映画

 二日酔いだ。

 けたたましく鳴り響くアラームを止めながら重い頭でそう思った。

 昨日はあの後なんだかんだでお酒を継ぎ足され、家に帰ったのは2時を回ったところだった。桜庭さんが楽しそうにお酒を飲む姿を見ていたら帰るタイミングを失ってしまったのが敗因だろう。

 起き上がろうとするが思うように体は動いてくれない。それでも何とかベットから這い出てリビングへと向かう。キッチンへと向かいグラスに水を注ぎ勢いよく飲み干す。時間を確認すると10時前といったところだった。

 さて着替えるか、そう思ったところに弟が現れ開口一番に言った。


「酒臭い。」


 鼻をつまみながら飲み物を取り出し部屋へと戻っていった。

 まずはシャワーを浴びるところかららしい。頭をかきながら風呂場へと向かった。


 ________________

 依然として痛む頭を抱えながら駅で待ち合わせている吉野を待つ。時刻はすでに集合時間を3分ほど過ぎているが、上映時刻には余裕があるので言い咎めるほどのものではないだろう。

 それからさらに数分してようやく吉野が姿を現した。


「ごめん待った?」


「待ち合わせの時間を過ぎているやつのセリフとは思えないな、待ったに決まっているだろう。」


「0点の答えだな。そこは『全然待ってないよ、今来たところ。それじゃ行こうか。』だろ。」


「ゼンゼンマッテナイヨー、イマキタトコロ。」


「棒読みかよ、こりゃさらに減点だね。」


「持ち点はもうゼロなんだがな。佐々木は?」


「少し遅れるらしい、最悪映画は二人で見ることになる。よかったな、僕と映画デートだぞ。」


「狂喜乱舞の恐悦至極だな。さっさと行くぞ。」


 そう言って映画館が併設されるショッピングセンターへと歩き出した。


「そういえば、テストとかは大丈夫なのか?」


 歩いている間の退屈をしのぐために無難な話題を取り出した。


「ああ、問題ないよ。といっても拓馬みたいに一夜漬けするってわけじゃないぞ。日頃からしっかり勉強している僕にはテスト期間にわざわざ勉強する必要はないって意味だ。」


「俺が普段勉強していないみたいに言うのはやめろ。」


「してるのか?」


「無論、してない。」


 してるわけがない。


「大学生の風上にも置けん奴だな。」


「最初からそんなところに置かれたいとも思ってないがね。」


「違いないな。」


 笑いながら吉野が言った。閑話休題である。

 ______________


 上映時間の一時間ほど前に映画館に到着した我々は二人分のチケットを購入し座席番号を佐々木に連絡した。佐々木はネットからチケットを購入するらしい。

 吉野が空腹ということで、昼ご飯を食べていた。何を食べるかという議題でひと悶着あったが、聖戦じゃんけんの結果吉野が希望した中華料理店はお昼時であることもあり賑わいを見せていた。

 隣に座るカップルが私たちがこれから見る予定の映画のチケットが取れなかったという話をしていた。今日で上映終了というのだからそういうこともあるだろう。

 注文した担々麺を口に運ぶが、胃腸の調子は二日酔いもあり万全ではない。


「二日酔いの体に中華はきつい。」


「知るか。というか拓馬にも僕ら以外にお酒を交わすような友人がいるんだな。」


 麻婆豆腐と白飯を食べながら吉野が言った。俺よりも友達が少ない人間にそのセリフを言われたくはないが。


「ああ、まあな。友人というかはわからないけれど。」


「なんだ、その返答は。拓馬が友人と思ってるならそれは友人だよ。相手がどう思ってるかなんて考える必要はない。」


「そういうわけじゃなくて、なんといったらいいかな、不思議な関係なんだよ。」


 吉野の顔がわかりやすく『意味が分からない』と表していた。


「毎日顔を合わせてるし、仲良く話したりもする。」


「じゃあ友達でいいんじゃないか?」


「でも喫煙所以外で会うことはないし、この前までは名前すら知らなかった。」


「でも今は名前を知ってるんだろ?出会ってからどれくらい経つんだ?」


「もうすぐ一年かな。」


 麻婆豆腐を食べる手を止めて水を飲んだ吉野は少しだけ考えるかのようなそぶりを見せる。


「今のところ、僕の考える友人の定義には合ってるんだが。」


「俺もそう思うんだけど、桜庭さんにとって、その人にとっては俺は弟みたいなものだと思われている気がする。」


 それを聞いて吉野が笑った。何かおかしいことでも言っただろうか。


「笑う要素あるか?」


「いや、ごめん。そんな顔するとは思わなくって。というか、その人は女の人なんだな。」


「年上のな。」


「なるほどね。で、自分がその人にどう思われてるのかわからなくてやきもきしちゃってるのか。」


 吉野が笑いながら言う、からかわれているような気がしていい気分ではない。

 何がおかしいというのだろうか。


「そんなに笑わなくても。」


 それを聞いた吉野が箸で私を指しながら言う。


「笑いもするだろ、言ってることがまるでだぜ?」


 その一言で、どんな言葉を返せばよいかわからなくなった。


「、、、そんなまさか。」


「拓馬がどう思おうと勝手だけど、俺からみればそう見えるってだけだよ。なんというか、『近所の幼馴染の女子高生に恋してるけど相手にされない小学生』みたいな?」


「馬鹿にしてる?」


「そんなまさか。」


 そう言って吉野は麻婆豆腐に視線を戻し口に運ぶ。ここのマーボー辛すぎ、そう口にしている吉野を見る。自分でも気が付いていなかった自分の気持ちに気づかされたような気分だった。

 ______________


 一足先に食事を終えた私は、辛すぎる麻婆豆腐と戦う吉野を中華料理屋に残してショッピングモール内にある喫煙所に来ていた。食後の一服はマストである。煙草に火をつけて煙を吐き出す。

 桜庭さんのことを考える。私は彼女のことが好きなのだろうか、そんなことを考えて一人で笑ってしまう。


「思春期かよ。」


 一人きりの喫煙所で独り言を言う。

 二十歳も超えた男の子が「これはもしかして恋なのか?」なんて考えているのだから傑作である。煙草を口に運び煙を肺へと入れる。重めのタールが肺を縮め、ふらりとヤニクラを起こした。

 別に私は何も望んでいない。桜庭さんと喫煙所以外で会いたいとか、恋仲になりたいとかはない。本当に何もないのだ。ただ、今みたいに顔を合わせて会話をして笑いあったり、くだらない話をしたりできれば十分だ。自分にそう言い聞かせる。


 煙草を吸い終え、吉野の元へと戻ると食事を終えたらしい吉野が店の外で待っていた。会計を済ませて待っていたらしい。


「会計してくれたのか?ありがとう、いくらだった?」


「あー、払っちゃったから別にいいよ。」


 景気のいいことを吉野が言う。映画を見た後にでも何か奢ってあげればとんとんだろう。


「そうか、じゃあそろそろ映画館に行こうか。あと五分くらいで入場できるし。」


「あー、それもいいや。」


 意味の分からないことを吉野が言い出す。


「いいわけないだろ、チケット買っちゃったんだから。」


「そのチケットなんだが、隣のカップルに譲っちゃったんだ。」


 私は言葉を失った。


「ちゃんと代金はもらったからそれで会計を済ませておいた。お釣りもあるぞ。」


 そういって、映画のチケット代と担々麺の代金の差額を私に差し出した。

 そうだった、こいつはこういうやつだった。私はお釣りを受け取りため息を吐く。


「吉野が吉野だって忘れてたわ。」


「一言相談すればよかったな、すまん。とりあえず、せっかくここまで来たんだしショッピングと洒落込もうぜ。」


 そう言って、吉野は歩き出す。私も後からついていく。

 少し進んで私は疑問を吉野にぶつけた。


「なんでわざわざ譲ったんだ?」


 当たり前のことだ、とでもいうように吉野がこう答えた


「せっかくのデートで映画が見れないなんてかわいそうだろう?それに、」


 吉野が立ち止まり振り返る


「それが正しいと思ったんだ。」


 ため息を吐く。後ろを振り返ると先ほど隣にいたカップルが手をつないで映画館へと歩いていた。

 まあ、もとから見たいと言い出したのは吉野だし、なんか忘れてる気もするけどまあいいか。


「じゃあとりあえず水着でも見に行かないか?夏だし。」


「使う予定もないのに買うのか?観賞用の水着はさすがに聞いたことないぞ。」


 私たちは、二人で並んで歩き出した。




























_____________

15分後:佐々木楓


 思ったよりも午前中の予定が押してしまった私は所定の座席へと急いでいた。ネットで二人と横並びの席を買うことができたのは幸運だったといえるだろう。上映開始時間を少し過ぎているが、まだ予告をしているはずだ。

 到着すると予想通り今秋の作品の予告映像が流れていた。以前から気になっていた映画だったのでこれも誰かを誘って観なければ。

 座席へとたどり着き、隣にいるはずの江嶋と吉野に声をかける。


「ごめん、予定が押しちゃっ」


 キョトンとした顔をするカップルがそこにはいた。なんともかわいらしい吉野君と江嶋君だ。私は小声で人違いであったことを謝りながら着席する。ここまで来たのだから映画は見るしかない。

 なにがあったのかは知らないがあの二人にあったら一発殴る。


______________

同時刻:


「あ、」


 特に買うつもりのない水着を見ていると、何かを思い出したかのように吉野が言ったので私は尋ねる。


「どうした?」


「佐々木に連絡してなかった。」


 二人で顔を見合わせた。


「よし、逃げよう。なるべく遠くに。」

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