epilogue #1
教室へと行く前に図書室へと立ち寄る。貸出カウンターにはいつも通り少女の姿があった。借りる本はなかったけれど、僕は彼女のもとへと向かう。本を開き、ページをめくる彼女に声をかけることをためらう自分はいたけれど、それでも声をかける。
「雨森、何の本を読んでるんだ?」
彼女は開いたページから僕のほうへと視線を移す。そして閉じた本の表紙を黙って見せてきた。読んだことのない題名だ。
「面白いか?」
彼女は首を縦に振る。どうやら今朝のようには喋ってくれないらしい。
「そうか、今度借りてみる。」
そう言うと、彼女は背表紙を僕に見せてきた。そっちには何も書いてないだろうと思ったが、貸出用のバーコードが貼られていなかった。どうやら彼女の私物のようだ。
「じゃあ、今度個人的に貸してくれ。」
僕の言葉を聞いた彼女は驚いたような表情をして、それでも嬉しそうに笑いながらうなずいた。どうやら貸してくれるらしい。そして僕は図書館へと来た目的を果たすために告げる。
「チェスのルールを教えてくれないか?」
それを聞いた雨森は貸出カウンターの近くに運よく置いてあったチェスのルールブックを僕に手渡した。
「そうじゃなくって、対戦しながら教えてほしい。雨森と指したチェスは、なんというか、退屈じゃなかった。また一緒に指せたらと思って。」
なんだか自分がすごく恥ずかしいことを口にしているような気分になって俯いた。誰かに一緒に何かをしようなんて言ったのは初めてだったから、誘い文句の一つも知らなかった。これであっていただろうかと雨森の顔を見るために顔を上げるとなぜか彼女の目からは涙がこぼれていた。静かに泣く彼女は制服の袖で涙を拭っている。
「ど、どうしたんだ。なにか気に触ることでも言ったか?ごめん、こういうの慣れてなくって。」
彼女は首を横に振る。鼻をすすりながら涙を拭って小さな声で僕に言う。
「嬉しかったから、涙が出たの。」
僕は困惑してなんと言えばいいのかわからなくなる。なんで彼女が嬉しいのか僕には全くわからなかった。僕は黙って彼女の目を見る。
「なんで嬉しいんだよ。」
「圭介君が私が欲しかった言葉をくれたから。チェス、一緒にやろう。人に教えるのなんて初めてだから、上手くできるかわからないけど。」
彼女は笑っていた、その表情が魅力的で僕の胸が少しだけ高鳴った。この感情の名前を僕はまだ知らない。けれど、きっと大切なものだろうと、そう思った。
そんな気持ちを隠すように彼女に向かって僕は言う。
さて、なんと言ったと思う?
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