


「わかったわ。明日から始めましょう。」


「気張っていこー!」


 春が掛け声をかけたので私も「おー!」と返事をしたが声を上げたのは私だけで、少しだけ恥ずかしくなった。

 そのとき、私の携帯にメッセージが来た。七瀬先輩からだ。


 七瀬:写真保存してくれた?なんだか恥ずかしくなってきたから送ったメッセージ消しといて!


 私はそのメッセージを真に受けて、先輩から送られてきた写真付きメッセージを削除した。


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