ゲームエンド
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中間テスト成績上位10名
今後もより一層の勉学に励むことを期待する。
第一位 A組 飯田春奈 493点
第二位 A組 吉野圭介 492点
第三位 A組 雨森雫 475点
第四位 A組 五十嵐優 460点
第五位 A組 鵜飼晴信 459点
第六位 A組 江嶋拓馬 453点
第七位 C組 橘景 440点
第八位 A組 佐々木楓 437点
第九位 B組 如月弥生 435点
第十位 A組 冷泉涼 433点
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翌日学校に行った僕を待ち受けていたのはそんな掲示だった。順位表の顔触れが変わっているのかそうでないのかは判断がつかない。けれど、上位の三人の名前が一緒であることだけはわかった。
驚くことはなかった。こうなるだろうと、薄々気が付いていたからだ。総合点を確認して、自分と飯田春奈との点差を確認する。たった1点、されど1点。この1点の壁を僕が超えることができる日はこないだろうと自然に思った。
「また2位だな、吉野。大健闘だ。」
「そうだな3番。」
「なんだ、この前みたいな反応はしないのか?」
にやにやと笑いながら3番は僕のほうを見る。
「いや、もういいよ。なんだか疲れた。」
「そうかよ。まあ、慰めって訳じゃないけれど春にここまで迫った奴は初めて見たよ。お疲れさん。」
「今回は素直に慰められておくよ。平均点の方のルールだと俺の勝ちだから、これで満足しておくことにする。」
「合計点からじゃ、平均点で勝ったかはわからないぞ?」
「いや、流石に勝っただろう。この点数でそっちのルールでも僕に勝つなんて、それこそあり得ない。」
合計点で僕よりも高い点数を取っている彼女が勝てるような状況はない。
「事実は小説より奇なり。ありえないことだって起こったりするもんだ。」
この前サイコロの目を連続で当てて見せた人間が言うと説得力が違う。僕は3番とともに教室へと向かった。
「吉野君とたっくんおはよう。」
僕らよりも先に教室で座っていた飯田春奈が挨拶をしてくる。
「おはよう春。」
「おはよう。負けたよ春。残念だ。」
3番に続いて僕も挨拶を返す。
「うーん、吉野君も惜しかったよ本当に。」
前回と同様に机の上には封筒が置かれていた。僕は答案と各教科の平均点と順位が書かれたプリントを取り出して自分の点数を確認する。
世界史100点、数学97点、国語99点、理科98点、英語98点。どれも会心の出来だ。これで勝てないんじゃあ仕方ない、偽りの勝利で満足するしかない。
答案を机の上に投げ、ため息を吐いてから僕は言う。
「春、総合点平均に近いのは言うまでもなく僕だ。」
飯田春奈は自分の答案と思われる紙を一枚持って立ち上がり、僕のほうへと寄ってきた。そうして僕の世界史の点数を確認すると言った。
「吉野君ごめんね、そっちも私の勝ち。」
そう言って僕に世界史の答案を見せてきた。どういうことかと思って僕は飯田春奈の答案を見ると、点数は93点だった。
「どういうことだ?僕の勝ちだろう?」
彼女は僕の机の上に置かれたプリントを指さす。僕はそれを確認する。
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各教科A組平均点
数学 53点
国語 57点
理科 49点
世界史 93点
英語 62点
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「私の勝ち!」
彼女はもう一度そう言った。世界史平均点93点。百点満点で平均が93点。
『どれか一つの教科で平均点ピッタリの点数を取ったら総合点にかかわらず、そっちの勝ちだ。』
3番が追加したルールだ。一見して意味があるのかわからないようなルール。しかし確かに意味のあるルールだった。
テスト中のことを思い返す。確かにあのテストは簡単だった。そして簡単なはずのテストでなぜか頭を悩ませた様子の飯田春奈の様子が目に浮かんだ。
「お前、まさか、狙って取ったのか?」
僕は立ち上がる。余りにも信じられない。そんなことは不可能だ。40人近い人間がいるクラスの平均点をテストの問題から推測し、配点も曖昧なテストでそれを狙って取る。そんなのは言うまでもなく、満点を取ることと比較することすら烏滸がましい神業だろう。
「いやいや、偶然だよ~」
それはどう考えたって、誰が聞いたって嘘だった。あのテストで低い点数を取る理由がそれ以外にない。
「でも吉野君。私ってさ、」
彼女は笑う。その笑顔はこれまで見てきた人間の表情の中で最も気味が悪く、最も恐ろしい笑顔で言う。
「意外と、負けず嫌いなんだ。」
それを聞いた僕は天井を見る。そして深く息を吐いてから彼女を見る。
「本当に敵わないなあ。3番、こいつをどうにかしてくれ。」
「無理だ、どうにもならない。そいつは化け物だ、正真正銘のな。潔く諦めたほうがいい。」
「人のこと化け物呼ばわりしないでよ、たっくん。」
不服そうな彼女を見る。
「お手上げだ、そうするよ。春、完敗だ。お前の勝ち。」
「やった~!」
一転して嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる彼女を見ながら、僕は何度目かわからないようなため息を吐きながら教室を後にした。
僕はそのままの足で図書室へと向かった。正規のルールで勝負に負け、卑怯な手を使ってまで敗北したというのに僕の心は晴れやかだった。何故かはわからないけれど心はとても穏やかだった。
昨日あのあと、母に卒業アルバムを見せた結果いくつかの事柄が判明した。
一つ目は、やはり僕の家に手紙を届けたのは雨森だったということ。これに関しては確実にそうだろうと思っていたのでさほど驚きはしなかった。母が雨森のことを見たことがあるというのも同じ中学校だったのなら頷ける。
しかし、母が雨森を見たことがあった理由は別にあった。それは、中学時代に学校を欠席した僕へと手紙を運んでいたのも雨森だったということだ。僕は病弱というわけではないが、無理をしてまで学校に行くほど学校に対して強い思い入れはないため人並みかそれ以上には学校を休んでいた。そんな僕へと学校からの配布物を運んでいたのも雨森だった。住所は五十嵐先生が教えるまでもなく知っているわけだ。
図書室には雨森がいた。いつもの貸出カウンターではなく談話が可能なテーブルで人を待っていた。僕はチェス盤の置かれたテーブルを挟んで椅子に座り彼女に声をかけた。
「待たせたか?」
彼女は頷く。てっきり首を横に振るものだと思っていたから僕は驚いた。
「それは悪かった。許してくれ。」
彼女は悪戯に微笑んで頷いた。
「確認したいんだけど、僕とチェスをしてたのは雨森ってことでいいのか?」
彼女はコクリと頷いた。
「感想戦とかなら別の人に頼んだほうがいいよ。勝ったとはいえ、チェスは初めてだったんだ。あまり詳しくはない。」
話があると書いてあったが、彼女に話す気はあるのだろうか。
そう思った瞬間だった、
「私、負けてないよ。」
声が聞こえた。
細くて小さな声だけれど僕の耳には聞こえた。この子の声を聞いたのは初めてじゃなかった。顔は覚えていないくせに人の声は覚えていたみたいだ。中学生の時に一度だけ、僕に話しかけてきたあの声。
きっと綺麗な声だったから覚えてたんだろう。今の僕が綺麗だと感じるのだからきっとそうだ。
まっすぐに彼女を見つめて僕は言う。
「僕の勝ちだよ、その言い分には無理がある。盤面を見れば勝ったか負けたかくらいは初心者でもわかる。」
「いいえ、圭介君は勝ってません。」
「じゃあ、僕の負け?」
「いいえ。」
「どういうこと?」
目の前のチェス盤の駒の配置は変わっていなかった。当たり前のことだ。僕はチェックできなかったけれど、雨森が唯一動かせるキングはどのマスにも動けない。
「本当にルールをほとんど知らなかったんですね。」
「本当だよ、ほとんど将棋と一緒だと思ってた。なんでわかった?」
「圭介君がキャスリングを知らなかったから。」
『キャスリング』という単語に聞き覚えはなかった。
「チェスと将棋って結構違うんです。とった駒を使えないっていうのはよく知られてるんだけど、ほかにもいろいろと。」
「それは僕も知っていた。キャスリングって?」
「ルークとキングを同時に動かせる特殊な手です。私のキャスリングを見た圭介君は『悪戯された』と思ったかもしれないけど、あれって実は合法手なんです。」
対局の序盤にルークとキングの位置がおかしいことになっていたことがあった。あれはそういうことだったのか。
「なるほど。で、キャスリングをできなかったから負けたけど、正規のルールなら負けてないってこと?それはあまりにも」
いいがかりじゃないか?そう言おうとした僕を雨森が遮る。
「そんなこと言いませんよ。」
「じゃあどういうこと?僕が勝っているのに雨森が負けてないっていうんじゃ水掛け論だよ。まさか引き分けとか言わないよね?」
彼女は笑う。
「そのまさかですよ。チェスには引き分けがあります。」
「冗談でしょ?」
「本当です。」
彼女は僕にチェスのルールブックを手渡した。付箋の貼られたページをめくると確かにそこにはいくつかの引き分けに関する項目があった。
「ステイルメイト。それが今回のゲームの決着です。」
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次の3つの条件が全て揃った時が、対戦相手によって「ステイルメイトされた」状態に該当する。
1.自分の手番である。
2.相手にチェックはされていない。
3.合法手がない。つまり、反則にならずに次に動かせる駒が一つもない。
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盤面を再度確認すると、確かにステイルメイトは成立していた。
雨森には動かせる駒がなかった。そして僕はチェックをかけることができていない。キングを相手の駒が効いているマス目に動かすのは反則手だ。
「本当だ。」
僕の口から驚きの言葉が出ていた。
「初めて、圭介君に追いつけたような気がします。」
「僕に追いついたって、意味なんてないだろう。」
「私にとってはあります。ずっと、追いかけるばかりだったから。」
追いかけられていた自覚はなかった。それでもあの成績はきっと、僕に勝つために努力した結果なのだろう。
「対戦、ありがとうございました。」
そう言って雨森は立ち上がり、図書室を出て行った。
僕は盤面を見つめたまま呟いた。
「また、勝てなかった。」
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