彼女
聞こえた声
改札を抜けてホームへと向かっていた。
足取りはとても軽かった。これでようやく終わりにできる。
早く来すぎだと怒られるだろうか。でも、それでもよかった。
ひとつ、またひとつと階段を下りた。あれほど待ち望んだものが近づく。
彼に渡したロッカーの鍵のことを思い出す。本当は、何かを残して逝こうなんて気持ちは欠片もなかった。彼にあの鍵を渡した理由を考えることはできない。私は彼のことが好きだったなんて、そんなの恥ずかしすぎるから。
やっぱり、名前を教えるべきじゃなかった。あんなに仲良くするべきじゃなかった。救いを求めるような目をしていたあの日の彼に、話しかけるべきではなかったのだ。本当に失敗、何もかも後悔している。
階段を降り切って、線路へと向かう。
「一番線、快速が通過します。」
それは私にとっては。長く待ちわびた電車だった。
思えば欲しいものなんか何も手に入らない人生だった。電車のブレーキ音と警笛を聞きながら考えた。
それでもなぜだろう、こんなにも私は満たされている。悟の最後もこんな感じだったのかな。あっちに行ったら聞いてみよう。
そう言って私はどこへ行くでもないのに、足を踏み出す。踏みしめるべき大地は見えなかった。それでも臆することはなかった。
身を投げ出した私の耳に様々な声が聞こえた。走馬灯は景色が見えるんじゃなかったのか、と神にチケットの払い戻しを請求したかった。神なんか信じてないくせに。
『秋葉』
『秋ちゃん』
『にゃお』
二人と一匹が私を呼んでいる。
「桜庭さん!」
最後に聞こえた声だけは聞こえるはずのないものだった。
ああ、どうしてこうなったんだっけ?
体に走った衝撃が、そんな恋心も、声も、考えも、後悔も、なにもかもを吹き飛ばしていった。
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