会議

喫茶店に着くとそこには江嶋と吉野の姿があった。

江嶋はテーブル席で教科書を開いて課題にいそしんでおり、吉野はカウンター席でマスターとチェスをしていた。


「たっくん、お待たせ~。」


江嶋はノートから顔を上げて私たちを見た。


「授業課題があったから待ってはいないよ。首尾はどうだ?」


私と春は江嶋と同じテーブル席に座り答える。


「こっちは順調よ。ほとんどの写真の撮影場所が判明したわ。ちょっと予想外な事実も判明したけど。」


私は鞄から江嶋と同じように課題を取り出す。とりあえず、何も飲まないわけにもいかないので注文をする。


「マスターさん、カフェラテ一つ。春は?」


「私は今日はブレンドかな。」


春もノートを取り出しながら答える。


「じゃあ、ブレンドも一つで。」


吉野とチェスをしていたマスターはこちらを向いて頷く。


「それで、予想外の事実って?」


「あの写真のほとんどが二年B組で撮られたものだったんだけど、一枚だけ違ったの。」


「テラス席を写したやつか?」


「それよ。」


「まあ、連絡路が邪魔そうだもんな。」


「わかってたなら教えてほしかったよ~」


春が口をとがらせながら言った。あざとい。

見てみると春はノートにペンを走らせていた。私も課題を進めなければと思い、筆箱から取り出したシャープペンシルをノックし、課題を進める。授業中に配られた数学のプリントを確認する。無駄に進度の早いうちの高校の数学の授業で扱っている内容は既に一年生の範囲を大きく逸脱しており、三角関数の範囲に入っていた。

最近になって表れた定理を用いながら問題を解いていく。


「それで、結局どこで撮られたものだったんだ?」


江嶋がそう言った。集中できないからやめて欲しいと思いつつ、平行作業で答える。


「あれ、女子更衣室から撮られた可能性が高いわ。暗くてしっかりとは確認できていないけれど。」


「なるほど、俺がどこからの写真かわからなかったのもそう言う理由だったのか。他のは大体B組で撮られたものだったってことで間違いないか?」


「ええ、こうなるとB組の女子が怪しいわね。」


「女の子が女の子のストーキングって珍しいね。」


春がそう言う。


「ストーキングに性差があるのかは知らないけれど、俺としては予想通りだ。」


「江嶋は犯人が女子だと思ってたの?」


「いや、犯人は女子だよ。それはわかってたけど、写真を撮った人間については女子かどうかは確定してなかった。恐らくそうだろうとは思ってたけど。」


その言い回しに疑問を感じた。まるで犯人と撮影者が別であると言っていることになる。どういうことだ?目の前の問題についての感想と江嶋の発言への疑問が一致する。


「たっくんは何してたの?」


「俺は別のアプローチとして聞き取りをしてた。あの写真、春も佐々木も思ったと思うけど、素人の撮ったそれとは思えなくないか?」


「プロの写真家に話でも聞きに行ったの?」


「いや、俺が話を聞きに行ったのはプロではないけど素人でもない。写真部にお邪魔して話を聞いてきた。」


「なるほど、直接的に犯人を絞り込んだわけね。」


手を動かしながら私は言う。横に座っていた春を見ると、すでに課題を終えていた。学年トップにかかればこの程度の問題はおしゃべりしながら終わるらしい。

後2問残された課題は話をしながら解けるとは思えないものだったため、一時的に手を止める。どうやら江嶋も同じ問題でつまずいたらしく、彼も手を止めていた。

ちょうどマスターが私と春の頼んだ飲み物を机に届けてくれた。私はそれを飲んで一息つく。目の前の問題はサイン、コサインの複雑な方程式の最大値、最小値を求める問題で、一筋縄では求められそうにない。

江嶋はそうそうにギブアップらしく、カウンター席に座る吉野にSOSを出した。


「吉野、この問3はどうやって解くんだ?」


「サインとコサインの和をひとまとめにして置換だ。そんな問題で躓くな。」


チェス盤から目を逸らすことすらもなく江嶋に向けて放たれた悪態が私にも刺さる。しかし、助かったのは事実である、私は止まっていたペンを動かした。


「なるほど、ありがとう。」


「そこの女は礼を言わなくてもいいのか?」


「私、名前があるんだけど。」


吉野が鼻で笑う。


「へえ、そうだったのか。それで、そこの女。礼はしなくていいのか?」


あくまでも私の名前を呼ぶ気のないその態度が癪に障り立ち上がる。


「吉野君、お礼してあげる。表出ようか。」


「怖いからいやだね。」


「二人ともやーめーて。」


春の制止で私は椅子に座る。ちらりと吉野を見ると特に何の表情を浮かべるでもなくチェス盤を見ていた。


「吉野はなんでそうも突っかかるんだ?寂しいのか?」


「いや、単に退屈な奴が嫌いなだけだよ。」


「私が退屈ってどういう意味?」


「そのままの意味だ。退屈じゃないってんなら己の価値を証明して見せろ。」


「どうやって。」


「知らないよ。それでも、僕はお前みたいな奴が僕は嫌いなんだ。おまけに偽善者と来てる、つまらないことこの上ない。僕の高校生活はそんな奴に時間をさけるほど長くない。」


こちらを向き眼鏡の奥から除く瞳は少しだけ恐ろしかった。そのまなざしの中にはある種の敵意のようなものが含まれていたように見えた。


「まあ、いちいちひと悶着起こされても話が進まなくて困るからおとなしくしててくれると助かる。」


剣呑な雰囲気を察知した江嶋が間に入った。


「わかった、黙るよ。」


そう言って彼は再び、チェス盤に向きなおった。


「話を続けよう。犯人も撮影者もおおむね確定したから、解決編へと向かいたい。相も変わらず犯人の目的は見えないがまあいいだろう。」


「江嶋はもう犯人が分かったっていうの?」


江嶋は頷き、椅子に座りなおした。息を一つはいて言う。


「撮影者は二年B組の大森幸おおもりさちだ。二年B組の写真部に所属してる人間で女子となれば彼女しかいないからな。」


「じゃあ、明日その犯人に事情聴取しなきゃね。」


「いや、犯人は大森さんじゃない。」


「どういうこと?」


「犯人と撮影者が別ってことだよ。」


「その結論だと余りにもストーカーとして成立していないんじゃない?」


「むしろお前はストーカーなんて本当にいると思うのか?」


江嶋はそう言った。

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