血液型

 いつものコンビニで煙草とアイスコーヒーを買う、店員に千円札を渡しておつりとレシートをもらう。いつもならそのまま捨てるレシートだが、今渡されたレシートには幸運にもクーポンがついていた。私はコンビニの自動ドアを通りながらその内容を確認した。聞きなじみのある栄養ドリンクが50円引きになるというものであった。残念ながら私はお気楽な大学生なのでこの手の栄養ドリンクのお世話になることはない。レシートをくしゃりと握り潰し、ポケットに突っ込んだ。


「あなたO型でしょ?」


 彼女がそう声をかけてきた。

 血液型診断というものをご存じだろうか。古今東西、老若男女、一度は耳にしたりやったことがあるであろう性格診断である。


「違いますよ、なんでそう思ったんですか?」


 喫煙所にたどり着き、煙草に火をつける。いつも用に彼女にマッチを渡した。


「今のレシートを折りたたまずにポケットに入れたからよ。几帳面ではなさそうだなって。」


 彼女は煙草に火をつけながらそう言った。

 血液型診断において几帳面という性格はA型に分類される。そしておおざっぱとされるのがO型であり、B型やAB型にもそれぞれ同じようにおおまかな性格や特徴が割り振られている

 だが、そもそも血液型診断というのはどれほど正確であるのだろうか。いや、全く正確ではない。四つしかグループのない診断にどれほどの信憑性があるというのだろう、A型の人間が皆几帳面でO型の人間が皆おおざっぱなら世の中はもっと乱れ切っているはずではないだろうか。科学的根拠のないこの手の診断に踊らされるのはいかがなものだろう。このありのままの見解を伝えるべく私は応えた。


「血液型診断なんてナンセンスですよ。そもそもですね、人間がたったの4パターンに分類できるわけな」


「ああ、もういいわ。あなたB型ね。」


 私の話を遮るように彼女が言った。そして私の血液型を当てられた。


「、、、なんでわかったんですか?」


「私の友人であなたと同じ血液型診断に対する反応をした人がいたからよ。経験則ってやつね。」


 なんということだろうか、私はB型人間の型にはまった返答をしてしまったというのか。これは由々しき事態である。逆説的に血液型診断を肯定してしまう行動である。


「血液型診断においてB型の不遇さは明らかだから気持ちはわかるけどね。」


「そうなんです!何ですかB型は『わがまま』って、絶対にB型の人のことが嫌いな人間がこの診断作りましたよ、間違いないです!全国のB型の人々は立ち上がり断固として抗議するべきです、そしてもう少しましな性格診断を手に入れるのです。」


 柄にもなく熱くなってしまった。


「B型の人々のためだけに血液型診断を作り替えるつもり?なんて『わがまま』なのかしらね。」


 シニカルに笑いながら彼女は言った。しかし、その表情よりも『わがまま』といわれた事実がB型たる私に大きなダメージを与えていた。


「はあ、もうこの際、それでいいですよ。ちなみにあなたは何型なんですか?」


「何型だと思う?」


 難しい質問だ。あまりにもヒントが少なすぎる。

 彼女と同様に経験則から推理してみよう。考えられるのはA、B、O、ABの四つであるが、先ほど彼女が言ったようにB型の人間は血液型の話をすることを嫌う傾向にある。診断内容が『おおざっぱ』という比較的悪口に近い内容のO型もこの際選択肢から外して考えよう。分の悪い勝負なのだからある程度穿った見方で勝負するしかない。では残る選択肢A、ABについて考えよう。

 A型、『几帳面』、AB型『天才肌』。この二択か。今までの会話や彼女の行動から考えよう。まさかこの私がよりにもよって血液型診断の内容に頼らなければならない日が来るとは、屈辱である。

 今までの彼女から極端に几帳面という印象は受けたことがない。ライターを持ってこなかったり、花見において花がないことを容認したり。

 では、天才肌のほうはどうだろうか。大学の単位認定のテストの難易度を簡単といっていたこともある。会話の節々からも賢い様子は見て取ることができる。さらに言えば私の経験則では『天才肌』というのは四つの性格分類においてもっとも誉め言葉に近いのでAB型の人は血液型診断を好むのではないだろうか、我々B型が血液型診断を忌避するのと同様に。彼女はAB型なのではないだろうか。

 そこまで思い至り、答えを口にしようとしたときに彼女の言葉が頭をよぎった。

「別に努力した訳でもない部分を褒められても、ね」

 私が容姿をほめた際に口にした言葉である。この発言から推察するに、彼女は天才という言葉が嫌いなのではないだろうか。天才と努力は両立が可能だ。だがそこにある努力の存在を第三者は認めない。『俺、お前みたいに才能ないから』、『やっぱりお前は天才だな』。数えることも億劫になるほど言われてきたその言葉の不快感を私は知っている。それを知ってなお、この人にAB型であるとは言えない。


「また、顎に手を当てて考えてるわよ。答えは出た?」


 推理により導いた結論から外れた言葉を私は口にする。


「はい、A型ですか?」


 不思議そうな顔をしながら彼女は聞き返す。


「私ってそんなに几帳面に見えるかしら。」


「いいえ、全然。」


「そうも、きっぱりと言われるとちょっとむかつくわね。」


 少しむっとした顔をしながら彼女は言う。


「なんでそう思ったの?」


「なんとなく、ですよ。」


「ほんとかしら?」


 きっと彼女にはすべてがお見通しなのだろう。なんだかそんな気がした、そんなはずはないのに。それでも正直に伝える気にはなれず意地を張る。


「本当ですよ。ちなみに正解は何なんですか。」


「クワガタ。」


「、、、、え?」


 思わず呆けてしまう。


「少しくらい、笑ってくれてもいいじゃない?」


「小学生じゃあるまいし、そんなので笑えませんよ。」


 そうは言いつつも、私の顔には笑みがこぼれていた。そんな私を見て彼女は言う。


「お気に召したようで何よりよ。ちなみに血液型はAB型よ。AB型だねって言われるのはあんまり好きじゃないんだけどね。」


 私の推理も存外あてになるらしい。


「そうだったんですか、外しちゃいましたね。」


「まあ、こんな性格診断に何の根拠があるのかって話だけれど。」


「それを言い始めちゃったら終わりじゃないですか。僕もそう思いますけど。」


 どの診断の内容も、誰にでも当てはまるものばかりである。だれだって少し几帳面で、どこかおおざっぱでわがまま、そして何かしらの才能があると信じている。俗にいうバーナム効果という奴だろう。


「まあ、会話の種としてはいいじゃない?こうやって話が弾むことも多いし。」


「初対面で天気の話をするのと同じですね。」


 それを聞いて彼女が笑いをこらえられない様子で言う。


「あなた初対面で天気の話するの?何時代の人よ?」


「え、しないんですか?万国万人共通だと思ってるんですけど。ていうか、そんなに笑います!?」


「いや、しないわよ。普通は趣味の話とかでしょ。」


 これがコミュニケーション強者か。「今日、天気いいですね。」からは会話が始まらないとすればどうやって世の中の人々は会話をつないでいるのだろうか。


「そんなはずはありません。今から友人に確認してみます。」


 そう言って私はポケットから携帯を取り出しグループトークでメッセージを送信した。


江嶋:初対面の相手には天気の話するよな?


 そんな私を見ながら彼女が言った。


「必死ね、多分みんなしないわよ?」


「いえ、あなたが特殊なだけです。いまからそれを証明します。」


 聞きなれた通知音が響き、メッセージが受信された。


佐々木楓:しない。

圭介:しないよ(笑)

   令和にもなって初対面の会話でお天気デッキって正気か?(笑)


 画面を見ながら呆然とする。彼女が画面をのぞき込みながら再び笑う。

 そのとき春からもメッセージが来た。


はるな:天気予報士の人とお話しでもするの???


 万事休す。4人の中で一番の常識人と思われる春に高度な煽りのような返答をされてしまった。無論、本人に悪気はないのだが。


「ほらね?」


「信じがたいですが認めましょう。私が一般論から外れていたことを。」


 悲しいかな、時代に取り残されていたらしい。


「あ、ごめんなさいね、勝手に画面のぞき込んじゃって。」


「別に減るもんじゃないしいいですよ。」


「まあ、確かに減るものではないわね。」


 そういいながら彼女は煙草の火を消した。


「それじゃあまたね。くん。」


 そういって笑って彼女は立ち去った。どうやらトーク画面をのぞいた際に名前が見えていたらしい。

 煙草の火を消して私も立ち上がる。今まで何度も思ったことだが、彼女の名前は何というのだろうか。

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