目的不明
「むしろお前はストーカーなんて本当にいると思うのか?」
江嶋はそう言った。私は発言の意味が分からず困惑した。
だってそのいいかたじゃあまるで、
「犯人がいないってこと?」
私の思考とリンクするかのように春が尋ねた。
「犯人はいる。でもこれはストーカーじゃない。」
「どういうこと?もったいぶってないで教えて。」
私は興奮して立ち上がり、江嶋に詰問する。
「まあ、落ち着けよそこの女。犯人当てくらいなら今まで傍らで聞いていただけの僕でもできる。当ててやろうか。」
カウンター席に座り、肩ひじを付きながら私のほうを向いている吉野が言った。
「私の名前は佐々木楓。次『そこの女』呼ばわりしたら冗談抜きであんたの左頬を張るから。」
「おっかないな。わかったわかった。佐々木、お前ここまで来て容疑者は二人しかいないことに気が付いてるか?」
「本当に話を聞いてたの?一人でしょ?その大森何某とかいう先輩だけ。」
「いいや、違うね。というか、佐々木以外はもう気が付いてるよ。なあ、春、江嶋。」
二人は黙ってうなずいていた。そして江嶋が私にゆっくりという言う。
「佐々木、この一件において誰がやったのかってのは確かに重要なんだ。けどな、それよりも重要な問題が一つあるんだよ。」
「それはなんなの?」
「『How to』だよ、佐々木。ストーキングなんてそんなに難しいことじゃない。今回の場合は写真を撮るだけだからな。言ってしまえば誰にだってできるんだよ。
だけどな、一つだけストーカーなんて奴が本当に存在するならばとんでもなく難しい過程が一つあるんだ。」
私は必死に考える。ここまでヒントを出されてそれでもわからない愚かな人間ではないことを証明するために。数瞬にわたって様々な思考が巡る。そして私は結論を出す。しかし、私の出した結論は吉野や江嶋、春の言った『容疑者が二人』という発言とは合致しなかった。
「女子更衣室に入ること?でもそれは大森先輩が女子だからさほど難しい問題じゃないでしょ。写真部が女子更衣室を使う機会は確かに少ないかもしれないけれど、ゼロじゃないんだから。」
それを聞いてため息を吐いたのは吉野だった。そして、私の回答を添削するかのような優しい口調で春が私に言う。
「半分正解だよ楓ちゃん。でも、もう一つ難しい過程があるでしょう?
ストーカーさんはどうやって七瀬先輩のロッカーに写真を入れたのかな?先輩のロッカーには錠が着いているんでしょう?」
私はそれを聞いて気が付く。いや、思い出す。そうだ、先輩のロッカーには鍵がかかっている。それも、私の使っているダイヤル式のものではなく鍵を使わなくては開けられないシリンダー式のものだ。犯人はその鍵をどこかで入手したことになる。
けどそれは余りにもおかしい。だって、あの日の七瀬先輩は鍵を使ってロッカーを開けたのだ。彼女は自分で鍵を持っていた。つまり鍵は盗られていないのだ。そうなると考えられる可能性が一つ増える。
「七瀬先輩の自作自演ってこと?」
「それだよ、足りない頭でよく考えられたな。偉いぞ、褒めてやるよ。」
吉野は鼻で笑いながらそう言った。
「やっぱり表出ようか、吉野君。」
「寒いから嫌だね。」
吉野はあからさまにそっぽを向いた。
「お前ら、実は仲いいだろ。」
「江嶋が出る?被虐趣味があるなんて知らなかったわ。」
「おっかねえ、遠慮しとくよ。まあ、佐々木が気付かないのも無理はない。こういうのは相談された当人は気が付けないのが普通だよ。」
「私が話をした時に教えてくれれば良かったのに。」
今更になってこんなネタばらしをしなくても、最初から教えてくれればよかった。そうすれば先輩に確認をして自作自演かどうかを確認できただろう。
「いや、あの話を聞いただけでは七瀬先輩の自作自演説は濃厚ではあったけど確定ではない。俺が今日写真部に話を聞いてわかったことなんだが大森先輩はインフルエンザでここ十日間は登校してないらしい。この情報で自作自演はほぼ確定だ。」
「でも、どうしてそんなことしたのかなー?」
「俺もそれがわからなくて困ったんだよ。何のためにストーカーの存在をでっち上げてるのか?何のために佐々木に存在しない犯人捜しを依頼したのか。その理由が全くわからなくて困っている。何か心当たりはないのか?」
「ないわよ。というか、どんな理由があればストーカーの存在をでっち上げて私に探させるのよ。」
「そうだよな。まったくもって俺にもわからん。」
そういって江嶋は考えこんだ。春も私も黙り込んでしまう。
七瀬先輩の目的はいったい何なのだろうか。私が写真について捜索することで何かしらのメリットが彼女にあるとは考えにくかった。私は携帯電話を取り出して、彼女が盗撮されたと言っていた写真を見た。どれも素晴らしい写真だ。友人と話しているときの楽しさや一人で歩いているときの寂しさ、居眠りをしているときの退屈さや眠気が伝わってくる良い写真だった。こんな写真を盗撮だと考えてしまっていた自分の愚かしさに頭を抱えそうになる。しかし抱えた頭をもってしていくら考えたところでなぜこんなことをするのかは一向に見当がつかない。
「お前たちにいいことを教えてやろうか。」
私たちは吉野のほうを向いた。彼は少し真面目な顔で薄ら笑いを浮かべていた。
「目的が見えない行動を他人にさせようとしている人間の目的は大きく分けて二つだ。一つ目は全く何も考えていないとき。何も考えていないからこの場合は目的なんて存在しないわけだ。そりゃ目的が見えなくて当然だ。」
「今回はそのパターンには該当しなさそうね。何も考えずにあんなことを私に頼むわけないもの。」
「その通りだ、じゃあ二つ目は何だと思う。」
「さあ、皆目見当もつかないわ。」
私は肩をすくめる。
「二つ目はな、何かを企んでいるときだ。企んでいるんだから目的は隠しているさ。そして僕の経験則上このパターンの時は、」
「吉野にも人間関係における経験が存在したんだな。」
江嶋が吉野の言葉を遮って悪態をつく。
「いや、そう言われると当事者になったことはないな。でも部外者として傍観していることは多い。ほとんど覚えていないけど。このパターンの時、大体の人間のたくらみってのは悪意によるものだ。気を付けたほうがいい。別に僕はお前が何に巻き込まれたところで知ったこっちゃないんだが、一応忠告はしといてやる。」
「私が七瀬先輩にはめられてるって言いたいの?」
「そうだよ。」
心当たりを探してみるが、何も思い浮かばない。私と先輩は良好な関係を築けていたはずだ。部活では互いに切磋琢磨し、レギュラー争いを繰り広げていた。私が勝つこともあれば負けることもあるし、一方的に恨まれるいわれはないかった。
「心当たりがないわ。他人の恨みを買うようなことはしてないはずよ。」
吉野がにやにやと笑う。
「へえ、七瀬とやらだけじゃなく恨みなんか買った記憶はないって言い草だな。」
実際のところそれは事実だった。私はできるだけ人の力になれるように行動しているし、人に迷惑をかけないように日々を過ごしている。誰かの恨みを買った覚えなどない。
「そうよ。吉野と違って、私は良い人だから。」
「僕に悪態をついているお前が言うと説得力がないぞ。」
「こんなことを言うのはあんたにだけよ。」
「へえ、やっぱり八方美人てやつなんだな。でもな、みんなから好かれている人間とみんなから嫌われている人間ってのは紙一重なんだ。周りの人間の感性に合う人間が好かれて合わないなら疎まれる。覚えておけよ。」
それきり吉野は口を開かなかった。私はとりあえず明日の部活で七瀬先輩に事情を聴いてみようと決意した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます